吉田茂の呪いと西園寺公望【20090328】
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吉田茂の呪い
西園寺系の住友別邸に続き、吉田茂邸も火災が起きた。
この放火、じゃなかった、この火事がなぜ起きたか説明するまでも無い。
ま、目には目をか。勝手に殴り合っていてください~。
この現在の状況を一言で説明するなら、「吉田茂の呪い」である。
さて、では今日はこのことについて説明する。
吉田茂、彼はカトリックである。そして、その孫である麻生現首相もカトリックである。
この理由は何か?簡単に説明する。
以外かもしれないが、麻生がカトリックである理由は、西園寺公望のグラントリアンの流れからきている。
まず、説明しよう。吉田茂の孫である麻生太郎は母親である吉田の娘、麻生和子の影響でカトリックとなった。
ここに吉田茂と元宮内大臣、牧野伸顕の関係がある。
吉田茂は牧野伸顕の娘婿なのである。雪子。
この牧野伸顕とは、宮内のクウェーカー教、カトリックのキリスト教人脈において最重要人物である。。
さらにいうなら西園寺内閣の文相を務め、パリ講話会議の委員でもある。
この同じ年、1919年のパリ平和会議で首席全権を務めたのが、西園寺公望なのである。
なんてことはない。
西園寺の弟子みたいなものである。この大久保利通の息子、牧野伸顕は226事件で襲われたが、難を逃れている。
この牧野の進言により「隠れカトリック」として、吉田茂は「洗礼はうけていない」のです。
ちなみに麻生太郎の妹である信子は三笠宮寛仁親王の嫁です。
彼は古代史の研究をしてるそうだ。
おっと、言わなくてもわかるだろう。新羅崇拝者の日油同祖やらシュメルやらと同じ古代史だろう。
これは宮内のクウェーカー教などのキリスト教人脈に対抗する新羅アシュケ路線という図式だ。
一昔前の節子(さだこ)皇后と対立する山縣の構図が、そのまま現首相の妹にも当てはまるのである。
ここらへんは、現在が大昔の戦国時代の血縁人質システムと何も変わらないことも意味している。
鬼塚英昭の著『日本のいちばん醜い日』では、宮城事件という陸軍抗戦派将校によるクーデターが、昭和天皇の弟、当時陸軍中佐の三笠宮崇仁と天皇の共同作業と記述してるらしい(読んだけど忘れた)ことも補足しておこう。鬼塚氏の立ち位置はもう少し明確にする必要があるが。
さらに説明するなら、現天皇教の骨格でもある、大本派生宗教の天津教にも、西園寺の顧問弁護士である鵜沢聡明が名を連ねている。
ここらを細かく言うと長くなるので結論だけを言おう。
つまり、実質的に日本を支配していたのは、天皇でも薩摩長州閥でもなく、西園寺公望その人であり、吉田茂もその下っ端に過ぎない。
彼の死後、親戚でもある近衛文麿という無能の後継者をアホ右翼どもが脅し、吉田茂は反共にシフトしていくわけである。
しかし、吉田茂は財閥保護(これは西園寺の住友も含まれる)でもわかるとおり、強烈な反共という路線、平和憲法の「逆コース」を進みながらも、日銀、大蔵省などのロスチャイルドの勢力を保護してきたわけです。
これが、彼のやった「線引き」の中での反共という戦後そのものです。
この「反共になってもいいがここまでは駄目」というのを決めた窓口は、対日講話交渉を担当する国務省顧問に就任した、ジョン・フォスター・ダレス(1919年のパリ講和会議にも参加している)である。
その兄アレン・ダレスは初代CIA長官。
吉田茂、彼の言葉を思い出そう。
「日本はアメリカの妾だ。」
彼は本妻(牧野伸顕の娘)の流れ=カトリックではなく、反共という妾を選んだわけです。
そして数々の反共プロテスタントが誕生した。
それが韓国CIAの統一教会であり、生長の家などなわけです。
これが反共組織を作った男がアメリカに股を開かされた経緯である。
宗教は「救い」ではなく、「呪い」である。
現在の紙キレを崇める「拝金教」も一つの宗教で、「誰かを呪う」のである。
とりあえず、ここでは吉田茂とカトリックの話をする。
吉田茂の葬式は、国葬と、東京カテドラル聖マリア大聖堂というカトリック教会で2度上げられた。
どうせ前者は右翼が、後者はカトリックとクウェーカー教徒が中心になって仕切るという、宮中と同じ図式で2つの仮面と2つの位格で葬られたわけだ。
この2つを人物に置き換えるのなら、右翼の番頭、頭山満と宮中キリスト人脈を作った牧野伸顕ってことだな。
吉田茂は「ヨゼフ」という洗礼名を持ち、本妻の雪子とともにカトリック校の聖泉女子学園の設立に尽力したりもしている。
おれは、吉田茂にも西園寺公望にも尊敬に近い感情を持っている部分がある。
戦後の混乱期に「良識派が財閥解体を推進した」というが、こんなもん郵政民営化とおなじで、日本が解体されていくだけの方向になっただろう。
戦後復興の枠としての「財閥」はファイヤーウォールとして機能した面があるから。
これが後の系列主義、株の持ち合い主義の日本式経営に繋がっていくわけ。
この財閥保護を吉田茂がしたわけだ。
これは日本のロスチャイルド陣営の保護に他ならない。
だから岸信介と一万田日銀総裁などの関係のように進んでいくわけ。
そして、高橋是清や渋沢栄一などの日銀=ロスチャイルドの流れは現在まである程度継承されてきた。
このとおり、欧州ロスチャイルドに配慮した吉田茂と、ロックフェラーに配慮して反共化させた吉田茂は混在している。
これはカトリックである吉田茂と、反共プロテスタントを育てた吉田茂でもある。
ここでも2つの立場、妻と妾と協調した彼の姿勢が混在している。
こういう部分でもわかるとおり、いい意味で二股をかけていたのが吉田茂であり、彼が保護した結果の日本復興という「結果主義」の部分に自分は複雑な感情を持っているのも事実です。
かといって、今現在の状況なら自分は「財閥解体」を支持するだろうけどね。
今は、戦争へ進んでいく段階であるから。
今現在、財閥、というか経団連みたいな組織も含むが、徒党を組んで日本という枠を壊すスパイウェアのように機能していて、人を商売道具にして使い捨てているから。ただ、吉田茂の残した「結果」は、評価しなきゃならないわけです。
ただ、その孫の麻生もカトリックと公言しつつも、生長の家や統一教会系の自民工作員が世論操作で「本購入運動」なんかをやっちゃっているわけです。
これに「結果」なんかはついてくるわけがないけどな。
あと西園寺公望にも似たような評価を俺は持っている。
戦争の仕掛け人側に属していたのに、その戦争で一番儲かる財閥の筆頭だったのに彼は、一定以上の戦争に対しての抵抗を見せていた部分が理解できるから。
まあ、天皇以上の権力を持っていたくせに、静岡県の興津の田舎町ホッタテ小屋に住み、右翼を時には操り、時にはねじふせつつ、だから殺されないように地元の住人で固めて、海を見ながら暮らしていた男。
事実、何度も興津という町を軍部と右翼が押し寄せるという事態にあっている。
陰謀論者なら少し憧れる部分があるよね。
間違いなく、中途半端な生き方ではないし、信念の逆側の天秤に賭けてる物が見えるから。
で、結局は後継者みたいな人物は作らなかった。
後継者を系列的に言うと近衛文麿なんだけど、西園寺は後釜として近衛を推挙することを、あえて拒否し、「最後の元老」として「苦言」だけを残していった。
だから、「苦言」だけをもらった近衛は、右翼に振り回されるだけの男となったし、血の繋がっている彼の孫は失墜&迷走をする。
多大な権力を持ったけど、それ以上の物を墓まで抱えて死んでいった男。
孫には、「伝記や銅像や彫刻などの偶像を作るな」「資料は全て燃やせ」とだけ言い残して死ぬわけだ。
馬鹿孫は、回顧録を出し、日本共産党に参加、除名→中国共産党参加という経緯を経るという馬鹿そのものなんだが・・・・。
西園寺公望が死んだ年、皮肉にも近衛内閣で大政翼賛会が発足し、翌年に真珠湾攻撃へと進むことになる。
住友もあたりまえのように戦争賛成派に転進してしまうわけである。
日本の歴史上、理想左翼理論を語れる人物は、この西園寺公望以外にはいないのかもしれない。しかし、彼も孤独だったと。
理想論は支配者の理論である。奴隷が平等といっても価値があるわけがないわけで。
彼が暴力狂だったら、独裁者になれたであろう。
彼は、いざとなれば右翼勢力を潰すだけの力があったのもわかっている。
頭山満が長州閥の山県を突き落としに暗躍したこと、裕仁の欧州外遊に頭山が反対しても実行されたこと、などからも本当の主人は誰かわかる。
つまり、主導権は西園寺公望や牧野伸顕側にあったってことがね。
「宮中に近いほうが主導権を握る」と誰かが言っていたが、まったくそのとおりだな。間違いなく、当時のTOPは西園寺である。
彼は、入れ替えられた天皇という偶像と、それを崇拝し、自分に害を成すかもしれない「純粋な愚か者達」をどういう目で見ていたのだろう。
いざとなったら、より過激な凶器で彼らを押さえ込むことが出来ただろう。
それをやらなかったから、老衰で死ぬまで生きていられたんだけど。
この部分の西園寺の姿勢からも反戦という部分は、ある程度信憑性が置けるともいえる。
ただ、戦争を仕掛けたのは、彼の所属していたグラントリアン、ロスチャイルド側だけどな。
つまり、日本で一番金と権力を持っていた奴が、「力と金以外の選択肢」を見つけれなかったということだ。
その後の、ロスチャイルドの戦争における日本の悲劇を知らずに死んでいくわけである。
おっと、ここで整理するか。
日本の系図。現在の麻生でいうとこんな感じ。
554 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/12(水) 10:43:45 ID:EZQG/rCf
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BA%BB%E7%94%9F%E5%A4%AA%E9%83%8E
麻生 太郎(あそう たろう、1940年9月20日 – )は、日本の政治家、実業家。
衆議院議員(9期)。為公会(麻生派)会長。
家系
大久保利通ー牧野伸顕ー雪子(×吉田茂と結婚)ー和子ー麻生太賀吉ー麻生太郎
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BA%BB%E7%94%9F%E5%A4%AA%E8%B3%80%E5%90%89
麻生太賀吉
麻生炭鉱
麻生太賀吉の経営した麻生炭鉱(のちの麻生商店・麻生産業、現麻生グループ)は
戦前、納屋制度などがあり労働環境が劣悪だとして問題になることがあった。
筑豊地方において同社は三菱系についで朝鮮人炭鉱労働者、
被差別部落民が多かった。
本当の支配者で言うとこうなる。
「西園寺公望→いない。」
これじゃ寂しいので付け加えるとこうなる。
西園寺公望→近衛文麿(後継者になれなかった馬鹿)右翼に振り回される
→牧野伸顕(使用人その1) →安岡正篤(牧野の御用学者)
→吉田茂 (使用人その2) 財閥保護&右翼管理
で、吉田茂はあくまでも下っ端なわけで、後継者的な要素から判断すると、
安岡正篤(大本教コラボの紅卍会)→ 細木和子 である。
「今は、細木和子が日本を牛耳っているのである。」
「 ナンダッテー!! 」MMR!
この半分は冗談で、半分は本当の話を理解できるだろうか。
無効な婚姻関係はともかく、岸信介なり、笹川良一、児玉なりは、ここに書くまでもない下っ端ってことだよ。安岡正篤と違う所がわかるかな?
じゃ、そんなところで思い出して欲しい。
宗教は「呪い」であると。
この西園寺亡き後、ある意味では支配者のない混乱期をうまく渡った吉田茂。
その孫のカトリックである麻生が立っている現在の立場を。
もうすぐ、「吉田茂の呪い」が復活するのである。
この恐怖がわかるだろうか。
小沢民主が政権をとる。これは細川内閣の再来であり、旧社会党の流れの復活である。
よって、今はバタバタと慌てているのである。自民の中の人も、民主の中の人も。
183 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/15(日) 19:06:31 ID:q8gNGusb
細川護煕が日本新党を立ち上げたころだ。首相になる前年ころか。テレビで規制緩和の
効用の意味を訊かれ、市営バスの停留所を新規につくれないとか何とか具体例を言って
たよ。あまりの下らなさに唖然としたよ。小泉の郵政民営化に至っては理由がわからん。
細川の実弟は近衛家の養子に入っている。母系が近衛なんだ。護煕の風貌は文麿に似
ている。近衛の側近は例のゾルゲ事件の尾崎秀実だ。実父の護貞は、近衛内閣の秘書官。
朝日新聞記者だった。友愛の由紀夫が武村を排除し、民主党を立ち上げた時、協力すると
表明している。近衛は南京政府相手にせず支那事変を泥沼化させた首相。
上記の文言からキーワードを抽出。近衛文麿。支那事変泥沼化。ゾルゲ。朝日新聞。友愛。
規制緩和。民主党。
細川護煕、こいつが郵政民営化のとき、小泉と密会してたと報道されたことを覚えている人はいるかな?おっとJロックの話はまた別のとこでしよう。
細川政権、それを裏で仕切ってたのが自民党時代の小沢一郎、その人である。
厳密に言うと小選挙区制度を維持しようとした自民党の刺客であるが。
牧野→雪子(×吉田茂と結婚)→和子×麻生太賀吉→麻生太郎
この経緯で麻生はカトリックなのである。
母親がカトリックだったために呪いは継承されたのだ。
ここまで説明すれば、将来的にどちらが勝つのかはわかるだろう。
麻生は勝てない「呪い」の前に打ちのめされているのである。
自身がカトリックを引き継いだ以上、勝てるわけがないのだ。
代々続く呪いが形を変えて、・・・・・・、「西園寺の亡霊」「近衛文麿の逆襲」、いや、なんて言えばいいだろう。
とりあえず、人を恨まば穴三つで、麻生の目の前に「得体の知れない深さを持つ穴」が具体的に出てきたのである。
キリスト教カトリックという、自身に架けられた「呪い」とともに。
それは彼の祖父、吉田茂が日本のロスチャイルド系を保護したことが原因であることは間違いない。
これは吉田茂が、ごまかしながら封じ込めた共産主義思想と共に蘇るのだ。
カトリックでなければこの穴は、麻生の前には現れなかったかもしれない。
いや、就任時の表明の時に、吉田茂でなく牧野伸顕について言及すれば、もう少し出現を遅らせることができたかもしれない。
この「怨霊」は、元を治さないかぎり、永遠に続くのである。
これ以上ガタガタした場合、皇室にも被害者がでるかもしれないね。
皇室から逃げたかった、麻生の親戚にあたる髭男爵(芸人ではない)、ご愁傷様。
俺から言えることは、「文化遺産を燃やすのはやめようね。」ぐらいかな。
たぶん、任期いっぱいまで持ちそうにも無いし、大局は変わらないだろうから。これからもズンズン麻生は追い込まれていくだろう。
まあ、今後をよく見極めましょう。ということで。
静岡県の興津にある西園寺公望のほったて小屋は、一見の価値がある。
当時としても小さいぐらいの「単なる家」である。
ここが「歴史上で唯一の日本の支配者に近づいた男」の住んでた所と考えると、ある意味感慨深い。質素だ。
金閣寺を持ってた奴の末裔が住む小屋とは信じられない、ほんとに単なるホッタテ小屋であり、昔は目の前にあった海岸だけが特別なものだったそうだ。
その綺麗な海は、田中角栄の日本列島改造でトンネルを作った時の土砂で埋め立てられ、今は見る影もない。
Jロックフェラーが推薦文を書いた「日本改造計画」の著者にも「西園寺の亡霊」が出て来そうな話だね。
「呪い」は、「宗教や紙キレ」に形を変えるだけでなく、いろんな形で襲ってくる。
文字通り、孫の代まで。
人間が今のままでいる限り、ずんずん大きくなって突き進んでいくだろう。
ただ、呪いを大きくしている本当の根本は「欲」なのだと、俺は思うわけです。
宗教もお金もない世界はありえないと思うし、そんなとこに住みたいとも思わない。よって、俺も欲は捨てられない。
ただ、六本木ヒルズと西園寺の家の違いが、昔と今の「欲」の違いになるのだろう。
これから襲ってくる津波、100年に1度の経済危機という「資本主義崩壊の清算」という「未だかつてない呪い」のことを考えると、とても恐ろしくなるのだった。
ま、でも、あくまでも貴族だった西園寺、事務所費に馬鹿みたいな金払う小沢や、ボンボン麻生には、できない生き方を俺はしたいと思う。
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