30th
7 月
2010
ふう、最近ネットをつなげてる時間を長く取れた。
いや、そうしなくちゃならなくなったわけで。
何をしていたかというと、「ブログが繋がらない」という症状を治すために、がんばってたわけ。
「いい加減にしろ」と、ぶつくさ言いながら。
それは、wordpressをヴァージョンアップさせておりました。
で、データベースの負荷(これが原因)だったので、それを軽減するプラグイン(機能拡張)を、入れてみた。
そのために最新版にする必要があったのね。
wordpressというブログのプログラムを。
二日ほど、それに集中しておりました。
途中、背景とかが変わってたのは、その作業中。目撃した人はいるかな?
さて、今日のお話。
このwordpressの事も無関係ではないんだが。
Twitterとか、このwordpressもなんだが、最近は短縮URLが多すぎない?と思うわけである。
http://backtweets.com/search?q=mkmogura.com
短縮URLサービス。
読んで字のごとく、長いURLを短くしてくれるサービスである。
短縮URLで飛んでくるような人を、拒否する設定もできるが、さすがにそれはしたくない。
でも、それを考えるほど、短縮URLというのが、俺は嫌いだ。危険でもあるから。
中身は何かというと、まあリダイレクト機能という奴だ。
例えば、このブログではこんな感じで設定してある。
http://mkmogura.com/blog/
↑ ここをクリックすると「http://www.mkmogura.com/blog/」『www.』のついたほうのURLに勝手に飛ぶように設定してある。
これも一つのリダイレクト機能である。
Twitterのとても短いURLも、簡単に言うとこれと同じ仕組みである。
ようは、「勝手に飛ぶ」ということである。
この機能が、最新版のwordpressにも実装された。
この機能というか、サービスの問題点は、実は多数ある。
・まず短く短縮された方のURLが、期限切れや、売買された場合、「どのURLだったかわからない」←わかればアーカイブできる。
・「必要の無いリンク切れを誘発する」こと。
・あくまでも「勝手に飛ぶ」サービスなので、「AからBのサイトに飛ばす」だけの行為で、製作者は別である。
つまりは、AのURL→(勝手に飛ばす)→Bのサイト→(瞬時に飛ばす)→Cのサイトという行為もできる。
「A→B→」この行為の部分があれば、悪意のあるクッキーを踏ませたり、別窓で広告を表示させるようにしたり、そういう行為が意図的にでてきてしまうわけである。
これは小学生でもかけるLVのプログラミングだ。
しかも、今のパソコンの速度では、瞬間的にBのサイトに行っただけでは、わからないでしょ?
それも利用者的な視点では、全く関係ない「Cのサイト」が、悪意のある行為をしたかのように映ってしまうのである。
製作者とサービス提供者は別であるという問題点のとこ。
「A→B→」の人達が、Cのサイトとは違う意図や宣伝をしてしまうことができるのだ。
下手すりゃ、短縮サービスのために無料奉仕する形になっちゃうからね。
・さらには、「URLの売買」という可能性を全く無視した話である。
短いURLでリダイレクトしてくれる。
wikiとか、長くなりやすいURLの場合は「見やすく」便利かもしれない。
ただ、短縮URLサービスだって、営利的にやってるんですけど。
将来的な話で言うと、たいていは丸ごとURLを売るために。
無料ご奉仕の精神でやってると思ってるのかな?
まあ、例えば俺の独自ドメイン『mkmogura.com』なわけだが。
こんな日本人中心で、1日の定期的な訪問者が2000人にも満たない程度の独自ドメインでも、へたすりゃ数万円以上で、たぶん売れるよ。
ある日つなげたら、あらエロサイト。いや、エロとは限らないが。
もちろん、ドメインさえも売却はしないと宣言してあるし、それはない。
万が一、ブログやめるときも、閉鎖→ドメインだけはさらに1年ぐらい延長→訪問者減少→ドメイン開放(他の人が使うかも)という手順を、マナーとしてやるべきだと思ってますけど。
それと同じ事。
みんなで短縮URLサービスを使っていたら、ある日、全てのそのドメインがエロサイト。けして珍しい話ではない。もう既にある話。
しかも、いわゆる本を書いているような言論界の人もツイッターで、短縮URLを使いまくってるわけです。
書籍とかの中では、「文献などの引用をする際には・・・・」みたいなことを言うべき人達。
そういうルールを守るべき人達が、短縮URL(いつか売買されるorリンク切れになる)を使う、って、やってることチグハグでしょう。
ツイッターとかも同じでしょうが。
それは、引用の明記というルールさえも外れてますよ。
そこらへんをわかってるから、例えば、俺のブログの記事でもURLはフルパス(完全状態)で、「URLにリンクしてる」わけです。
「どこに飛ぶか」マウスを乗せたらブラウザの左下に出るわけで、「ああ、間違いないね」と確認して飛んでもらえるように。
だから、コメントでのURLリンクの場合も、さすがにこれは長いと大変なんで、URLの短縮表示、少し省略するよう機能拡張してますが、
『http://www.mkmogura.com/blog/・・・・・・』とかのURLなら、
『mkmogura.com/blog/・・省略・・』と「mkmogura.com」の部分だけは省略されないようになってるわけね。
これも、どこに飛ぶかわかるように。
それ以上は右クリックからプロパティで確認してもらうしかないです。厳密に言うと、ブラウザーの左下の表示は正しいとは限りませんので。
だから記事の中で、過去記事をリンクさせないで、こんな感じ→【20090810】とだけ表記するのは、その「URLを隠して飛ばす」というのをさせたくないからです。
記事本文のなかで、URLでリンク貼るとあまりにも長くなっちゃうからね。
(一時期、過去記事ならよしとしようと思ったけど。【20080815】とか。楽しちゃいかんとして、戻した。)
まあ、これはあくまでも俺のブログの中での話。
「疑ってね」というブログだからさ。
ここまで過度に気にする人は、ほとんどいないんじゃないかな?
自分のブログのURLの階層は、日付別でのURLになっている。
よって自分のブログの中の移動だけなら、「手動でURLを入れてくれ」って、事ができる=たいして手間ではないからね。
だから1日一つの記事というルールにしたのもあるんだけど。
まあ、こんな感じです。
ブログの中の記事という本文の中でなら、こんな感じ「URL=飛ぶ」という基本ルールでいいと思ってます。
しかし、最近、コメント周りがゴチャゴチャしてきたし、コメントの引用も大変なので、機能拡張して、引用補助とコメントへのリンクを作る機能を拡張しました。
まあ、これだけは、マスクされたままのリンクとなってます。これと基本的なブログ機能での移動などだけは対象外ということで。
有名掲示板、2ちゃんねるさえも、基本的に同じシステムだよね。
レスの中のURLは、どこに飛ぶかという表示の後に飛ぶようになってる理由。
ブログじゃなくサイトのほう、
http://mkmogura.com/
こっちは、さすがに過去ログとかのリンクは「URLを明記して移動」というルール対象外でやってます。「まっこうモグラ巣穴入り口」は、基本は静的リンクで、mkmogura.com以外、つまり、外部に飛ぶとこはありませんので。
はい。
サイトのほう・・・「http://mkmogura.com/」これを踏んで、「http://www.mkmogura.com/」に飛ばされた人。
そんな人は「自己防衛の意識が足りませんぞ」
リダイレクトされてますので。「www.」がないでしょ?
「http://mkmogura.com/」→「秘密のサイト0.1秒クッキー踏ませる」→「http://www.mkmogura.com/」というのが、簡単にできちゃうわけね。
まあ、そういうことはしてませんが。
本当はURLなんて、リンクはさせずにテキスト状態にしといたほうがいいかもしれませんね。それをコピペで移動という風に。
あ、今日の記事の本文。
本を出してるような人には、ツイッターの内外問わず、短縮URLは、使わない事を強くオススメいたします。
何度も言いますが、短縮URLは意図的に引用元を隠すような行為です。
記事の中での引用とかも、わりといい加減な俺みたいなのに指摘されるようでは、ダメダメですぞ。
今までのルール=この場合、書籍の中での引用する際ののルールと、ツイッターなどの新しいことを照らし合せて、「ルールがどうであるべきか」を導き出せないようでは。
さーて、次は何の記事を書こうか。
って。ネットを長時間やってたくせに、政治とかの分析も何も用意してなかった。
wordpressの機能とか調べてるだけに終始してしまった。
ダメダメですな。
さて、サーバー負荷減がうまくいってればいいんだけど・・・。
ついでで、背景とか、かえちゃおっかな?
今までは、落ち着く温暖色がテーマだったので、次は何にしよう?
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29th
7 月
2010
・・・・・・・・。
カレイドスコープさんの言いたい事がわからない。
キリスト教は悪魔寄せの法則【20100723】
http://www.mkmogura.com/blog/2010/07/23/873
玉蔵「洗脳じゃないよ」
カレイドスコープ「洗脳だよ」
これに対する自分の意見:間違いなく「洗脳だよ」
でもカレイドスコープさんの「メーソンや悪魔崇拝だから=悪」というのも、「おかしいよ」。根拠と結論が一緒=詭弁だよ。
その詭弁であることの理由が「全能の神が悪を創った、それはなぜか?」という「神のいいわけ=弁証法」=弁神論(神義論)だよ。
それを知ってれば「悪魔崇拝=キリスト教」だよ。同じ物だよ。
「サタニストだから悪」なんて理屈は、「キリスト教徒は何やっても善」みたいな、無茶苦茶な話だよ。
さらにいうなら、その弁神論のために「ニューエイジ」や、この「引き寄せの法則」ができたんだよ。
これが「玉蔵=洗脳じゃないよ」は、おかしいよってとこにもなるとこ。
↑↑↑↑
以上が、俺の意見と、その流れでした。
で、カレイドスコープさんの返事ともいえそうな記事。
↓↓
http://kaleido11.blog111.fc2.com/blog-entry-181.html
本来なら、説明すべきところは、金玉オヤジもおかしいけど、カレイドスコープさんも「おかしいよ」と俺が指摘したとこ。
「悪魔崇拝だから=悪」みたいな話が「まだそのまんま」で、残ってしまっている。
ニューソートも、クリスチャン・サイエンスも、そしてニューサイエンスも、ニューエイジから出てきたもので、その根源にはフリーメーソンのサタニズムがある、ということです。
いや↑、この「ニューエイジから『クリスチャン』サイエンスが出てきた」っておかしいでしょ。
クリスチャンサイエンスだよ。ニューエイジにはキリスト教を否定するとこがあるわけで。逆でしょう。
キリスト教から「弁神論によって」ニューエイジやスピリチュアルが生まれたよとも、前回の記事で説明してるのに。
で、結論は、「悪魔崇拝だから=悪」。
これは循環論証の詭弁ですな。
万引きをした事がある子供をつかまえて「あんたは泥棒だから、今回もおまえが盗んだ」と言うようなもんです。
「昔盗んだから=泥棒、泥棒だから=盗んだ。」根拠と結論が同じ=循環論証という詭弁ですな。
この子供が、実際には万引きしてなくても犯人になっちゃう=詭弁でしょ?
それに、キリスト教徒にとっては「悪魔崇拝=無神論者」でしょうが。
だから、「悪魔崇拝=悪」というのは、「キリスト教徒=何やっても善」という同じ意味になる。
「キリスト教徒じゃないだけで悪」と同じ意味になるわけで。
ちょいと弁神論=神義論については、もう少し説明しようかね。
まあ、同じ物です。
ただ、自分は「神様も弁明できない事を求める」という意味にもなる「弁神論」という訳のほうが意味が伝わりやすいと思っています。
厳密に言うと多少、分岐した種類によって訳も違うんだけどね。
弁神論という言葉は、ライプニッツやヘーゲルあたりの言葉。
まあ難しく考えないで、神様の言い訳の代弁者たちの話を、少し箇条書きにしてみる。
・「悪はより上位の正義を実現するために存在する」
・「悪は善のレパートリーを増やすために存在する」
・「悪は人間が善にたどり着くために必要な糧である」グノーシス的な帰結。
・・・・。
まあ、どれもキリスト教にとっては「致命的な欠陥しかない答え」です。悪魔の存在を肯定したり理由付けしたりすると、その瞬間に「信仰せよ」という理由がなくなるからね。
「一神教=自分達だけが許される」という概念がなくなっちゃうわけ。
悪魔が許されるなら、わざわざキリスト教徒になって信仰する理由が無い。
キリスト教でこれを認めるには、キリスト教自体を多神教にするしかない。
あくまでも弁神論という命題は、キリスト教徒にとってのアキレス腱である。
しかし、指摘してることとしては、至極真っ当な話である。
インチキの神をインチキと言っているだけでね。
「有色人種のはずのキリストが白人になってるのは、おかしい!!」みたいな正当性のある主張だと思うよ。
それを、キリスト教徒の専売特許である「悪魔崇拝だから=悪なのだ」という理論でねじ伏せるのは、洗脳と同じくらい乱暴な事だと思うよ。。
「神義論」、この秘教的な臭いのぷんぷん漂う思想を生み出したドイツの思想家・ゴットフリート・ライプニッツは、後にヴォルテールらによって批判されているようです。
ヴォルテールは、ベンジャミン・フランクリンに誘われて晩年、フリーメーソン結社員となりました。もちろん、ベンジャミン・フランクリンもフリーメーソン結社員でした。
「天変地異、戦争などは、神の超越的な観点からすれば、些細なものにすぎない」とする神義論は、ルシファーを唯一神と崇めるフリーメーソンにとっては、我慢のならないことだったでしょう。
↑ カレイドスコープさんの主張。
ね、弁神論生み出したライプニッツ=フリーメーソン=悪魔崇拝者=悪。
この構図になっている。
何度も言うが、根拠が「悪魔崇拝」で、結論が「悪である」、ようは同じものだ。これは循環論証と言う詭弁。
ちゃんと根拠を挙げなきゃならん。
キリスト教的な価値感の中で秘密結社化したフリーメーソンは、選民思想が強くなっていること。
それが、中央銀行支配(グラントリアン=ロスチャイルド)であったり、有色人種差別(アングロサクソン至上主義=米英系メーソン)となって社会を支配してること。
だから、「悪だよ」。
これが自分のメソ=悪という根拠です。
弁神論の整合性をとるために改編されたキリスト教=スピリチュアル(ニューエイジ)である。【20100723】
キリスト教=スピリチュアル(ニューエイジ)
この構図に否定意見があるなら、いつでも言ってくれればいい。
まあカレイドスコープさんの場合は、この構図を認めてるようなもんだけど。
ニューエイジ=サタニスト(フリーメーソン)とも言ってるし、弁神論を作った=サタニストとも言っている。
キリスト教→神智学(ニューエイジ)→人智学(シュタイナー理論などのメソ理論)で、「キリスト教から」生まれてるのは間違いないからね。
「キリスト教から」の流れで「弁神論を作った人達が」「ニューエイジを作った」わけだからね。
それなのに、カレイドスコープさんは「悪魔崇拝=悪」というキリスト教徒特有のレッテル貼りをしている。
記事の中に、エホバや聖書原理主義などのプロテスタント批判はあるが、カトリック批判は見当たらない。
もしかして、カレイドスコープさんはカトリック教徒とか?
わざわざ、繋がってる物を分けで「洗脳することを批判する」理由・・・。
競合他社の他のニューソート系の洗脳宗教の人とかでもないよね?出口光のメキキの会とか。
プロフィールとか見てないし、今まで読んで来たわけでもないし、今オフラインで記事かいてるので知らんけど。
キリスト教を擁護するというか、それで引き寄せの法則とかだけを叩くのはなぜだろう?
ちゃんと、キリスト教も含めて、繋がってる物、洗脳は全部叩こうよ。
日本では右も左も大本ではスピリチュアルで同じとか、キリスト教原理主義と神道右翼の連系してたり、とかとか。
日本では、他の宗教=他の宗教は、誰でも簡単に結び付けられる。
カレイドスコープさんは、キリスト教→弁神論→スピリチュアルは見えてるのに、キリスト教徒の特有でもある詭弁「悪魔崇拝=悪」だけで、「他の宗教は洗脳だ~!!!」ってのは、おかしいでしょ?と指摘させていただきます。
もちろん「引き寄せの法則は洗脳だ~!」の部分は正しいけどね。
カレイドスコープさんは、、なぜキリスト教特有の詭弁だけを使うのか。
それは、魔女狩りと同じ理論。
それに見えてるはずなのに、「ニューソート(キリスト教)は、ニューエイジから生まれた」という、A→Bではなく、B→Aの「事象をひっくり返す」という嘘をつくのか。
弁神論を知ってるのに「悪魔崇拝=キリスト教=ニューエイジは認めたくない」というとこも含めてね。
もしかして、「世界最大の洗脳、カトリック信者だったら」と仮定すると辻褄があってしまうんだよね。
まあ、そう思われないように注意してという思いも込めて、知らずに「キリスト教徒特有の詭弁」=「悪魔崇拝=悪とだけの説明」を使っているのなら、「なおしたほうががいいよ」ということでした。
新旧とわずキリスト教徒には、「洗脳や陰謀が~」、とか、ましてや「悪魔崇拝が~」と批判する権利はない。
だって「キリスト教徒じゃない=悪魔崇拝」でいつだってセットであるからね。
ね、「悪魔崇拝=悪」だけの理論はおかしいでしょ?
普通は、科学主義とか、「非一神教=他教排除ではない」とかのほうが普通なわけで。
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28th
7 月
2010
その日暮らしのロスジェネッティ!!
古いコメになってしまって、しかも、これは感情論みたいな話にもなるが、このコメントは、ちゃんと解説すべきだろう。
新鮮なうちにやりたかったが。
って事で紹介する。
http://www.mkmogura.com/blog/
2010/07/15/859/#comment-1878
これは、estaさんのコメントである。
失われた世代、「その日暮らしのロスジェネッティ!!」の・・・・。
あ、その日暮らしではないか。
「この世代より上は、生きてる事さえも罪である」という話である。
とくに団塊の世代についてね。
昔の自分なら、100%賛同してたと思うけど。
今は違うぞ。
団塊の世代の人などに対しても、その論調では、自分達のやった事を「自覚して=苦しんでる」、その苦しんでる人達だけを追い詰めることになりかねないよ。
そして、その人達とは違う「無自覚で人を殺してる老人(想像力が現実に追いつかない人=老人)」という大多数についても、この人たちと誰もが無縁で生きていける社会ではない。
親とか兄弟とか、親戚とかも考えれば解かるよね。
絶望=状況把握であることも、年長者に食って掛かれと言ったことも【20100712】、昔の「この社会の責任を誰が取るべきか?」をずっと考えてた名残りだろうね。
俺も、「年寄りの目を覚まし、責任を自覚させること」ばかり考えてたよ。昔はね。
今なら笑い話だとわかる。
大多数が、現実に想像力が追いつかない人達なのに、何を望むのかと。
それに、今の自分は、10代や二十歳そこそこのガキではないし、俺自身もその老人=現実に想像力が追いつかない側に来てると思うのにね。
それに、責任を望む=大多数が自覚させる事、それは無謀と言うか、無理であっても少数の人は、ちゃんと感じていてくれる。
それがわかってきたし。
俺も笑ってごまかしてる「その日暮らしのロスジェネッティ」なんて言葉の裏側の「現実の残酷さ」を。
その気づいてくれる人だけを苦しめてどうすんだと。
だから世代対立みたいなのに、なっちゃいけない。
「人は信じたい物を信じる」わけで、「絶望という現状把握」も、今までのツケの「財政破綻」も、「残酷な現実を伝えやすくなる」という利点でしかない。俺も歓迎だよ。
この現実を伝えることが、「残酷」というのなら、自分は残酷な人間である。だって現実が残酷なんだもの。
その代わり、「冷酷」にはならないようにしたいと思う。
労働基準法が存在してると思い込んだり、戦争に賛同してることから目を背けたり、それ以前に、「若者に一番多い死因には適応できる生命保険はない」という、この社会のように。
冷酷、無慈悲には、なっちゃだめ。
自分だって、何が起こるかがちゃんと見えてるわけではない。
だから必死に考える。
その結果を「こうだよ=だから現実は残酷なんだよ」と温かく伝えれるようにしたいと思う。
別に捕って喰おうとかじゃないんだからさ、ただ伝えるだけでいい。
だから「暖かく残酷になろうよ」
この状況で責任問題で議論してもしかたないわけだし。それで何かが変わるわけではない。それはその後でいい。世代間対立みたいな物なんて、そういうことだよ。
人は信じたい物を信じる、これは自分自身もそう。だから自分自身を誰よりも疑う。
財政破綻も、大きな意味では終末論みたいなものも「俺自身が願っていた」みたいなとこはあるよね。
だから疑って考える。大昔からね。
今なら、この状況で消費税をあげたらどうなるか?でも解かると思うが。
プライマリーバランス=多重債務という話。
ドーマーの定理と、ごまかし工作員。
国に資産があろうが(いや、ないし※1=流された残りだから【20090205】)、内債務だろうが、払いきれない有利子負債=国が責任を負うなら、信用崩壊=破綻するしかないと言う事。
まあ、遅いか早いかで、間違いないと思うぞ。
おっと、財政破綻とか戦争とか、そんな事があっても人間がいなくなるわけじゃない。
今の状態で、何の進展も生まない責任問題だけで終始するなんて、この社会を作った奴らの賛同者になることだよ。
それは、今の自分を認めたくないから、他人や社会のせいにする。
俺らより上の代の奴らが背負うべき責任の存在も、これと同じくらい明確な存在だけどね。俺も認めたくないとこはある。
でも認めたくは無いけど、これを選んだのは自分だと思う。
認めたくないけど納得してる部分もあるでしょ。
この社会が腐ってるのも事実だけど、良い事だっていっぱいあるわけだし。
それと同じで、無力ででも自分を否定できないし、何も考えずに生きてる人たちだからって、否定して責任だけを押し付けるような事はしたくない。
この社会の貢献者でもあるんだから。
・・・。
うーん、感情的な話は苦手だな。
まあ何が言いたいかというと、estaさんの言い分もわかる。
たぶん、俺の方が年下だと思うけど、自分のとこも「同窓会は開かれない」んだもん。
>何がつらいって、小中高の同窓会がここ15年開催されない。
>何かこう・・・普通に多数派がきつい人生送っているの歴然
>としているから公に開くに開けないのだ。
これは年上の世代にはわかって欲しい話ではあるなぁ。
それでも、恨みたくないんだよ。
まあ、俺のように「まわりを気にしない無職様」が幹事なら開けそうだけど。
でも、この生き方を選んだ事に満足はしてるよ、俺。
「こんなもんか」って認めたくない部分はあるけど。
属国の特別会計やら輸出企業、ドル建て米国債やらも含めて、アメリカ様のために働くしか権利の無い社会。
財政の破綻もわかってたし、親の貯蓄を食いつぶしてても、それまでは持つと思ってたし。たぶんそうなるだろうね。あと数年。
本当は金があれば、違う事へ準備ができそうだし、生き残りたければ、どっかに属してる方が楽なんだけどね。黒いとこから復興してくけど。
でも「現行のお金の否定」も俺の中のテーマだからね。
そして誰よりも自分のことを疑うように言い聞かせて、何に洗脳されてるか紐解いて来た・・・と思う。
まあ、俺も結婚とかはできるわけないわな。自分さえ信じない人間が誰かを信じれるわけがない。
自分のブログに到達するまでに、estaさんにもそういうとこがあるのなら、そこは自業自得かもよ?ちょい、ひねくれてるとこがあるし。と、俺が言う。
ただ、他人を信じることはない、そんなドライな信頼関係でも意味の無い物ではないでしょ?以前のことといい、俺は誠意は誰にでも込めてるつもりです。
あ、昔、俺は後醍醐天皇が好きだったんだよ。それはなぜか?を考えた時、そこから南朝天皇について気づいた。自分自身を疑ってね。
そこまでわかってきて、仕事だけをしていく気はなかったし、十分満足である。
右も左も整理できないメディアとか、そんな中で何ができるか?ってのも含めてね。気づいてくれた人も多いし。
そういえば、この間、お手伝いに行った初対面の船長に「どうしようもない奴だ」と言われたよ。
そして「夢はあるのか?」とも言われた。心配してくれたらしい。
無から「お金=労働」を作り、最終的に戦争を作る=「今のお金」を作り変えることです。とは言え無かったよ。
家族持ちには、あまり説明できないなぁ・・・。今は、まだ。
それは、借金しまくって船をなおした、この船長にも残酷な話だ。
今年は儲からない年だしね。
お金の部分だけなら、説明してどういう意味かは理解させられそうだが、それだけじゃすまない話だしね。
そこを短絡して「世界征服」と言おうかと思ったけど、勘違いされたら、海に投げ込まれてしまう。こっちとしては、ふざけてないから困るのだ。
いや、ある意味では世界征服ということで間違いではないわけで。
で、がんばって働いて「おかず」を、ぶら下げて帰ってきたよ。
ま、自分の目的は「経験値」なわけなんだがね。
今、同窓会を開く事さえ残酷である。
同じように、何も考えてない人たちに話すには、俺の話は残酷かもしれない。正直、このブログを夫婦で読んでくれてるという人には、ビビった&返答がしどろもどろになったけど。
認識とは、その人の考えた事の延長線上にしか生まれない。
だから絶望さえも糧にできる。
例えば、財政破綻があったら同窓会が開けるね。
今よりも失業者だらけで、海辺で焚き火を囲むだけの同窓会なんかも、おつなもんだろう。
ある意味、みんなが開き直れるから。
まあ、財政破綻なんて、どす黒い企業から復活してくし、旧友同士を詐欺してでも家族を養おうみたいな奴も出てくるし、いつだって残酷には変わりないわけだが。
でも、今よりも、人にやさしくなれるよね。
それは、「人間味のある温かい残酷」という意味では近くなるよね。
遠くない未来だ。
そんな、誰もが「今のお金」の問題点を考えてくれる時代がくるのなら、もう俺は少し伝えることができるかもしれない。
だから、どんな残酷なら許されるのか、ブログでしか言わないような言葉を現実社会で飲み込むたびに考えてしまうんだよ。
ちなみに、うちの母親は「団塊(だんかい)の世代」のことを、「だんこんの世代」と読み間違えています。
面白いので、ほっときました。
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