虚空と君のあいだに

ソラと君との間には今日も冷たい嘘が降る

2nd 5月 2013

ベジタリアンで知る今ここにある食の危機【20130502】

 
 
 
 
 
よくぞ集まった野菜の戦士達よ。
 
これは、ベジタリアンでもベジタリアンでない人でも楽しんでもらえるように設計された訓練プログラムの記事である。
心ゆくまで楽しんでいってくれ。
 
 
 
ちなみに私は、ハンバーグ大好きの飽和脂肪酸さえ気にしないような人物だ。
豚コマがないとおれの料理は成り立たない。
 
しかし、地球の畜牛問題と人口爆発、そこからベジタリアンの考え方を尊重していて、けして貶めようと記事を書いているわけではない。
むしろ、ベジタリアンが「この先やっていくために必要なこと」として、自分はこれを書いている。
あまりにも勘違いと、間違いの多い界隈であるのも確かなのだ。
 
ベジタリアンでない人は、いつものとおり、「本質をつく」とか「ありえない勘違いをしていた」とかを楽しめるよう記事にしてある。
しかも、今回はわかりやすい。

では、よろしく。
 
 
 
それでは、まずこんな話からいってみよう。
 
厳密には「草食動物なんて生き物は、この世の中に存在しない」
 
草食、つまり植物だけを食べて生きている動物なんて、地球上に存在しないよ。
植物だけを食べている動物は、お腹の中に菌を飼っている。その餌が草なのである。
で、その菌に餌を与えるために草を食べて、その菌を食べて=動物を食べて=たんぱく質を摂取している。
だから、巷でいう草食動物なんてものはいない。
 
ほら、考えてみて。
 
ベジタリアンが大好きな、乳酸菌=あれは植物?光合成する?違うんだよ。動物を食べているわけ。
くり返す、乳酸菌は動物タンパクである(低タンパクだけど。)
 
 
次。
「タンパク源を大豆に依存する食生活には大害が発生する」
 
「ベジタリアン=たんぱく質は大丈夫か」という話は、すぐ出てくる。一般人がイメージして一番に思い浮かぶのは、そこと言ってもいい。
311以降、この日本では、ベジタリアンにとっての第2の蛋白源だった海産物(海草など)を取るのは危険な状況であって、そこからも、たんぱく質が大豆に依存する割合が大きくなってしまっている。
 
 
さて、そこで歴史の問題。
大豆って主食になりえたの?
 
 
これは、大豆の起源とも重なる話である。
現時点でさえ、米や小麦、一部の芋と違って、大豆を主食にしている地域は存在しない。
紀元前3000年。お隣の中国が大豆の起源であり、栽培が簡単、シルクロードで世界中に瞬く間に広がった。そして畑のお肉、高タンパクで栄養価が高いのである。
主食になりえる要素はそろいすぎている。
 
 
本質はいつも歴史の中にある。
なら、「なぜ、大豆が主食になりえなかったか?」

それは炭水化物じゃない(消化が悪い)ことも含めて、大豆とは「非常に吸収が悪い食物である」ということ。
 
ベジタリアンは、ある意味、普通の人よりも野菜に対しての感性がない。
すべての動物(お肉)が「食べられるためには存在したくはない」と思っているのは、あたりまえである。
好きでスーパーの精肉ケースに並んでる肉、そんな生物が存在するわけないのだ。
それは、すべての植物も同様なはずである。
なのに「植物は、食べられるために存在してる」という、あってはならない勘違いをしてしまっている。

これは「食べられたくないのに、結果として並ぶスーパーのお肉」を嫌悪するために、逆に「植物は食卓に並ぶために生きている」と勘違いしてしまう。
そんなの、植物もあるわけがない。
むしろ、肉は大抵食べれるが、食べれる植物は極一部だ。
 
肉で考えれば簡単な「食べられたくない」が、野菜だけを見るために、わからなくなってしまっているのだ。
お茶に含まれる草食動物が分解できないタンニンも含めて、植物は自身が生き残るためにプログラムを備えている。
植物だって「食べられたくない」のだ。
 
 
その大豆の「食べられたくない」防衛プログラムが、大豆が主食となることを許さなかった。それが答えである。
 
 
この大豆の本質のことを知らずに、成長期の子供に大豆ばかり食べさせてるベジタリアンの親がいたとしたら、それは傷害罪で訴えてもいいレベルである。
 
大豆の防衛プログラム、そのメインとなるものが「フィチン酸」である。
通常でさえ豆類全般は消化に悪い。
穀物なら、たいていフィチン酸塩をもっていて、その中で豆類はフィチン酸が多めである。
豆はたいてい水でさらすことで、フィチン酸を無毒化できる。よって、欧州、アジア含めて、豆=水煮で食されているわけだ。
 
しかし、大豆は酵素の関係上、フィチン酸が、この水にさらすだけでは無毒化できない。
これが大豆の恐ろしいところである。
 
 
 
では、このフィチン酸の恐ろしさを説明しよう。
フィチン酸こそが、植物の防衛システム、「捕食者に対しての毒」に他ならない。
 
フィチン酸は、どんな穀物にも入っていて、玄米や小麦などにも多く含まれている。
大豆は、大量に食べないゴマに続き、実質一番含有量が高い。
 
フィチン酸とは、C6H12O6の分子式でリンが6個ほど結合してできた物質。
6個のリン酸にミネラル類が結合すると、分子量が大きくなりすぎて水に解けなくなり、人体には吸収されなくなる。
つまり、「ミネラルを奪う」というわけです。
 
一部ではミネラルが多く含まれる玄米より、白米のほうが吸収される栄養素が高いとも言われます。それもフィチン酸のせいなわけです。
その物質が、大豆の場合では多量であり、なにせ、全食品中、実質TOPなわけで。
大豆には、畑の肉と言われるほど、豊富なタンパク質が含まれている。
タンパク質はとれるが、このフィチン酸の副作用、ミネラルを奪うというものせいで、とくに分子結合のしやすさから亜鉛と親和性が高く、それ以外の鉄分、カルシウムなどのミネラルを著しく不足させてしまう。
発展途上国の子供達がのきなみ背が低いのは、この大豆によるミネラル不足、特に亜鉛が足りてないからだと言われている。
 
 
それだけではない。
 
大豆の「良い効果」と風潮されているものさえ実は危険である。
それが「イソフラボン」だ。
イソフラボンはエストロゲン(女性ホルモン)様の作用を有し、体内の受容体に働きかける。そこから「女性が若々しさをたもちたかったら豆乳でも飲みなさい」と、流行った部分がある。
 
そもそも、女性ホルモン以前に認識しなければならないことがある。
この現代で問題になっている環境ホルモンとは、もともとが「外因性内分泌撹乱物質(環境ホルモン)」というものであり、もともとは、「エストロゲン様物質」とも呼ばれていた。
 
 
簡単に言うなら、内分泌撹乱というものを起こす現代社会の人工的な毒物、環境ホルモンは、ほとんどが女性ホルモンと類似性をもつ。
 
それと同じような性質をもつ、イソフラボンは、大豆が食べられないようにするために持っている「毒の一部」なのだ。
植物性エストロゲンとも言われるように、見方を変えれば、内分泌=ホルモンを狂わすのだ。
 
大豆は多量のイソフラボンを持ち、豆乳では100ccあたりに30mg弱のイソフラボンを持つ。
イソフラボンはフィチン酸とは違い、発酵しても減少せず、味噌などは、むしろグラムあたりでは増加する。
 
環境問題を少しでも考えたことのある人間なら、自然界へ化学物質の汚染→生態の雌の多発化(環境ホルモンによる)などの事例は知ってるわけで、イソフラボン=女性ホルモンと類似、これを聞いただけで「いいわけない」と判断するだろう。
ホルモンが減少傾向にある成人女性以外では、間違いなくイソフラボン過多は有害である。
 
なにせ内分泌撹乱物質と言ってもいいのだ。
日本の食品安全委員会では、大豆イソフラボンを75mg/day、他国でもイタリアで80mg/day、これ以下にすべきという勧告が出ている。
豆乳、コップ1杯で60mg、納豆味噌にも含まれるため、普通の人でも簡単にオーバーする数字だ。
一部では、大豆の植物性エストロゲンは受容体に働きかけるけれども、体内で作られるエストロゲンに比べると作用が極端に弱い=大丈夫!!!という理屈もあるのだが。
 
 
 
そして、大豆のこれらの成分、それにもっとも影響されるのが甲状腺障害である。
 
ミネラルを奪う→吸収させない、内分泌=ホルモンを撹乱させる。
大豆のイソフラボン(ゲニステイン)は、甲状腺へのヨウ素を遮断する。
ホルモンが作られなくなる。
表面上は、「甲状腺の機能低下(実際は機能低下してない)」を起こす。
 
さらに大豆のフィチン酸は、ホルモン精製に必要なミネラルを吸収して奪ってしまう。
これでは、ただでさえ遮断されてホルモンが出来ないのに、さらに「燃料自体も枯渇する」状況へと進み、複合して深刻な状況に陥ってしまう。
よって、甲状腺腫、甲状腺機能低下、逆にヨウ素遮断の副作用としての甲状腺亢進症などを引き起こしてしまうのである。
 
 
 
もし、ベジタリアンの親が、子供に「大豆過多の食事」を強制していた場合、どうなるであろうか。
見せ掛けのタンパク質や、ミネラルの数字だけを追いかけて、実際はフィチン酸で吸収されず、カルシウム不足を引き起こし、エストロゲンとの副作用の合併症として、甲状腺ホルモン、そして成長ホルモンまでもが正常ではなくしてしまう。
 
 
本質は歴史の中にある。
 
なぜ人類が大豆を主食にできなかったのか?→フィチン酸が多すぎるから
なぜ、日本人が多種多様の大豆発酵食品を作ってきたか→フィチン酸を減少させたかったから。
 
あの普通の納豆、糸ひき納豆は携帯食である。
塩を使わず、火入れ(発酵止め)もしない発酵食品なのに「保存食ではない」。【20120514】
 
賞味期間が短い発酵食品、そんなものをなぜ作ったか?
フィチン酸を減らすため。なのである。
 
先人達の料理の手法、湯豆腐に昆布だしを使うのは、大豆のイソフラボンに対して、足りなくなるヨウ素を継ぎ足すからである。
昔の人たちは、「時間をかけて知っていたのだ」
人々の食生活は、その集大成である。
夜にいっぱい食べ、朝は少し(消化器官の負荷を減らす食べ方=だから肉は夕食に食べる)。つまり朝は炭水化物系を中心にしたほうがいい。こういうのもね。
 
小麦のパン→発酵というのも、フィチン酸の含有率が、玄米が1.10%に対して、小麦は2.95%と高いために「発酵させた食文化が作られた」わけで。
 
 
 
歴史などが教えてくれる答えは、ただ目的のためにあるのではない。
理屈のために存在するのである。
 
 
 
ちゃんと理屈が見えているのなら、どうすればいいかも簡単である。
 
「何が体に良くて何が体に悪いのか」という明確な2択は世の中に存在しない。
すべてのものは灰色であり、いいところと悪いところが混在している。
 
今回の栄養でいうなら、普通にいろいろな海産物などからもミネラルを取る、ミネラル総量が多い人には、玄米や豆乳だって「良質の食品」と言える。
 
311以降、一般人でさえ、一部の地域の海産物を食べなくなり、ベジタリアンにとっては海産物、タンパク源の枯渇という事態でもある。
そこでベジタリアンが、大豆摂取を過多にしてしまったら、ただでさえ少ないミネラルが、余計奪われて、不健康へまっしぐらとなってしまう恐れがある。
 
そんなミネラル不足の人に、玄米や豆乳という形では、マイナスな面が際立ってしまうわけである。
 
 
つまり、ベジタリアンなら豆乳は、自家発酵させてヨーグルトに、玄米は発芽させて、それぞれフィチン酸を減少させる工夫が必要。
そういう事態に、もう日本ではなっているのである。
 
ベジタリアンの方は、まず、自分が食べてる食事のフィチン酸の総量を知る。
それにあわせたミネラルを確保する。
 
大豆が多いなら、エストロゲンの上限も気にし(成人女性ならあまり気にしなくてもいいが)、ヨウ素を普通より補完する必要があるかとか、フィチン酸量によって足りなくなる、亜鉛、鉄分、カルシウム、さらには海産物を取らない方はビタミンB12などを、意識的に補完しなければならない。
 
これは、311以降に、特定の食物を避けることをするべきである普通の人とも共通の行為である。
 
例えば、ストロンチウム入りの海産物を回避するせいで減ったミネラルやカルシウムを補完するために、通常使っていた砂糖をやめて黒砂糖に変える。産地的にも回避できるし。
「昆布だし」とかがイヤとかなら、その分減るヨウ素を、普通の塩をやめてヨウ素が添加されている中国とかの塩を使うことで補ったりできる。
 
 
 
気づいただろうか、今、食は戦争なのである。
 
これはベジタリアン、野菜の戦士たちのためだけの記事ではない。
今気づいただろう。
 
あなた達は、戦場に投げ落とされた「食の戦士」だったのだ。
 
 
何を食べるか、何が必要かを見極めないと・・・・。
世の中は怖いのだ。

もっと食に関したことをやってる人達は、ちゃんと理屈を語るべきだと思う。
 
 
 
 
この続き、ベジタリアンとかではなく、放射能と内部被曝について。
「普通の人が食べていい食材の見極め方」みたいな部分を、次回の記事で。
自分が知る限りの知識で出来る限り説明したいと思う。
 
 
 
 
 
おまけ
ベジタリアンがとりやすい、不足しやすい栄養素
小麦胚芽(亜鉛)
松の実(亜鉛・タンパク質)
全粒粉の発酵パン(亜鉛)
水にさらしたホウレン草(鉄分)
黒砂糖(カルシウム)
海苔(VB12は海産物以外にない。西日本のがいいよ、ビタミンB12)
 
 
 
 
 
 
 
 

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30th 4月 2013

油売ってません【20130430】

 
 
 
 
 
マーガリンは体に悪いのか?
 
 
 
コンビニで揚げ物をあげ続け、そして洗い桶をして、手を馬鹿みたいに荒らしていた経験から気づいたことがある。
 
最後の方には、対策が見つかり「手の荒れ?何それ」みたいになってたけどね。
 
 
たかが、油、されど油である。
今日はマーガリンを含めた油の話をしようと思う。
ジャンルは新しく出来た健康療法の話だ。
 
 
前回の記事の続きだが、これは「ワイル式」と呼ばれる油についての考え方の話だ。
巷には、「人間は動物の油をとると血がドロドロになって、消化にも時間がかかる」という神話がある。
 
動物の油と植物の油をくらべるなら、断然、「植物のほうがいい」。
すでにこれは、世界中で信仰されている神話といってもいい。
しかし、その神話の話から、バターではなくマーガリンという物が生み出され、実は世界中で危険視されまくっているというのは有名な話だ。
その思想の中核になるのが、アンドリュー・ワイル博士のワイル式と言える。
 
 
この基礎になるのは、

動物油脂=飽和脂肪酸(常温で固体)
植物油脂や魚油=不飽和脂肪酸(常温で液体)

の考え方である。
 
 
前者のものより、後者のほうが、血液をさらさらにし、体に良いという考え方。
これは医学的にも証明されていて、不飽和脂肪酸は、細胞膜の浸透性が、飽和脂肪酸より優れているのは、知られている。
 
まあ、「常温で固体」と「常温で液体」なら、後者のほうが「さらさら」するのはあたりまえである。
ただ、「消化しにくいから体に悪い」というのは、どうだろうか。
 
 
大豆もそうだが、栄養価が高い物は、消化が悪い。
 
植物では、防衛的に消化を悪くしてるといえるものもあるが、これは肉(油)においてもあてはまり、「栄養を吸収しつくす時間=消化時間」と考えれば、あたりまえのことである。
つまり、高カロリーで栄養価値のあるものほど、「消化が悪い=時間がかかるはず」であるから。
  
 
消化が悪いから、体によくない=負荷がかかる。その部分だけを捉えるべきではない。
そして動物油脂は、血中のコレステロールを上げる、それも体中に栄養を蓄えると言い替えることができ、これは自然界、死亡理由で餓死の比率が非常に高いことを考えれば、「餓死する生物にとって動物油脂は体にいい」とも言えるわけ。
 
少なくとも、生物が、消化の悪い高コレステロールの、この動物タンパクを求めつづけた歴史があることは間違いないのだから。
 
 
餓死しない今の人間にとって動物油脂をとらなくてもいいのかもしれない。

しかし、もっと長い歴史として人体の体を見た場合、わかることがある。
もともと、昆虫食が基準の猿が、葉食、果実食になって、最終的に食肉傾向に特化した猿。それが人間のベースであり、そこから、また雑食的に逆行化してる→今の人間である。
そういう過程の途中が今の人間、というか今の日本人の状況である。
 
昆虫の外骨格のキチン質を消化するために盲腸が長かったこと。今は盲腸が短く退化したため、昆虫食はもう適さない。まだ土地柄によっては、昆虫を重要な蛋白源としてるところもあるけど。
これも歴史の中に見える本質である。たんぱく質は重要だ。

欧州の人間と比べて、雑食傾向の高い日本人は腸が長い。
肉は腸に長時間入れると有害ともいえるから、肉食強い=腸が短くなる。
吸収と栄養素の低い物を多数食べる=雑食的な日本人は腸が長い=低タンパク食が理想。
 
経過の全体を見れば、何に適した消化器かわかる。

日本人でも、長い歴史のなかの本質として、今の人体は「肉を消化するに適した消化器を有している」=「適度に肉を食べるのが望ましい」と言えるのである。
 

 
消化器への負担でいうなら、腸が短くなっただけで済む肉のほうが、消化の悪い植物を食べるよりも負担は少ないかもしれない。
「高カロリー(栄養)で吸収悪い=肉」であり、腸が短くなっただけだが、「低カロリー&吸収が悪い=海草など」であり、で、雑食性だから吸収を助けるために、日本人は腸を長くしてしまったわけであるから。
こういう比較も「人体の歴史」からはできるのであり、尚更、適度な肉食は理にかなっていると言える。
 
 
植物のほうが良い、それは神話、虚像である。
 
ここに、見失っている油の本質についての話をつけたそう。
それを含めて、見極めて欲しい。
 
 
油を洗い落とすのは、油である。
石油で出来た合成洗剤、石鹸でさえ油であり、換気扇のしつこい油汚れを落とすのは、「やし油」だったりする。
 
油性マジックで書かれた文字は、再度、油性マジックで上書きし、乾く前に拭き取ると、もとあった文字を消せることが出来る。(染み込んでたら無理)
 
 
「油を落とすのは油である。」
これが自分も本質だと思っていた。
 
しかし、コンビニで洗い物を大量にやって、気がついたことがある。
多くの人は、手の荒れの原因を、同じ油、洗剤などに理由を求める。
 
ちがう。
油の本質は、温度である。
 
 
アトピーの肌の脂質の喪失から、シャンプーの肌荒れなどまで、皆、洗剤に理由を求め、それを拒絶することで、正解を探そうとする。
ちがう、大事なのは、お湯、「温度」なのだ。
自分は経験上、洗剤で手が荒れることなんてなかった。原因はお湯にあった。
 
 
バターとマーガリンの比較もそうだが、油の温度の部分を意識しないと、本質は見えない。
先ほどのワイル式の話も、温度という要素が鍵になっている。

植物性油脂は「常温で液体」である。
純粋に植物系の油のほうが、動物性よりも優れているという意見は、この場合、「バター」と「サラダ油」で、比較せねばならない。
あたりまえだが、トーストにサラダ油を使っている人はいない。
 
常温で元から固体のバターと、常温で「液体だったはずの物を無理やり固めた」、マーガリンを比較してるわけだ。
ただでさえ、個体の脂質は体に悪いのに、「油を無理やり固めさせる」結果のマーガリンを食べるのだから、バターより体に悪いのはあたりまえである。
 
 
もともとバターなどの飽和脂肪酸が心臓疾患リスクが高いために、生まれたのが代用品のマーガリンである。
しかし、マーガリンのトランス脂肪酸(トランス型の二重結合を持つ不飽和脂肪酸)も、同様に心臓疾患のリスクを高める。
 
体に悪い部分があるのは、どっちもどっちだが。
天然素材のバターと、人工的に「無理やり固めた」マーガリンぐらいの違いである。
そう考えれば、答えは簡単。現時点ではバターのほうがいいと思う。
しかし、マーガリン=プラスチック、だから危険という表現は、行き過ぎの本質を見失った批判であるとも思うわけである。
 
ちゃんと、温度を視野にいれていれば、バターとマーガリンを比較すること自体がおかしいと、ちゃんと見えるはずである。
 
 
 
肉が体に悪い、マーガリンが体に悪い・・・・・。
人はなんでも拒絶から入ろうとする。
 
世の中のものには、良い部分と悪い部分があり、本質が見えてそこがわかる。
拒絶ではなく、手法を本質にそって工夫しただけで、結果は変わるのである。
 
脂質が体に悪い・・・なら、なんでたんぱく質を追い求めた歴史があるのだろうか。
良いも悪いもなく、過剰摂取しないだけで結果は変わるし、工夫次第で、もっと変化する。
 
合成洗剤で石油からとれる食器洗剤を毛嫌いする人は多い。
しかし、石油だって、人工物ではなく(化石燃料でももちろんないが)、マントル層から、生まれる自然の一部である。
石油洗剤が危険と言われる部分は、アトピーなどを誘発する理由が石油製品のもとのアセチレンと、どこにでもある塩素が反応して、塩化ビニルを作ってしまうことである。
これは汗の塩化ナトリウムとアセチレンで、皮膚上でも起きてしまう原因(だからアトピーなどは塩の洞窟とかが治療になる)ではないか?という部分であるわけ。
ただの拒絶の中に本質はない。
 
これも石油=危険(人によっては人工の象徴)という短絡的部分にあるわけではない。
肉→よくない、それも本質を見失った拒絶だ。
 
自分は、肉を食べないのも、合成洗剤を使わないのも、最終的には個人の判断であると思っている。
もともと肉も洗剤もなかったところに、日本文化の伝統はあるので、個人的には応援したいのだが、極端に走りすぎるのは、良くないと思う。
 
 
本質を知れば、手法の工夫で極端に走ることはない。

洗い桶を、ちゃんと「脂を落とす」(お湯)→こする→流し落とす、という本質を見えている人は、どれくらいいるのかな?と思う。
洗い桶で水につけるという人が多いんじゃないかな?脂物は断然、「お湯(しかも熱いの)」だよ。

お湯(できたら多少の洗剤で脂の表面張力を破壊)→洗剤をつけたスポンジでこする→水で流す(別にお湯じゃなくて良い)。

この正しい手順と(これなら全く手が荒れないよ)間違った手法 ↓ 。
 
 
普通に水をつけておく→洗剤たっぷりのスポンジでゴシゴシ洗う(実は脂の表面をなでているだけ)→お湯で流す(脂が溶けてないので広がるだけ)
 
 
この普通の人がやってそうな手順(コンビニバイト始めた頃の俺がそうだった)と、ちゃんと脂はお湯で落とし、洗剤によって表面張力を破壊する、そういう利点を生かすことをやっている手法では、使用する洗剤の量は全然違う。
 
 
もっとわかりやすく言えば、シャンプーにこだわってる人などは多いが、シャンプー前にお湯で髪を濡らすのではなく、ちゃんと油脂を洗い流してから、最小限のシャンプー剤で済ましてる「本質を理解した人」はどれくらいいるのだろうか。
 
シャンプーや洗剤を悪者にして、逆に何かを見失っていないだろうか?
 
 
今、巷に溢れてる「こういう洗剤はダメだ」とか、「この洗剤がいい」とかの話の中で、その本質もちゃんと説明してくれるひとはいるだろうか?
これは、食品も同じである。
自然食のススメやら、特殊な洗剤などへの誘導含めて、極端な話をしてしまって、人に何かを買わせようとしているだけではないのだろうか?
 
肌荒れに悩んでる人や、手が荒れてしまってる人に、洗剤を勧めるのではなく、「脂質を洗い流す温度との接触を短くしろ」とだけの助言から言う人がどれくらいいるんだろうか。お肌に長風呂はよくないよ。
 
 
 
マーガリンが悪い、肉は体に良くない。
自然食や、天然素材のこだわり、石油洗剤の回避など、健康療法みたいな分野では、どれもこれも、極端な白黒をつけたり、極端なことへと誘導してお金を貰っている部分がある。自分はそう思っている。
 
それに対して、どれだけの手法を見つけられるかをやっていきたい。
 
 
 
  
 
 

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23rd 4月 2013

自然食とか健康療法とかについて【20130423】

 
 
 
コンビニで揚げ物と戦う日々、揚げ揚げデイズを振り返って。
 
 
先に、ちょっとこんな話をする。
最近、自分は食事健康療法について興味を持っている。
 
まだタバコも吸っていて(そのうち、やめる予定)、油物も平気で食する自分である。
けして、極端に食事に制限をかけるなどのことはしないと思う。
「普通の物を食べて、普通にするのが一番」だと自分は思っているからである。
 
 
ここに付け加えるなら、箇条書きでこんな感じ
 
・人間はもともと肉食(食肉傾向に特化した猿)であり、自然健康療法はのきなみ菜食主義であるから
・極端な制限は、極端な結果を起こしやすい→リスクが高い
・人間の人体自体が、許容量を超える場合には許容幅があるが、足りない物はどうしようもない
・全と無のジレンマ(絶対に食べない&絶対にこれ)では、方法論的に最後にはおかしくなる
・人間の体は、免疫は病気という経験からできあがるし、運動=負荷(体に有害)をしなければダメという、「不健康がなければ健康は成り立たない」という弁証法的制限を抱えている
 
 
最後のなんて、世の中には「絶対に良い物」も「絶対に悪い物」もないと言い換えることが出来る。白黒などないのだ。すべて灰色だ。その程度が重要なのだ。
 
白黒でわかりやすそうな話は、例えば、ガン治療の放射線治療は、健康な細胞に当てたら、ガンにさせるだけの手法でしかないのだが、ガン細胞に当てたら、ガン細胞を壊してくれる治療法である。
大事なことは、「細胞を壊す」という本質であり、その手法が「どういう結果を生むか」という方法論である。
 
健康食品で言うなら「ミネラルたっぷり」だと健康によさそうだが、放射性クロム、放射性ヨウ素、放射性カリウムなども厚生労働省に定められたミネラルの一部なわけであって(除染ができないように、食品からの区分けもできない)、それがたっぷりの食品を選ぶだけで、今の日本では、内部被曝の確立は飛躍的に上がる。
だが、多種多様なミネラルをとることが、「体にいい」というのは、本当のことである。
 
ほら、ミネラルを「絶対にとらない」、「絶対に(たくさん)とる」、どっちも健康に害するという結果を生んでしまう。全と無のジレンマである。
 
だから「普通にしてるのがいい」&「自分に足りない物を補うために見極める」のが一番の健康法だと、自分は思ってきたわけで。
そんなわけで、「補う」ためなら100円のビタミン剤を平気で活用するのが俺なわけで。
 
 
しかし、ここ最近になって健康食品あたりを調べてみると面白いことに気づく。
このブログでお馴染みの人たちが、この健康食品というか、健康法についての潮流を作っているのだ。
 
食べない生き方
http://inedia.jp/
 
 
スピリチュアル、ニューエイジのもとである20世紀最初の預言者、エドガー・ケイシーあたりがやっていたのは知っていたが、メーソン思想の人智学ルドルフ・シュタイナー、大昔のピタゴラス派まで関与しているとは知らなかった。
 
 
そして、これは自分のやってる行動にも、この潮流からの流れであるのを実感できる。
例えば、工場で汗まみれになって、肌が少し荒れて、亜麻仁油(オメガ3、オメガ9)という必須脂肪酸を「補う」ためにとっていたのだが。
この手法は、アンドリュー・ワイルという医学博士、↑のURLの「ワイル式」というのの影響をもろに受けている。
 
 
自分としては効果は実感がなかったわけで、「良い」とも「悪い」とも言えないし、そもそも良い悪いはないわけで、手法として「効果なかった」だけの結果がすべてなのだが。
食い物での効果なんて、もともと実感できるものは少ないだろうし。
「なかった」以外の意味を言うつもりはなく、それ以外を読み取ってももらいたくはない。
 
ただ、そのサイトにある、他の「なんとか式」の説明に比べて、「ワイル式」の説明では、本質を突いている部分がのっていて、少し探究心をそそられる。
しかも、その本質が、コンビニでバイトをして実感した「油の本質」(今さら気づいた)と重なっている部分があるので・・・おっと、これは次回の記事に続けよう。
 
とりあえず、ここらへんを継続して調べようと思ったのだ。
 
 
まず、調べて思ったことが、やっぱり健康食というものは「お金がかかる」「手間がかかる」わけである。
しかし、政治だけのブログではお金を払ってくれなそうな人も、こういうのなら「払ってくれそう」と、今の自分は思ってしまったのだ。わっしょい。
 
これは重要なことで、健康食で商売をしている側も、「お金になるぞ」と思っているのである。そして商売である以上、灰色しかない世の中なのに、白いほう「体にいいぞ」だけを強調してしまうのは、致し方ないところともいえる。
それは、黒いことに目を瞑るのと果てしなく同義だ。
 
しかも、特殊な物を求める者ほど騙しやすいという世の中の法則にまであてはまる。
それに宗教の戒律のように、何かで自分を縛るというのは、気持ち良い=効果があるという錯覚を生みやすいというわけで。さらに騙されやすい。
 
白を強調するだけなら善良とも言えるが、黒いほうへ黒いほうへで利益という経済の合理性を追求してしまう「嘘つき」が多分にいると思われるのである。
 
 
自分としては「日本で一番、でっかい嘘つきを見破ってきた」という自負がある。
相手にとって不足無し。
政治とかでは、嘘つきを見つけるが、こっちは正しいのを見つけるのが主体になると思う。嘘つきのほうが、嘘の理由からわかることも多いんだけどね。需要があるから、正しそうなのは何かの本質を探すさ。
 
政治とか経済だけじゃなく、これからはここらへんも同時進行追いかけてみようと思う。
いまさら統一教会の安倍なんぞは、調べるまでもないから政治のネタも不足がちになってたからね。
 
 
 
まあ、なにはともあれ。
 
面白そうと思い、新カテゴリー「不健康を気にしない奴の健康療法」として、どれだけ、ここらの話に本質をつけるかやってみたいと思う。

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8th 4月 2013

パチンコのCPUについて調べてみた【20130408】

 
 
 
 
友人がパチンコに行ってるようなので、ちょこっと、この記事について追跡調査した。

http://www.mkmogura.com/blog/2012/05/07/1126
 
 
どうやら、この記事の中で周期は6秒とかでコマ送り(周期ズレ)あたりではないかな?としていたが、自分は昔の台しか知らず、情報が古かった。
 
2004年7月1日に改正された遊技機規則では、内部抽選については周期が0.05秒以下であるか、さもなくば周期が規則的にはならないよう定められている(同規則6条及び別表第3)
 
 
なんと~~~~!
最近の周期は0.05秒という短さなのだ。
 
 
しかし、ふと思う。
パチンコのCPUにそんな計算能力あったっけ?かなと。
なら調べてみましょう・・・と。計算間違いとか専門用語の違いがあったら教えてね。
 
 
 
ここらへんを記事にしたい。
政治的な話もからんでくる。しかも、これは自分の地元が関係したお話。
 
 
一昔前、パチンコに使われているCPUは、Z80というのが多かった。
静岡市出身、元静岡県警の鑑識科という経歴を持つ、嶋正利、元インテルで、そこをやめて作ったCPUが大幅にシェアを持っていた。
 
まあ、具体的な経緯は、この経歴を見るだけでわかるだろう。

CPUの世界→警察→インテル→やめて作った。
 
で、さらにいうなら、その現静岡市発祥の企業、元清水市の草薙のマルハンがパチンコ業界の最大手なのだから、これまた説明は要らない。
俺の、ド地元だ。
調べると、いつも「パチンコ→警察」などのように、説明が要らないことばかりに、ぶつかる・・・。
 
 
 
このパチンコに使われるZ80というCPUは、2.5MHZから8MHZ。
1秒間に2万5千回から8万回の計算が出来るという能力である。
 
で、16進数が基準になってる8ビット。
 
 
だから16の倍数で確立が簡単に計算できちゃうわけね。
16進数はもともと、4ビットの計算システム。
 
一般的にCPUの能力、MHZは1回の整数演算で扱えるデータの桁数(2進数)のことを意味するので、ここでは8ビットとかを気にしない。
大昔の3号機で、16×16×16×16で65536コマの電子マップ、6万回だから、8MHZ=1秒間に8万回の性能なら、「0.65536秒=マップ1回転」の周期のパチンコ台を作ることが・・・・・出来なくはないが・・・・いや無理だろう・・・でも?・・・といったところ。
何せ古いCPUだから、オーバークロックしてなんとか1秒間に10数万回の演算能力を越せる程度、それを超えて初めて、1秒間あたり10万という数の数字が扱える。
1秒間あたりに10万回の足し算を1つずつしてると考えれば、わかりやすいでしょ?
オーバークロックして・・・やっぱりダメだな・・・・他の演算もあるし。
まあ、無理だろう。
 
 
とてつもなくポンコツである。
Z80では、0.6秒では無理っぽいね。どうやら。
 
このCPUが最近まで続いていた。
一部ではまだ、たぶん続いている。
 
で、最初のところに戻ろう。
最近、気づいた2004年7月1日の遊技機規則の改正だ(WIKIより)。
 
これだ。
 
「0.05秒」

これって短かすぎないだろうかと。
そこらへんのポンコツCPUだというのを知ってたから、0.6か6秒程度だったと思って過去に記事を書いたのだが。
 
たぶん、この0.05秒周期を守るには、一昔前の1ギガのパソコンとかではなく、デュアルコアとかの、ごく最近の性能のCPU、もしくはそれ以上を使わないと成り立たないと思うんだけど・・・。
 
 
最近のパチンコのマップは16×16×16×16、ここにさらに16か、16×16をかけて演出を細かくしてるはず。
暇な人はパチンコ雑誌で共通分母を探してみてくれ。
 
 
C言語とかで使う、時間取得はナノ秒(10億分の1秒)とかが最小かな?一般的に考えて。
基本はマイクロまで(100万分の1)
さっきも言ったとおり、パソコンのCPUとは、極論すると0と1、山と谷の振幅でしかないから、1ギガのパソコンでもクロック=起伏一回にかかるのがちょうど「1ナノ秒」。
机上の空論で1ギガ超えでナノ秒が初めて扱える。他の演算はできない机上の空論で。
 
 
16の5乗のマップで104万8576。一般的なC言語とかのマイクロ秒の取得で、1周期1.04秒かかる。
 
 
うむ、これの20分の1、「0.05秒の周期」では、一般的なCPU、普通のシングルでのCPUでは、無理だろう。
 
だいたい、パチンコのゴト師の手法に、低周波の機械で、手の筋肉を動かして周期をあわせるという手法がある。
この法律、0.05秒の周期、1秒間20回、その間隔で筋肉を動かしてたら、目立ちすぎるだろう。
昔懐かしい、ファミコンでの連射の神業で1秒間に15回程度。無意識でしか再現できない痙攣状態の手がプルプル動くおじいちゃんや、貧乏ゆすりが1秒間数回だから、さらにその数倍以上だ。
 
つまり、パチンコ台は、ほとんどが「周期をずらしてるから大丈夫!!」で認可を受けてるわけだ。
 
 
 
おっと、大事なことはここではない。
そして、自分の記事が正しかったということでもない。
 
なら、この0.05秒という法律が出来た背景を考えるべきだろう。
 
もちろん、「0.05秒で周期をあわせるなんてできないよ~」と「素人を欺く」という一面もある。
だいたい、プログラムの1クールを0.05秒で終わらせるなんて、1秒でちゃんと起動するブラウザが出来てから言ってもらいたい話である。
対比すると、なんと無茶な話だ。
理系というか電気系の素人は完全に騙される。俺もあまり詳しいほうじゃないけど。
 
 
でも、それだけではない。
これには「CPU屋」の意思があるんだよ。
 
先日、プレステ4だかが、マルチコアのCPUになるというニュースがあった。
現時点ではパチンコ含めて、産業全体がシングルコアベースのアプリケーションとなっている。性能の問題があるし、例えば、マルチ(CPUが2つとか)で開発されたソフト、パチンコとかをゲームに移植とかは手間がかかるというか、無理だからね。
この場合は、ゲームが主だが、業界というか、そういう大きな物が一気に変動する可能性がある。その「理屈の部分」はわかるように、大事にしておきたい。
 
 
おっと、話がずれる。この短すぎる周期について。
それがCPU屋の意向であると自分は判断した。
つまり、この0.05秒というのは、将来的な意味を持つ。
それは、現在進行形で起きてる元インテルの日本人が作った、「今でも使われているポンコツCPU」を排除してること、そして売れなくなったパソコン業界でもわかるが、「CPUを買わせる」という将来の意向のために用意された装置であると。
 
ただでさえ違法、賭博であるパチンコという日本の巨大な利権。
搾取構造は、ある段階を超えると、「構造をスマート化される」といえば、CPU屋が、「元警察とかのポンコツではなく、自分達の売れない最新CPUをパチンコ屋に買わせる」、つまり「中間搾取層の整理整頓」をする。
その意味が、少しだけどわかるでしょ?
 
 
つまり、こういうこと。
普通の人は、「パチンコ屋の親分は警察だろうが」という考えだけを持つ。
実際にそのとおりだし、間違いはない。
 
 
でも、こういう法律を見ただけで、
 
外資CPU屋
  ↓
政治家&官僚(法律を作らせる)
  ↓
警察(旧CPUを作った鑑識でもわかるとおり)
  ↓
パチンコ屋
 
 
こういう上位階級から下への階層、つまり「ちゃんとした順位表」が見えるわけなんだよ。
庶民から搾取できなくなったら、今度は、その上から吸い尽くす、あたりまえのことだよね。
 
それに、この法律を作ったのは小泉内閣の頃だろと。
この順位にあわせて、これから日本は今まで「おこぼれを貰っていた」奴ら、中間層が、不要として整理されるわけ。
 
ただでさえ節電とかいっても「特別に無視して営業する権利がある日本の特別なパチンコ」311のあととか。それだけでもおかしいのに・・・。
そのパチンコ屋への思惑、「将来的には0.05秒の法律を守れ=高機能CPUを買え!!!」資本主義の宿命でもある「搾取側だった物達のその先の姿」までの道筋が、自分は込められていると思う。
法律に一文入れるだけで、政治家や官僚にお金が動く・・・まさに、それだし。
高性能CPUでパチンコ屋から高い電気料金もいただけるなら、一石二鳥だし。ね、判断できそうでしょ?

はっきり言おう。現時点でも電気の無駄だ。パチンコなんて全部潰せ。雇用?コンビニ深夜なんてどこでも探してるし。
 
 
 
けして、こういうのでパチンコ産業が一時的に衰退しても「良いこと」であるわけじゃないからね。
ましてや規制を強化する側は「良いこと」をしてるわけでもない。金ですがな。
 
パチンコとか、警察とか。個人的には、これでさらに静岡県警が嫌いになった・・・とかとか・・・・。
とくに警察や政治家なんかには「良いことをしろ」と批判したいわけではない。
 
最近になって思う。
ここまで日本という国が醜くなったのは、「良いこと」をするのを忘れてしまったんではないと思う。
「悪いこと」をするのに「節度が必要だよ」というのを忘れてしまったと思う。
 
 
 
 
 
 

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2nd 4月 2013

歩く嘘【20130402】

 
 
 
 
簡単な嘘の見破り方。
 
 
昨日はエイプリルフールでしたね。
そんなわけで、嘘について簡単な話を。
 
 
 
 
嘘について考えるとき、まず、「あたりまえ」に支配されているかを考えてみる。
意外に見落としがちなことの中に、簡単に答えが出る要素がある。
 
 
例えば、こんな動画。
 
http://www.youtube.com/watch?v=IJjUt2sXo5o
 
昔懐かしい、ビックフットの動画。
TVで一回ぐらいは、見たことあるでしょ?
 
 
たった、これだけの短い動画の時間内の中でも人間は「あたりまえに支配されている」わけ。
人間の歩き方、右足と左手を同時に前に出して歩くという歩行法は、「特殊な人間だけ」だよ。だから、この着ぐるみの中身は人間だよ、と。
 
 
 
これだけの説明なら不十分であり、正しくないな。

「なら人間と同じ動き方をするUMAが存在する!!!」とかいう反論があるかもしれない。
ちゃんと説明しておこう。
 
 
ここまで完全な、左右逆の手足、右足と左手を同時に動かす歩き方は、「近代教育を受けた生物=だから、今の人間だけであるよ」と。
 
そうそう。江戸時代までの日本人が、なんば歩きと言って、左右の手足を同時に動かす歩き方をしていた。
 
二足歩行限らず、動物界全体で、左右を同時に動かす歩き方を「側対歩」、左右逆の前足が動くのを「斜対歩」という。元は馬術用語かな。
犬の場合、常歩とかいう。
全力時のチーター(犬でいうならギャロップとかいうらしい)とか、ウサギのように前足は前足、次に後ろ足みたいな跳び方の歩法の呼び名は知らん。
しいていうなら、ダブルサスペンションギャロップか。
 
現代人は斜対歩。昔の江戸時代の人は「側対歩」と言える。
 
動物界全体では「斜対歩」が圧倒的に多い。
 
 
なら、ビックフットが斜対歩で歩いても何らおかしくないじゃん?と思うかもしれない。
でもね、歩き方が完全すぎるわけよ。
人間、江戸時代の日本人が側対歩で歩いてたように、同じ人間でも混同しているのが本来の状況だよ。
 
同じく、馬でも斜対歩と側対歩は混同してて、モンゴル、道産子のような昔からの日本の馬は側対歩、他の大陸の馬は斜対歩であったりするわけ。
 
これには歩き方の本質とバランスの話も入っていて、日本の武士は馬に乗りながら弓を撃つので、ぐらぐら揺れてバランスの悪い斜対歩を嫌い、側対歩に矯正し、結果「もとからの日本の馬は側対歩になった」というわけだ。
 
他の動物で、特殊な側対歩は、ゾウ、キリン、ラクダなどである。

 
人間も含めて、元は四足歩行がベースとなっている骨格では、斜対歩が「体に適した歩き方」である。
虎の通常時の歩き方を見ればわかると思うが、右前足→上げたあとに左後ろ足があがるみたいな、同時ではなく「順番に上げる」が、本来の斜対歩。
体に適した歩き方ではあるが、体のひねりを使うため、瞬発力を使い「疲れる」、上下に重心が移動し、バランスが悪い「足を上げて歩く」歩き方である。
サッカー選手が、強いボールを蹴る足の逆の手を振ってひねって蹴るのは、この瞬発系で同じ理由なのだ。
 
逆に側対歩は習得が難しい(体、本来の動きではないため)が、「上下に重心が揺れない」バランスがいい、体のひねりを使わない、「長距離を歩くのに適した省エネの歩き方」なわけ。
側対歩は、それらの利点を生かすために「習得する歩き方」と言えるわけ。
 
 
自然界でもとから側対歩なのは、ゾウ(重量)、キリン(首が長いゆえのバランス)、ラクダ(長距離)、ロバ(重量????)なわけ。
そういうわけで、自然に歩き方を「習得した」生物がこれ。
 
側対歩の長距離、バランスの利点は際立っていて、日本の軍隊の仕官以上の人が乗る馬では、「側対歩に矯正される」というのをずっとやっており、それほど「上下移動しない」という乗り心地のよさは際立っていたそうだ。
そして、あのモンゴルの騎馬遠征の「長距離を移動して欧州を脅威に貶めた」という理由は、「省エネ=他より長距離を走れる」という側対歩に理由があったとされている。
 
最近では、アースマラソンという地球一周をした芸能人、間寛平が、「普通の走り方」では疲れてどうしようもないので、「足を引きずる走り方=省エネ」で走っていた。
これならどこまでも走れるとまで言っていたのは、実際やってみればわかるが、側対歩の要素を取り入れた走り方なわけ。
 
「狭い日本、そんなに急いでどこに行く?」なんて言葉がある。
だが、急いではいないが、昔の日本人は馬だけでなく、人間自身さえもが側対歩を習得していたという、世界で一番長距離移動に適した歩行法を身に付けた世界でも希有な存在だったわけね。
馬の利点を理解していたことで、人間でも習得した。
まあ、「なんばと普通の歩き方(なんば歩きが出来ない人=本来の骨格にそった歩き方の側対歩だけ)」これが、混在していたのが、江戸時代までの日本だと思う。
 
 
側対歩、斜対歩、それぞれの利点と特性はこんな感じで。
ここに二足歩行の特性を考えると、着ぐるみビックフットであることがわかる。
 
短直に言うと、ただでさえバランスの悪い2足での斜対歩で「手を大きく振ることのメリットはない」。
エネルギーの無駄遣いであるし、何よりバランスが悪いからだ。
もとが四足である人間も含めて、今の骨格に「前後方向」へのバランスを取る機能はない。
座っている人間のオデコを正面から指先で誰かに押さえられれば、立ち上がれなくなるのと同じ理由で、頭を前後する程度しかバランス機能はない。
元は4つ足、地面と水平に体があったわけで。そんな機能がないわけね。
 
一時的に二足歩行する他のサルで考えればわかると思うが、手を上げて斜めに構えてピョンピョン跳ねる小型のサル。
 
手を上げてバランスを取り、骨格に前後バランスの機能がないから、体を斜めにして二足で跳んで歩く。この手を上げ斜めになり歩くのは、頭が大きくバランスの悪い、人間の幼児でも見かける仕草なわけ。
 
他にも、二足歩行で歩くゴリラ(斜めに歩くとか、片手だけ振って前後のバランスを取るとか)、ピョコピョコ歩く熊(手を腰元に固定している)とか。
骨盤を開いて、手を重心の前だけで少しだけ振って歩く方法とか。
 
 
 
さて、本来は人間より、サルに近いビックフットについて考えてみよう。
このビックフットは、あまりにも手を大きく振りすぎている。
 
ビックフット
 
 
しかも、歩きながら、こっちを見たりしている・・・・おいおい。
 
日本人が手を大きく振って歩くようになったのは、なんば(側対歩)が混在していたことでもわかるとおり、明治以降である。
 
進行方向に対して斜めにバランスを取ることも、手を振らないよう仕草するところもない。
むしろ、人間の通常時の歩き方よりも手を振っている。
 
 
江戸時代の人間より「人間的な歩き方なのであるから、人間そのものである」というしか他はない。
 
この手を大きく振るというのは、バランス不足を気にしなくていい、おもに平地だけを歩く特性であり、移動距離も短くなった省エネを気にしなくてもいい現代人だけの特性でもある。

かつ、これは着ぐるみを着ていた=手に重量物をまとっていたために、いつもより手を振ってしまっていたために、これでは「江戸時代の人間より、人間的というか現代人的な歩き方」だ。
こんな歩き方をしていたら、人間でも1日中歩いただけで、ヘトヘトになってしまう。
それほどのエネルギーの無駄遣いと、バランスの悪い歩き方なのである。
人間よりバランスが悪い=サルに近いはずなのにね。
 
 
だから、間違いなく人間だよ。
 
野生動物でこんな歩き方をするのは存在しない・・・ではなく、存在できないからね。
このあと、汗だくで着ぐるみを脱ぎながら、「ちゃんと撮れた?」とカメラマンと話しているのさえ想像が出来る。
その汗だくな理由は、着ぐるみの暑さだけでなく、現代人故の歩き方にあるのだ。
 
 
嘘を見破るという主旨だったが、ことのほか歩くことの本質についての話が長くなったが、まあこんな感じで。
 
 
極端に言えば、人間が「ただ歩く」という行為も、「環境と洗脳の帰趨」である部分が多い。
ほんと極端に言えばね。
 
無意識に歩いてるという歩き方。変動した環境と、子供の頃にやらされた行進などの「特化した斜対歩」を教え込まれたというのに、自分自身さえも依存していることに気づく。
 
気づいたから何だ?といわれれば・・・そのとおりなんだが。
  
 
この記事を読んで、「なんば歩きを習得するぞ!!」と思う人がいるかはわからないが・・・・。
歩き方の本質を少しだけ考えてくれれば幸いである。
もし、マラソンが42.195キロではなく200キロだったら、間違いなく斜対歩ではなく側対歩の走り方を習得した人が優勝するだろう。
そういう部分とかね。
 
 
 
今度、動物園に行ったら他の動物がどんな歩き方をしてるかとかとか、子供がどんな歩き方をしているかとか観察してみよう。
必要なのは観察力。 
 
 
 
 
 

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31st 3月 2013

Battle Field4(死)【20130331】

 
 
 
支配(強制力)の本質と支配(暴力)の帰結。
 
 
twitterで、つぶやいたのを軽くまとめてみた。
 
 
過去記事に書いたことの延長、というか、新しいことは書いていないのだが。

「強制力とは何なのか」「政権交代直後、民主党は暴力的なしつけが必要だった」「ナイフの切っ先は、今あなたの目の前にある」他いろいろ。
過去の記事を思い出して読んでくれると、わかりやすいし、こっちとしても嬉しいです。
 
 
 
 

@kenkatap

ロスチャイルドの黒幕=スイスのシェルバーン伯爵、さらに、その上に位置するのが、キャボット一族らしいが…。どうなのか?これから、調べたいが、調べる方法って、ネット検索以外、思い当たらないしなぁ~

 
 
まず、ケンちゃんのこのtweetから。
 
 
これから説明が続く。
 
 

村手 さとし ?@mkmogura 1h

支配のというのは、強制力に従うことである。二種類の力、そのうちのお金をツールとしてだけ考えた場合、全ては暴力に帰結する。その上の階層があるかを考える前に、信用創造というツールを間違いなく持つロスチャイルドが「上司に歯向かった場合、どうなるか」で、強制力について考えねばならない

 
 
簡単に物事を理解する場合、わかりやすい極論を考える。
極論は詭弁になることが多いが、本質を言い当てている場合、「当たっている」が明確になる。
だから、わかりやすくなる。ついでに言うなら一番の楽観論と一番の最悪論を考える。
スポーツでも何でも、何かを考える上で重要な思考だよね。都合よすぎることと、最悪なことの、その幅の中に思考は集積されるから。
物事を理解する上での、「中心を射抜く」、それが出来てればの話だけど。
まあ、逆に「外れている極論」は100%詭弁なるんだけどね。
 
 
 

村手 さとし 村手 さとし ?@mkmogura 1h

置き換えてみればわかると思うが、ある一定以上の支配階層において、どっちが上かというのは意味を持たない。例えば小沢はCIAに一部歯向かい「表の舞台から退場させられた」わけだが。力に従う以上、Jロックの小沢について「奴の主人はCIAだ」と主張するのと大差ないピント外れである。

視点として必要なのは、どんな思想の差異がそこにあるか、それぞれが何のツールを所持しているかである。多少の金があれば、暴力、ロス茶も上司にむけて殺し合いができる以上、「支配されているか」という定義じたいが不完全過ぎる。

小沢に置き換えるなら、CIAは、日本で記者クラブと米軍警察の共同の「誰でも殺せる」検死体制を持っているということ。これがツール。だから小沢は服従したんだと。それを考えず、ただ「小沢の主人はCIAだ」とだけの把握は、アホすぎる考えなのは、わかっていただけると思う。


 
 
とりあえず、ある一定以上のツールを持っていた場合、そのツールの力によって「支配が成り立つか」を考えて欲しい。
まあ、どこかのロスチャイルドの代理人のような奴が、ロスチャ思想をばら撒いて、明らかに、「おまえの上司だろ」と突っ込みたくなることは多数あるわけだが。
それは、「強制力=暴力の成立が成り立たない場合がほとんど」なわけでね。下っ端と、中央銀行を支配するロスチャでは違うわけよ。
これは「ロスチャを直接支配する人がいるか?」ということに対しての説明だからね。
 
暴力、強制力という資産。
これが支配の本質。
それは絶対に間違いはない。そして国家が軍備を持つ理由。
 
 

上位階層、上位階層へ。最終的に、誰か一人が世界を支配しているなんて考えにつながる思考は、「とっても宗教的だよね」と思う。

 
うむ、単純思考に陥ってはならない。
ここから少し、支配力と冷戦の話に繋がる。
 
 

ロス茶製品である共産主義、旧ソ連は、ただ金儲けのためだけにあったのではなく、ロス茶の有色ユダヤ思想のアンチテーゼ、白人至上主義、アメリカという国への暴力としての強制力であることは明確なわけで。だからこそ、昔はロックフェラーも共産主義だったわけで。
結局のところ、世界中の中央銀行、法律(ロス茶製、憲法友の会、日本の左翼的9条もその一つ)、それらを支配していたのはロスチャイルドである。そこに、Dロックフェラーが噛みついて、世襲とのボンボンだらけで、自分達の起源がフランス革命という流血で出来上がったことさえ忘れたロスチャとそれと、同階級の本来の支配者一族が、「喧嘩もできないお坊っちゃん」になってしまったわけでる。そのDロックの反逆にたいして、ニューエイジというお花畑をやる程度のバカ。これは政権をとってもCIA機関になにもしなかった小沢にも共通だが。

 
 
同階級の人たち。あくまでも上か下かではない。明確に中央銀行を持ってない=ツールを持っていない場合は、「その場合は、下である」と断言してもいいが。

でも、「実行暴力を所持していない」と考えた場合、そのとおりなわけで「Dロックフェラーのほうがロスチャイルドよりも上である」としても間違いではなく、むしろ正しいと言える。
ここで出てくるロスチャと同階級、それは同じ思想・商売の協力者として繋がっている。過去記事参照。まあ百科全書派とか、帰一教とか。スウェデンボルグイルミナティとかとか。今回、説明は省く。
 
簡単に世界の状況進行を説明。
 

ロスチャイルドにより、もともと支配されていた世界だが、Dロックフェラーが、ロスチャは暴力を忘れたと判断したことで、「どうせ何もできないだろ」と図にのったのが今の世界の構図である。それは世界中では本来、ロスチャの商売道具、原子力への侵略、日本ではDロック直系の安部が、憲法改正、中央銀行への支配(自民党が復権してから急に巷に出てきた政府紙幣論)と、明らかにロスチャイルドの思想、ツールへと侵略していることからも、簡単に理解できる話でると思う。

911という自作自演での「ロスチャ思想でるユーロ構想への反逆」、311というモサド特性のキノコ雲での原子力という「ロスチャの商売道具への商品低下」。今のロスチャはアホなわけで、これらの本来は下の階層であるDロックの反逆にたいして何もしなかったが、昔のロスチャならアメリカ全土を、一瞬で焦土と化し反撃もできないようにする、まあ核ミサイルなわけだが。昔のロスチャなら、暴力に帰結するしかないと、ちゃんと知ってたわけで、「間違いなく押してた」と思う。

 
 
ちゃんと構図が見えるかな?「アメリカへの監視」昔はその手段を維持していた。そのスイッチを。ッポチ!シュボーン!!!月火水木金正日。
そう、それが冷戦なわけ。
もともとアメリカはホロコースト神話によって、白人至上主義者を欧州から追い出して出来上がった国だからね。
支配=暴力という本質が見えなくなったからロスチャは自ら冷戦構造を終わらせたともいえる。
 
さて、ロスチャ陣営が、忘れていた本質を思い出して、実際に行動をするとしたらの話へと続く。
暴力の復権である。
 
 

さて、今。世界で一番危険な国がある。
世界情勢的に見てね。核戦争はともかく、ロスチャはDロックに「お仕置き」がしたい。それが暴力、核ミサイルでしかないことを知るDロック、白人至上主義者のアメリカは「核ミサイルを使いにくい状況=危険だよ使っちゃダメ」という状況を作りたいわけである。
 
つまり、ロスチャは反逆に対して「みせしめ」をしたい。具体的には、Dロックに媚すぎて中央銀行まで奪われそうな、とある国があったら、そこに、核ミサイルを「みせしめ」としてぶちこみたい。支配、暴力の意向を堅持したいわけである。
 
逆に、アメリカDロックは「どこでもいいので、どこかの国で「核ミサイルの惨劇=核ミサが使いにくくする前例の構築」をしたいわけである。つまり、スイッチをどちらかが押すのかではあるが、両者とも世界最大の暴力を自分達のために示したい状況である。クイズの早押しか!!!両者とも候補地を探している。

 
 
アメリカ、というか欧州(有色ユダヤのロスチャイルド)と対立する、白人至上主義者が支配の力、核ミサイルを手放すことはないが、「核ミサイルが使いにくい状況を作る」ことは切に願っていることである。
これが、中央銀行というツールをもらえなかった、元子分、アメリカ、Dロックフェラー陣営の願望である。
 
 

すでに世界は冷戦ではない。
HOT WAR のだ。過去の冷戦は暗黙の了解ができたうえでの強制力による監視であった。少し前、新聞紙面でも「冷戦の再来」なんて言葉がのっていたのは覚えている人も多いだろう。
しかし、すでにタガは外れてしまったのだ。
その意味をちゃんと理解していたのは何人いるだろう。

 
 
支配の本質が見えると、タガが外れてることに気づく。
 
 
 
まあ、この話の流れに補足する。今回のメインテーマと少しずれるけど。
 
支配の本質。それは、どこまでいってもハードな暴力である。
その本質を成り立たせるためにツールがあると言っても過言ではない。
 
しかし、それなのにソフト的な手法というか「ひょう量攻め」で、支配の力をロックフェラー陣営から原子力を支配するロスチャイルド陣営が取り上げようとした「アメリカのウラン枯渇」という側面があるから、311が起きたとも言えるんだけどね。
 
 
 
 
まあ、こんな感じで。

で、その支配。
しつつされつつ、歯向かいつつを繰り返す帰結は、もう言わなくても読み取っていただけると思う。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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5th 3月 2013

そごにある歯車【20130304】

 
 
 
 
 
 
世の中には「前提の歯車の欠損」がある。
 
前回の記事、この場合、エイズが「完治したかどうか」以前に、乳児の「陰性陽性の判別」が「できない」という『前提での間違い』があるのだ。
 
 
この正誤を問う場合、「完治したか」だけの部分で議論をしても、永遠に議論は噛み合うことはない。
 
前提の部分、「エイズの抗体検査自体が難しく、ある意味不完全である+特に乳児なら」というのを、こちら、この場合「自分から医学会全部へ(大げさだな。でも必要。)、突き付けなければならないのである。
あ々、世の中は難しい。
 
 
 
「選挙に行くべきか」→不正選挙だから。
「社会的に貢献できるか」→その社会自体がおかしいから。
「もしそうなら、なんで誰も言わないの?」→記者クラブとか読売CIAとか。
 
こういうのも「前提」がどうしても必要になってくる。
それを説明しなければならないのだ。
 
 
社会は幾重にも歯車が組み合わさってできている。
それは誰だって認められるはずである。
 
しかし、物事を表面しか見ない、自分から見えている動きでしか物事を判断できない人は、いつだって、このような「前提の不備」についての説明を一方的に求めてしまうきらいがある。
 
どんな歯車にも、もうひとつのギアがあって裏側がつながっていて、そこには間違いなく「動力源」が存在するのである。
 
歯車の表しか見れない人は、その説明さえも、屁理屈に見えるだろう。
でも、私たちは、働き、会社に縛られ、税金を払い、家族を持ち、いくつも連動した歯車の中で「生かされている」のは間違いのない話なのに。
 
 
社会の仕組みとか、そういうのは抜きにしても、誰かが何かを失敗した場合、それは多くの場合、「前提でのミス」であり、理屈に沿った「ちゃんとした動き」を人間は選択していることのほうが多い。
 
何が間違っていたか、それは多くの場合、前提での間違いなのだ。
 
 
正しい行為をしようとする個人の歯車を止めたり、「創造された偶像の成功者」を演出する歯車。
 
私たちが、日本に生まれたときにはすでに法律があって、それに縛られるように。子供が親に縛られるように。人間であるということだって、縛りみたいなもんだ。
 
前提として、何をどうするか以前に「すでに歯車は存在している」わけだから。
それを忘れてはならない。これも前提の話。
 
 
存在の時点で、歯車として、そこに束縛がある。
ある。ある。絶対にある。
あるあるあるある・・・(昔、クイズダービーという番組があったな)
 
 
 
「その中で何ができるか」であり、「ただ、何をするか」では絶対にない。
だからこそ、自分自身も含めて「前提を知らなければならない」わけです。
 
複雑であるからこそ裏側は見えにくい。
この裏側に「何の力が働いているか」を知ること。
そして、それは今の社会での根本を動かす歯車の動力源を知ることでもあり、同じことなのである。
 
 
 
 

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4th 3月 2013

中2病の特効薬が医学会で発表されました【20130304】

 
 
 
 
なんか、最近、こういうの酷いね。医学会の嘘情報。
 
IPS細胞のこともそうなんだけど・・・・。
数年前までは、一部の医学とかが嘘つきだらけだと言ったら、「変な人」扱いだと思うのに・・・。311以降の今は・・癌が多発する数年後には・・・。さらに数十年後とかには、別のことで政治や宗教にも波及して同じようになるのかもね。
 
喜んでいいのか?
 
 
 
世界初、HIV感染の新生児が完治 ウイルス消滅と米紙報道
http://sankei.jp.msn.com/life/news/130304/
bdy13030414210000-n1.htm

 
 

2013.3.4 14:20 [病気・医療]
米ジョンズ・ホプキンス大学のデボラ・パーサード准教授(ロイター=共同)
 母親からエイズウイルス(HIV)に感染した生後30時間の新生児に治療薬を集中投与したところ、HIVが消滅したと米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)が3日報じた。世界初の例という。
ジョンズ・ホプキンス大のデボラ・パーサード准教授らが明らかにした。

 
 
 
 
エイズのことは調べまくったので知っているが。
まず、母親から文字通り血でつながっていた新生児は、エイズの抗体も一緒に体の中に共存させたまま生まれてくる。
 
この時点で、その赤ん坊がHIV感染者であるかはわからない。
検査で陽性と出てしまうが。
乳児が感染してなかった場合、1年半すると、この抗体は消えてしまう。
つまり、自然消滅。
 
 
治ったかどうか以前に、新生児がHIVであるかどうかも「わからない」わけである。

HIVの検査には、ここらへんの図がわかりやすい。

http://www.aids-chushi.or.jp/ippan/hiv/index.html
 
普通の大人でも、感染から陽性反応が出るまでに3ヶ月かかる。
これも抗体ができあがるのに時間がかかるわけだ。
これだけ検査をかけるのに手間もかかり、かつ時間もかかる=ちゃんとした白黒を瞬時につけるのが現時点での科学で持っては難しい。
 
それなのに、体内の抗体が安定するまで2年かかるといわれる乳児で、「エイズだった」という『前提』を立証し、なおかつ、「それが完治した」と、どうやったら言えるのか、自分は不思議でならない。
 
そもそも、抗体検査と抗原抗体検査というものがあって、両者とも、抗体を引き継ぐ生まれたての子供は、共存状態しちゃってるわけで、ちゃんとした検査の陰性陽性の判断ができないと言うのに。
 
つまり、子供は、ほっときゃ消えちゃう(陰性なら)わけで、『それ以前』に見極めすらできていないということだ。
そんな状況で、何を持って、抗体が消えた=HIVを完治したと言えるんだろうね。
思春期の病気や、自己心酔の中2病の特効薬ができましたと言っているようなもんだ。 
 
ソース元はニューヨークタイムズ(アメリカのロス茶系とも言えるアンチCIAのとこ)、完治させたという医者は黒人の女性。
 
政治的な裏読みだと、この機会に、本当にHIVの特効薬でも世にだすのではないかと、「この話は間違っているかどうか」以前に、自分は少し期待している。
 
なんせ、HIVは有色人種と同性愛者を標的にしたウイルス兵器である可能性が非常に高いのだから。しかもCIA製だし。
 
兵器である以上、ワクチンもあるわけだろうし。
 
 
はたしてはたして。
  
 
 
 
 
 

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18th 2月 2013

コンビニ記事はこれが最後になることを願う【20130218】

 
 
 
ふう。休みだ~。つまり連休。
コンビニ夜勤者としての愚痴続き。
 
 
部屋の掃除と食い物の溜め込みだ~雨だ~昨日やればよかった~。
案の定、寝て、一日つぶした。
 
いつも店に行くと、タバコとか箸のレジ周りさえ補充してない。
そもそも洗い桶なんて他にやってる人見たことがない。
本部品種増やす→皿とか増える。ドーン!!!なわけで。
 
夕方遅くとかからは作らないのも多いから洗っといてもいいんでは?と思うんですけど。
逆に、その時間からは売れない事を知らないで商品を作られると洗い桶ができない。作ったから4時まで販売って、いつ洗えと?
 
昼もやったことあるし、わかるんだが、前陣=前出し陳列しなおしと廃棄期限切れを任意でチェックみたいなのがメイン。一斉の棚変更も昼やるけど。←これは大変。
 
でも「やれるとこまでやりましょう」では意味ないし、計画あって循環で「棚をチェックする=やりきる」なら意味があるけど、ただ、好きなとこ見てますでは、「宝探しゲーム」と同じだし。
 
昼の2人体制で相方「レジお願いしマース」まで、集中して棚整理できるなら楽でいいねとホント思う。
保安的な理由もあるから、トイレ掃除も客が来てるならやれないし、こもって気がつかないとやばいし、それにウンコ棒もってかけつけるわけにもいかないしね。
 
工場で元運送系のおやっちゃんと一緒に2人体制と1人体制で工程内の便利屋みたいな搬送の仕事をしたからよくわかるけど、1人から2人なら2.5倍の仕事ができる。
二人で段取り話し合えるならね、いい、おやっちゃんだったよ。「どっちがやるか・もっとやってくれ」で喧嘩もよくしたけど。
それほど「やらなきゃならないこと」を効率よく切り離せて集中できるとかは価値が高い。
まあ、2人になることはないだろうなぁ。
 
 
店をきれいにするために商品の並べなおし!!!が、どのコンビニでも合言葉みたいなもんだけど・・・。
なら、売るものを補充する前に、売るために値札つけなおせよ、とか思う。
やれないから、やらん。って話しなわけ。
だからないのがある。

で、値段を勘違いさせて客にレジに持ってこさせてしまった場合、昼なら10人に1人の割合でクレームを言われるとしたら、間違いなく深夜は3人のうち1人ぐらいでクレームがくる。しかも時間かけて言われる。
この場合、どっちかというと補充とか陳列よりも「やらなきゃならないことは値札をつけること」。値段わからないの買わせるの?客に言われる。もっともな話だ。
 
自分はこういう性格だし、「おかしいだろ」って思うのを口にするのはパワーがいるというのを誰よりも知ってるから、かなりの暴言を言われても、正直、すべてもっともな話しだし、頭にこない。
 
「深夜はそういう客層」とか言われるけど、酔っ払いとか変な人とか。
実はあまり、そういう極端なのは多いといえば確かにそうなんだけど、言うほど多くないよ。
比率で言えば、厳密には、「もっともなこと」を言われてへこむことのほうが多い。うちの立地ではね。飲み屋少ない。確かに荒い客が多いけど。

酔ってフレンドリーすぎる変な若い奴とかもいたけど・・・。
仲良く話をした後、買い忘れた~と言って、この寒い中、服ふりまわしながら、なぜか上半身裸で入ってきた。
「お客様困ります」って言って、乳首に店のテープ貼ろうかと一瞬思ったが、「ワルノリ」を助長するので自粛した。楽しかったけど。
未成年だったら緊張度マックスに近い状況になる話だが。酒とかを買う可能性があるわけで。そうじゃなかったし。
そいつにはシラフの友人も一緒で(たぶん運転手)が冷静に突っ込み担当になって漫才みたくなってた。(だから俺もボケようかと)
「酔わないでこんな人が来たら」で考えれば、わかると思うけど、別に悪いことじゃない。
作業はかどらない、ノリにあわせなきゃならない(■ーソンニプレスはあわせすぎ)以外は、完全な迷惑というのはしてこなかったし。
ただ、面白い客。
 
深夜は常連も多いし。
うちのとこはいい人ばかり。
正直、そういう人に、もっともなこと言われて、ロジック的に自分だけで解決が難しいと、やたらへこむ。
とくにトイレとかね。なんとかチェックするぐらいしかできん。
一言いって、トイレだけ借りてく客に、俺は頭にきたことは一度もない。
むしろ、チェックができてないときは、不安で申し訳なくなる。
それは、そこらへんの理由があるから。まだ解決できてないから。
 
 
深夜は「クレーム担当」になることが多い。
 
同僚の中国人は、クレームを言われにくいので得だな、と考え、本気で中国人のフリができるようになっとくかと一瞬脳裏をよぎった。
 
日本人の深夜コンビニで、客が嫌でやめたという話はよくあることだが、ちゃんと原因を追いかければ、そういとこになると思う。
酔っ払いの対処というか、聞き間違いを起こさないようにするのとかは、1ヶ月もたたないで大体免疫がつくからね。
「怒らせるきっかけを作らない」というスキルが。怒ることには絶対にきっかけがあるから。
それ以外のような単純な暴言「言ってもないのに、そう言っただろ」とか言われて怒ってるようじゃ深夜は仕事にならんし。
はいはい、そうですね~って思ってるだけ。いろんなこと開き直った俺には、こんなんで怒る理由がわからん。
 
クレームを言われて、自分じゃないのに頭を下げるのは客商売で当然のこと。
 
そうじゃなくて「お前に言ったんだから直しとけ」で怒られる。そこではじめて客も「当り散らしてる」から「本気で怒ってる」に変わる。
この場合、「自分」という相手が明確だから、「時間かけて」説教されて、しかもあたってることが多いわけで。
 
 
 
昼の連中のツケ(善意であっても)が回ってくることが多いよ。
 
 
店長が多数の商品を発注しすぎ
  ↓
(俺)入りきらん(例えばコーヒーの500mlのパック)
  ↓
この上に1つだけ新しく棚をあけるか→これなら同じ種類の関連つながりでわかるだろう→ひたすら作業、できた。  
  ↓
昼に物が売れて例えば、その棚の多数あるコーヒーの1種類売り切れる。
  ↓
昼の人間
俺が作った1つ上などの棚を見て
「あら、コーヒーはこの棚じゃない」
コンビニは商品の陳列がお仕事、ルンルン。→棚を作り直す
  ↓
店長、ノリノリで同じ商品構成で発注
  ↓
やっぱり棚に入りきらん。
俺の作った棚は昼間の人に直されている。
棚作りがやり直し、値札もやり直し、昼は放置でずれまくり。値札見当たらない
  ↓
以下ループ。
 
 
おまけ
俺も値札を見つけられず → 客がクレームに来る
 
 
こういうのとかね。
2列にして楽をしてくれれば、無駄な作業は生まれない。
「自分の店で売りはじめた商品ぐらい気にしとけ」と言いたいとこだが、そんなの気にする奴いないし。

自分が並べるやつ以外、俺もわからんのあるし。(ただ、基本的に深夜は商品覚えるのを強くしとかなきゃ時間食ってしょうがないので、強い人が多いよ)
ポイントカードのせいで、「これ探して」って言われることも多いし。
深夜の暇な人はよくポイントを使うから。
 
 
ちなみにコンビニの直営店は、値段で棚をわけるらしい。
 
コーヒーでも、果物系ジュースでもお茶でも、種類の統一よりも優先に「値段で置き場所が決定される」、その中で種類を統一。
ま、その方式。ある程度ばらばらでいいなら、かなり楽になるんだけどね。

確かにこうすれば、「値段を勘違いした」という「後からクレーム」は置きにくい・・・。
どこまでもクレームベースの考え方だけは取り入れやがる。卑屈だ。
 
 
ま、こんなものを気にして知ってるバイトさえ、そうはいないと思うけどね。
知らない人のほうが多いし、見たら、なんじゃこりゃーってなるが、「そういう指示らしいよ」以外の理由を説明できる人は少ないんじゃないかな?
たぶん、今回説明した話のクレームと、ここらへん、値段のクレームのほうが怖いからという都合からです。
 
 
よくある「コンビニバイトはタバコの種類を覚えるのが大変」とか言うけど、3日レジ立って、1週間、補充すればタバコの知識なんて困らないし、番号でいう人のほうが多いし。
ソフトとボックス(2種)あるのを全て覚えるのは基本中の基本だ。

でも、なんでタバコの単語だけで注文する客が多いのかね?
確かに、それは思うけど。
 
例えば、「ラーク」→瞬時に12ミリのショートのボックスですか?と聞きなおさなければダメなのだ。「ああ」と言ってくれて(当たり前だろと客はドヤ顔。)
「ハイブリット」→トヨタのプリウスでよろしいですか?はこらえて、「6ミリと1ミリのどちらでしょうか」(もちろん6ミリを持ってきながら)
 
ちゃんとわかるように言えよ。
そうすれば、ちゃんと一発で持ってくるよ。でもそれだけの話。

と、言いつつ・・・。
「キャスターマイルド」→(当たり前にとってくる)→キャビンマイルドが手にはある。
これは、コンビニ店員が必ず通る道。今もやりそうになる。
 
 
セブンスター(セッター)  → 「ソフト?」
フロンティア  → 「キャスター?」
ブースト → 「5、8?」クールですな。
アイスブラスト → 「8?」ここら辺聞いておけば数字を言う。

取りに行きながら系
ホープっ小さいの! → 「ショートホプ。ほぼ確定」
    (親切だが全部小さいから逆に・・・)
エキストラライト → 「メビウス?」
    (心の中でマイセンの名称変更名を忘れたな)

アメスピ → 「ねぇよ」
キャメル → 「らくだは絶滅した」(そんな客はいないが)
ピアニッシモ → 「・・・。笑顔」
     (客が店員を誘導するの慣れすぎている)
 
 
 
タバコを吸わない人にとっては、「何の符丁?」みたいなもんだけど、これがコンビニのレジなのだ。
金がある人は、全部1個ずつ頼むと店員の質がわかるかも?やってみてくれ。
って、本当にやったら「いじわる」だから、あやまっといてね。店員さんに。
すごい、いい経験になるよと言えば、そうは怒らないかも・・・。暇なときに限る。
  
 
なんで、こんなにコンビニは、タバコを頼む人が多いのだろう・・・・。
そして、買い物袋を持ってやってくる人はろくにいない。
まだ数人しかいないよ。
自分の手さげに入れますじゃなくて、これは買い物袋だなっていうのを出してくれる人・・・・。スーパー(袋が有料)は、俺含めて、そういう人だらけなのにね。
しかも・・・キャンペーンで買い物袋をくばってるのに。
 
 
情報不足で探し回るのは大変です。
クレームに耐えながら。聞きなおすことに怯えてたら仕事になりません。
ちゃんと、理由があって聞くなら、そうそう怒るきゃくはいないし。
 
でも深夜は1人で店中を探し回るのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 

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15th 2月 2013

揚げ揚げロンリーナイト【20130215】

 
 
 
 
とあるコンビニ深夜の簡単な動き。
 
 
11:45 俺入荷。
    外の掃き掃除、灰皿交換。ごみ捨て 
    FF(フライヤーズフード)廃棄確認。
    この時点で洗い桶をまとめてお湯&洗剤にぶち込みたい
    すでにチルド便が待機している。引継ぎの確認。めまぐるしい。
12:00 セミナイトを上がらす(お疲れ)ここから一人。
    レジ清算(お金数える)
    チルド便(保冷系の便ね)15箱~20箱↑とか
    (弁当、オムスビ数十個?、パックの飲み物多数などを陳列)
    またコーヒーと乳飲料が増えてるじゃねえか置く場所ないよ!!
1:00 並べてる最中に本が届く、瞬時に去っていく。
    チルド後、切り開いて検品して本を並べる。入りきらん。
    あ、先月号発見。スペース作っといてくれよ。
    女性誌のオマケ乱舞。全部ゴムで縛る。付録の確認めんどくさ。
    付録を縛るのは本屋がやれと激しく思う。給料くれるのか?
1:30 問題が起きずに済めば、この時間に次に。
    床掃除、はいて掃除機→ワックス30分程度かな?
2:00 ドライ便(常温便)が届く。返本。
    ダンボール多いと大小40個、レッツ力仕事。
   (ビールとかジュースとかカップラーメンお菓子)
     それと青いボックス(10個弱程度かな)
    箱の中身は文房具、日持ちする食品、お菓子など、ひたすら多数。
    ダンボを裏に闇雲にぶち込むの15分、青い箱の陳列1時間ぐらい
    置き場所がないのでダンボールでバベルの塔を建てる
    身長が170以下なら届くまい・・・ふっふっふ。
    ホット飲料がスカスカなら、ここで届いたもので気合5分で陳列
3:00 青箱を途中で投げ出して、洗い桶(揚げ物のステンレスの皿)
    漬け置きしてあれば10分で済ます
    揚げ物を陳列してるケースの清掃。アルコールで拭き拭き
    急ぐと、なんか尖ってるので流血する。
    おでんがあるときは同時進行+20分(もうなくなった)
    熱いナベも気合で持つ。具投入&汁入れ替え。2ナベのときもある。
    あったまるの遅い、洗うのめんどくせ、でかいんだよ、ばーかぁ。
    時間が余ったら、店中に置いたドライの青箱を陳列。値札ネェヨ
    新聞がおばちゃんを入荷。返品&陳列。おやつを買って去っていく。
    表紙を眺める時間なし。新聞ってほんと売れん。スポーツ新聞だけ。
4:00  店中の冷蔵庫など温度チェック、2分 ついでに青い箱と継続して戦う。
    弁当などの期限切れを探して廃棄10分。急いでる時は3分。
    弁当以外のとこは昨日見たし。
    生鮮チェック&廃棄(果物とか野菜)15分。多いんだよ。
    ナウシカの世界のみかん発見。まあ、綺麗。
     同時に前日の在庫があれば並べる。シュークリームあるじゃん
    外ゴミ交換やトイレ確認(ごみ持込黒リストとか来店してたな)
    肉まん機の清掃。水交換。15分。
    搬入ででたダンボールのゴミを裏に投げ込むのみ。後は任せた。
    そろそろ朝からの揚げ物の準備というか同時進行。
    ここで一息。・・・でもなく作業確認書を書き書き。
5:00  肉まん投入50分蒸せばできあがり。揚げ物を本格的に開始。
    賞味時間が長いものからあげていくのだ。
    同時進行レジ周りやタバコ補充。最近、手が回らない。
    揚げ物のパッケージ用意。FF食品の管理表の作成。
5:45  パン、デザートが届く。
    検品・・・また数が違ってたよ、ドアホ。全種メモ書き。
5:50 朝の人が入荷(これで2人)。
    ゴミの後、レジ清算入りまーす(深夜はレジの金動いてないぞ)
    ・・・そう、パンは俺が並べるのね(疲労困憊、いつも思う)
    同時進行、揚げ物ラスト、から○げ君があがるので陳列。
    揚げ物10種ぐらいあればいいか。できあがったものPCに高速で入力
    間に合わず、学生に検品中のパン奪われる。おーい!
6:00  通称、「山の住人」が来店。おじちゃんたち葉っぱを店の中に入荷。
    パンが終わった頃に、朝ラッシュが始まる。
    休憩取りたい・・休憩取りたい・・休憩取りたい
    たまに暇、・・・休憩取りたい休憩取りたい休憩取休憩取・・
    レジ周りの備品、ストローとか割り箸の補充が間に合わないとき
   「あんた仕事やってるの?」みたいに朝の人間からの視線がくる
   トイレのゴミ掃除まで手が回らないと、さらに視線が続く。
   「深夜は客がいないんだからさ・・」ああフライヤーに飛び込みたい。
7:00  朝ラッシュ続く。レジだけやってりゃいい。
    こんな楽なことはない。
    片付かない青箱が店の中に転がっている。合間にコソコソ搬入。
    朝の人に「すいません、この陳列お願いします。」
    下手でお願いだ。・・・俺が死んだら「揚げ葬」で頼む
    マネージャーが入荷。愚痴。あと、これないんだけど・・・。
    何度も念をおしとかないと本気で忘れる。マネージャーは発注へ
7:45  朝の弁当、おむすび、サンドイッチなどが入荷。(飲み物はない)
    ラッシュの合間にがんばって並べる。
8:00  便の陳列の途中だが、きりのいいとこで帰る。おつかれさまでーす。
    青箱がやはり、残ってしまったけど、よろしくね~。
    あと、マネージャーや朝の人が忙しかろうと、引継ぎや
    不明な仕事は、この時間に絡んでおかないと覚える時間はない。
   
 
この仕事を、ポツポツながらもやってくる客のレジに対処しながら処理するのだ。
深夜の客は手がかかる人間が多すぎる。酔ってる人とか、道をたずねられたりとか。4時間迷子の人とかもいた。余裕があれば時間かけて携帯あたりで調べて説明できるんだけど。
 
あと、深夜に来店するカップルのイチャイチャ度は、DVDに収録して販売すると暴動が起きるレベルである。日本は平和だ。

この目安の時間は、その客のレジとかに対処する時間も含んでおります。
なければもっと早いんだけどね。
青い箱がない日もあるし、その日は超楽ちん。
ま、それでも値札やホットドリンク補充とか割引のシール貼ったりとかやったりして、休憩とることないけど。
これ以外にも、チョクチョク商品を整理しなきゃとかいろいろあるのよ。

客がまったくこないときは、もっとはかどるし。
でも・・・逆に、深夜に来て「ポテト揚げてください」
・・・揚げ葬で頼む。って、たいした手間ではないんだけど。
まあ、客のリクエストが優先なんで。
そのときは、レジ周りとかの作業をやりつつ揚げて、青箱とかを残すのさ。
 
で、次の日に出勤して、青箱がそのまんま店の中に残っていたりする・・・。
 
 
コンビニは覚える事が本当にたくさんあり、これ以外にも細かい事がいっぱいある。
ある意味、昼の人間は簡単だよ。わかんなきゃ店長やマネージャーとかに投げればいいだけだし。
働いて思ったのが、引継ぎみたいなのが「ありえない」ほどテキトウなこと。
コンビニの有線、店の中の看板で「何それ?」っていつも気づく。
 
若い女の人とかもいる仕事なわけで、男だらけの工場からの俺は、そういうノリについていけるのか?「ギャル語を話す奴いたらどうしよう?」と思っていたら・・・
一人で任される深夜の俺が、あまりの引継ぎの無さに「チョー!!ありえないんだけど」の雄叫びを連発しておりました。
 
 
 
あと、自分以外の深夜は、掃除とかの衛生面であまり時間をかけない印象かな?
自分は、そこらへんは手抜きはしたくない。コンビニ=衛生が悪いってイメージあるし。
まあ、一番わかりやすい、トイレ掃除まで手が回らないのが実情なんだけど。
ある意味、なんでもかんでも「知らんぷり」すれば、いくらでも時間が短縮できるんだけどね。
 
馬鹿な店に、馬鹿ヅラさげて立っていたら、本当に馬鹿そのものだしね。
そうならないようにはしたいと思ってる。
 
 
 
チルド1、雑誌、ドライ、パン(デザート)、チルド2
計5便。(2便は途中までだけど・新聞は除外)
 
昼の便もあるけど、コンビニの商品半分は、深夜の人間が無理やり、放り込んでると知ってくれると、コンビニ深夜の人間が喜びます。
 
で、休憩時間の分、給料引かれてるんですけど、どうしましょう?
とったことないんですけど。
 
 
 
ぶっちゃけ、工場よりキツイ。肉体的には楽だけど休む暇がない。
疲れが芯に残るって感じ。
瞬発的なのの繰り返しとマッチョになってしまう工場の辛さとは違う辛さがあって、それがキツイ。
工場では、たぶん、部署の中では一番足は動いたと思うけど、そのぶん手は早いほうではないが・・・。
12時間動けて、体は壊れる事はないと思ってたが、腰痛くなるし。
 
逆に、50キロのパレットをぶん投げて転がす工場の労働のほうが、汗かけるし慣れれば健康に良さそうだし。
 
思い返せば、人間、一人分以上の仕事はなかったよ。工場は。
だって、それやったら間違いなく人死ぬし。
できる人間ならこなせる。できなくても、しょうがないというわかりやすさもあったし、そういうのも含めて、休憩をとらせることは絶対だった。
それでも、休まない時もあったけど。俺は。
責任を取る人間が明確だったし、わずらわしい部署より上もある縦割りの監視の目は、ある意味そういう機能があったと、今になって気づく。
 
これは職種の問題だけではなく、人の問題も大きい。
所詮、コンビニなんてバイトの集まりだから、誰も責任意識は無く、「接客をする」という行為、優先順位が入ってしまう事で、言い訳になり、誰もがごまかして、簡単に他の時間の人へ他の時間の人へと仕事を押し付けてしまう。
だから、「知らんぷり」が最強なわけ。
どの仕事でもそうなんだけど「がんばればがんばるだけ仕事を押し付けられる」という構図。
それがコンビニという業種では際立っている。
 
あと、実際の店舗と本部の考えが隔離されすぎてる(本部は深夜2人体制にしろ派)。
見れば、わかるけど仕事はある。これに棚の一斉掃除でも追加すれば2人でもいそがしすぎるくらい。
そもそもコンビニの本部のチェックなんてザルだしね。実情を知るわけないし。駅前の忙しい店と普通の店でも事情は全然違うし。
だから隔離するさ。そういうののツケが生まれてくる。だから、コンビニは魔法の言葉「客が来ないんだから・・・」で、深夜担当に負担がかかる。
ただ経営上、金銭的に2人は無理だしね。ならロイヤリティ下げろと。
本部なんて、新しいサービス、新しいFF品種を増やすことで、誰に負荷が行くか、見えてない。以前に考えていない。
それは、店舗の管理として・・・って丸投げ。
 
 
 
さて、これは職業上の守秘義務にあたるかどうかというとこだが、「コンビニ、深夜、ブラック」あたりで検索してくれれば、簡単にここらへんの情報は出てくる。面白いよ。
 
知らんぷりから生まれる「言えないこと」とかは、さすがに書いてないし。
 
問題があるとすれば、「俺が休憩を取っていないのではないか」の法律的な問題が一番にあがるんですが・・・・
 
 
うーん、あくまでも本職じゃないんで、これからはもっと「ずーずーしく」休憩を取りながらやりまーす。
「これから」ね。
 
 
 
 

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