虚空と君のあいだに

天使と悪魔の波紋の中心【20090516】

16th 5 月 2009

天使と悪魔の波紋の中心【20090516】

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池に石を投げたことはあるかい?

石はすぐ波紋を広げ池の中に消えていく。
世の中の仕組みはこれと同じなんだよと。大昔から何も変わらない。

ルネサンスのダヴィンチとメディチ家も、2ちゃんのアイドル応援団も、政治とヤクザの関係も・・・・。

わかりやすく作家で例をあげようか。

以前、司馬遼太郎と金閣寺の話はしたが、その事件について書いた別の作家、スピリチュアル&天皇教でしかない三島由紀夫なども名をあげておく。
GSとG2の争いの下山事件について書いた松本清長。
あと、コメで頂いたことも関連するのだが、松本清聴は拝火教についても扱った作品を出しているそうな。
ヘイ、ゾロアスター教かよ。2神論かよ。日本との繋がりは全然調べてないぜ!!!
茶臼さん、そこらへん頼む。  他人に投げるのはやめましょう。
 
 
波紋の中心がわかれば、それだけで見えてくるものがある。

司馬遼太郎は日ユ同祖論者だし、三島由紀夫も「天皇を崇めていなければ日本は解体される」と言ってるし&スピリチュアルで説明の必要もないだろう。
松本清聴はよく知らんので、ここでは置いとく。
 
わかってくれば、波紋の始まりのほとんどが、「石を池に投げ込む」という暴力的なことで発生した結果である事のに気づく。
政治も芸術もアイドルという虚像も全部、同じ構図である。
 
 
 
さて、では今日のテーマは「天使と悪魔」のダン・ブラウンについてです。

表メディアで。「イルミナティ」と連呼する事態になってきたわけで。
一見、不可思議に見える部分を簡単に説明しておこう。

さて、ダン・ブラウンの思想の下地は「グノーシス主義」である。
これは、以前も少し書いたが、アーモスト大学で、メーソン系である。ここらに少し補足しておくことが見つかったので軽く。
 
まず、ダン・ブラウンの出身校、アーマスト大学は日本の同志社大学の姉妹校である。
このアマースト大学は同志社大学を興した新島襄が学んだ学校。
経済学者のジョセフ・E・スティグリッツもここ出身。彼のポジションも似たようなもんだ。
 
ダン・ブラウン=ダヴィンチコードというイメージがあり、アンチキリスト教みたく考えてしまいそうな人も多くいると思うが、実は「神学」に、やたらこだわった大学出身というところを覚えておこう。
 
けして彼はキリスト教アンチではない。

異端キリスト教の信望者である。それが「グノーシス主義」という思想で、作品にもいたるところに出ている。今回の天使と悪魔はより酷い。ここは後で説明する。
 
ちなみに日本には全く興味なさそうな、このダン・ブラウンの処女作品には、ちゃんと同志社大学が登場するらしい。
宗教的・歴史的な作品ではなく、暗号に関するIT系の作品で10年前のらしいが。
 
 
おっと、そんな昔の話ではなく、今起きている波紋の中心を説明しなければ成るまい。
彼の名を世界に知らしめたダヴィンチ・コードは、他人の焼き増しである。


投稿者 HAARP

http://www.asyura.com/0601/cult3/msg/158.html

★ダン・ブラウンの著作には明かな下敷きがあり、これは80年代に出版された「原著」の著者からも裁判を起こされていました。しかし、この「レンヌ=ル=シャトーの謎イエスの血脈と聖杯伝説」の一人である Michael Baigentは、メイソン団体の広報誌の編集者でもあるといった具合です。
総じて、日本国内での宣伝体制も含めてメイソン的なプロパガンダが感じられ、キリストの「神聖」を否定する勢力の利にかなっているように見えます。私は、このような勢力と「欧州と国連が主導のワンワールド」とは同じものに見えます。
あの映画は「キリスト冒涜小説・映画」の、シオニスト・ユダヤによる、まさしく「ヘイト」活動なのです。

 
シオニスト=ユダヤは間違ってるけど、そういうこと。
 
なんてことはない、まさしく池に石を投げ込むごとく、ドボンと他人の本を下地にして投げ込んだだけという、すごく乱暴な話である。

その波紋を広げるため、スピーカーの役割をしたのが、アーマスト大学をはじめとするフリーメーソンの一派閥であり、これはZeitgeistの「お目めマーク」と何も変わらないわけです。
 
天使と悪魔の映画化、ダン・ブラウンでここにたどりついた人もいるので、Zeitgeistを一応貼っておこう。
 
zeitgeist 日本語版 
http://video.google.com/videoplay?docid=-7913776862105239439
 
  
そういうことです。
波紋の起きたとこは、この場所であり、投げた石さえ、他人のを奪ってきたという大雑把な話です。
 
さらに説明するなら、911自作自演を追及するニューエイジとキリスト教原理主義の対立(ニューエイジ=ロス茶とは考えないでね。後で説明する)、エジプトのコプト教徒が豚インフルエンザで路頭に迷ってしまったことまで、現在進行形で同じことがいろいろ起こってるわけです。
これと同じ波紋はいたるところで見つかるわけですよ。
 
 
ま、陰謀論の初心者の方は、天使と悪魔やダヴィンチ・コードは、グノーシス主義であり、それは自分自身=神様というとんでもで、メーソンが流行にしようとしてるぐらいに考えといてください。おおまかで言うと、それでいいと思いますんで。
 
 
さらに追いかけるなら、キリストの単性論と両性論の対立、それは451年のカルケドン公会議に繋がり、宗教改革とプロテスタント、その後の18世紀や19世紀の「大覚醒」へと繋がり、メソジスト派の誕生という過程の説明が必要になるんですけど。
そこらへんの対立の歴史についての説明がね。
 
ちょこっと軽く説明すると、「キリスト教の神様はキリストではない」わけで、結果から言うと、グノーシスという異端から派生したスピリチュアルも俺の分類で言えば「キリスト教と同じもの」なわけです。
 
キリスト教のコプト教会は単性説をとって異端と、カルケドン公会議で区分けされますので、カトリックとプロテスタントで区分けすると、どっちかというとプロテスタントの流れに近いわけです。
自分はロス茶=カトリックといってたのでわかるとおり、宗教的にはスピリチュアルもコプト教もニューエイジも、逆側のプロテスタント側です。
カトリックから外されたという意味では。

しかし、カルケドン公会議もわかるとおり、これはローマカトリクと正教会の東西対立です。
これをさらに追いかけると、自分も、まだうまく説明できないのですが、フェニキアとバビロニアあたりの話になり、簡単に言えばエジプト派とメソポタミア派の対立で、コプト教はカトリックと同じエジプト派側ということです。
 
これは、ロス茶とロックの「セム系含む白人っぽい物の崇拝」と「白人の崇拝」の対立と同じ物です。

今までの歴史も宗教対立というより、ここらへんの対立だし、それが近年になって際立ってきているのは、「人口爆発」という地球最大の問題が直面していて、「誰が生き残るべきか」が問題になってきている段階=人類削減計画があるという輪郭を映し出すわけです。
そこらへんがわかると、信憑性がでてきちゃうわけです。悲しいことに。
 
 
ここらへんが、イルミナティの人類削減計画についてなわけです。
 
 
ま、ドーナツの手法で、天使と悪魔も、その「大事な所」が、ごっそり、抜け取られいますけどね。いつもの話です。
 
スピリチュアルの馬鹿だろうと、どんなキリスト教徒だろうと、「宗教を規制」とかは「一つの宗教」を残すだけの話で、それはイルミナティ教です。

自分の個人的な感想としては、カトリックの三位一体という嘘も、捏造しすぎてグチャグチャになりすぎた聖書も古臭すぎるので、それらから離脱したスピリチュアルは、余分な分がない分、イルミナティ教の本質に近いです。
一神教みたく他宗教を排除する思想がない分マシとも言えますが。
 
でも「支配者にとって都合のいい価値観の形成」なわけで、どれも似たもんです。
いつものことです。
 
 
ただ、ドル崩壊の真っ只中で、もうすぐ戦争があるし、アメロだのフェニックスだのという話で盛り上がってると思いますが、中身は簡単です。

この対立と一緒のものですから。
アメロも裏で動いているのは白人至上主義者であったり、フェニキアの流れを組むセム系の末裔の通貨=フェニックス通貨だったりするわけです。
 

225 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2009/04/21(火) 08:21:43
>>223

http://turneradionetwork.blogspot.com/

これが元ネタでしょう。
アメロを暴露したターナーおじさんち。

238 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2009/04/21(火) 16:54:42

http://jp.reuters.com/article/domesticFunds/idJPnJT844254520090420

>ターナー・ラジオ・ネットワークは一部では白人至上主義グループとみなされている。

あらら、ロイターからこんな事言われてるしw
トムソン・ロイター系の金融情報利権もあるから癇癪起こるって感じか。

 
 
どっち側にしろ、こいつらが作った支配者のツール=宗教に縛られている以上、勝てませんぞ、って話です。
 
さて、日本にはいい歴史があって、ある意味、イルミナティ教が謳歌した「大本教」という宗教の宝石箱~♪があります。
 
結局は、弾圧されたわけですが、その背後には戦争という世界で一番単純な力があったわけで、一番過激な者が生き残ると言う、自然界の原則にも通じそうな話があるわけです。中途半端をやると真っ先に喰われるんですけどね。過激な者は。
 
 
イルミナティとバチカンの対立あたりなんて、自分はろくに調べてもいませんが、どっちも似たようなもんだし、「万教一致」なんて馬鹿なことをやっちゃいけないと思ってるわけです。
そもそも、どっちの宗教にも骨格になる部分に「生き残る人種に日本人は入ってない」わけですから。
 
 
「すべての宗教の規制」も「一つの宗教へと強制」も、最終的な到達地点は同じです。
金儲け坊主に「私は仏教徒ですから、墓なんて必要ありません」と言って、「殺しそうな目でにらまれる」俺ですが、ブログでは仏教系のネタが一番少なく、進化セム系のイスラムもよくわからん俺ですが、この程度の事はわかるんですよ。
 
選民思想の対立と宗教の一元化が進む中、ここらへんを考えて欲しいと思うわけです。
ただ、宗教を規制すればいいなんて簡単な話ではないわけで。
 
 
ちなみに宗教も多様化させて調和させればいいと思いますよ。

他宗教の排除思想は規制すべきと思いますが、宗教の規制は基本的にはしないこと、
真っ向から宗教を否定することも認めさせること。(例え親子でも強制はさせないとかも)
そういう要素で、分散化させて調和するしかなく、日本人が感覚的には一番優れてるとこでしょう?ちゃんとしましょうよ。ってことです。

自分は、墓も霊魂も死後の世界も生まれ変わりも信じない、起源的な本来の仏教徒ということにしてますが、実は「歯磨き教」で一日一回、歯を磨かなければならないという厳しい戒律があるんです。
 
宗教なんて「共通の話のネタ」以上でも以下でもない状態が一番健全なんです。
よって共通のネタの会話もない世界には、自分は住みたくありませんけどね。
 
 
どんな人間にも良いところもあり、悪い所もある。それがわからない馬鹿のみがグノーシス的思考に、はまるわけです。
そして神秘世界とかに逃げ出す奴には現実を教えてあげれば、いいのです。
夏場のスルメイカの口の周りのビッシリ付いた寄生虫を見せれば、パニッくりますから。
現実を受け止められない奴が、神秘世界に逃げるのは、脳の逃避行動です。
逃避行動の思考世界になんの意味もありません。
たとえ、こんな簡単な現実も整理できないならね。脳の防衛本能としては必要だけど。
 
 
悪魔じゃ~悪魔がいる~。
オホホホ。悪魔も天使も人間が作った物で飼いならすことができるのだよ。
 
そういう輩を世間一般では「下衆ゲス」と呼ぶのだが。ワーイ。
神秘とか、深すぎる思想とか以前に、現実のことから追いかけましょうってこと。

「おまえが言うか」と反応が聞こえてきそうなとこで、おしまい。
 
うーむ、金がない。拝金教の世界はきついぜ。
イルミナティ、イルミナティ騒ぐ世界に、今日も俺は一石を投げるのであった。
 
 
ちなみに、ダン・ブラウンやラビ・パトラのようなメソ臭を、なぜかわからず感じていた俺は、とりあえず市松ガラのメーソンマーク入りハンテンを作ったという過去があります。
これからも、有色人種系が多いですが、メソの暴露には注目しときましょう。
 
 

おまけ

47 :神も仏も名無しさん:2009/04/18(土) 21:46:57 ID:+zxhEUug
ツァイトガイストは新世界秩序のプロパガンダ
ttp://www.youtube.com/watch?v=HsUVuDS6aQE

誰か和訳を頼む・・・。

 
 




関連記事はこちら

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現在、この記事には7つコメントがあります “天使と悪魔の波紋の中心【20090516】”

  1. 1 On 6 月 8th, 2009, りお さんのコメント:

    マンダ教=曼荼羅、ミトラ神・モロク神=弥勒、モロク教=天神さんの牛とか考えると、仏教や神道は悪魔教の仲間で、放っておいてもいいのではないでしょうか。サイエントロジーは弥勒菩薩がすきです。

  2. 2 On 6 月 8th, 2009, りお さんのコメント:

    「ツァイトガイストは新世界秩序のプロパガンダ」の和訳頑張ってみます。

  3. 3 On 6 月 8th, 2009, りお さんのコメント:

    「宗教も多様化させて調和」は、メイソン主催の第2バチカン公会議に当てはまると思いますが、「万教一致」と同じじゃないですか?

  4. 4 On 6 月 12th, 2009, mkmogura さんのコメント:

    まあ、宗教については、法律でさえ宗教なわけで。
    法律は、あっち側の奴らが都合のいいように作ったもんだから「法律は守らなくていい」では、無秩序のある意味では新世界秩序になってしまうわけで。
     
    そういうわけで、対立させて調和をさせるみたいにすればいいと思うわけです。
     
    統一やら幸福の科学やらの、ロックフェラー系が「憲法改正」と騒いでますが、改正自体を議論する事は、単体で考えれば、いいことだと思いますよ。

    ってことですよ。
    「誰が改正するか」とかは、この場合も大問題ですけどね。

  5. 5 On 9 月 11th, 2009, hisabou さんのコメント:

    以前自分の宗教観を書き込ませてもらったんですが、「グノーシス主義」と類似している気がしましたので、ご意見いただけたらと思います。

     私が思うに、一人の人間が「神」の存在を認めること自体はそれほどおかしくない気がします。外圧による洗脳や、刷り込みの影響を考えても、それを認めるからこそここまで「神」と言う概念が広まったと思うからです。
     ちなみに、私は幼少の頃から顕著な宗教的影響を受けないで育ってきたと思っています。所謂日本人的宗教観の中で育ってきたわけで、特定の宗教に影響は受けていないつもりです。特に様々な一神教の影響は皆無です。

     そんな私ですが、神は否定しません。もちろん見たことはありませんが、「偶然」や「運」、あるいは「どうしようもない不幸」や「ありえない失敗」などをした時に、この「神」と言う概念は真に都合が良いのです。人間良いことをすると、逆に罪悪感が生まれるときもあるでしょう?「俺ばっか悪いなぁ」みたいな。そんな時、「神様、感謝します」とすると、その罪悪感を神に預ける形になるわけで、相対的に自分の気持ちが軽くなる訳です。
     そして、逆はもっと頻繁に現れるでしょう。どうしようもない時に「神様、お助けを!」と願ってしまうわけです。「死の恐怖」を乗り越えるときにも必要な概念と言えるかも知れません。心の弱い人間には必要なことでしょう。ハンセン氏病患者やその他の大変な病気にかかった人間が生きるための、ある種精神的支柱にはこの「神」の概念はとても重要となると思います。そうでなくても人間弱いのですから、安易に「神」を求める人は多いのでは無いでしょう(だから、宗教がここまで流行っているのでしょうが)

     さて、問題はその一人の人間が持っている「神」と言う概念は、自分以外の他の皆で共通できることなのか?と言う事です。私はここが最大のトリックなのではと思っています。
     結論から言いますと、私はそれはないと思っています。自分の神は、ほかの誰とも相容れないのではと考えています。たとえ、親や子であろうとも。
     要するに、一人に一つの神です(だから、超多神教と名付けれると思うのですが)。だから、本来は教団と言う概念が不必要だと考えている分けです(ここもなんとなく、考え方が似ている気がしますが・・・)
     昔の権力者?又、教団を作りたい人間、そして今の「教祖」はここを利用したのだと思っているのです(意識的、無意識的に)。
     自分の中の「神」と言う概念があやふやな人間(子供や女性はなんとなくそんな気がします。子供は「成長する白い画用紙」な訳ですし、女性は、うーん、私見ですが若い頃の環境でその後の自己形成が確立されて、変化できない特性があると思っています。生物学的に)を、自分の「神」と言う概念に染めてしまったが故に教団として形成できる要素があったのではと。
     そして、その裏では集団をコントロールする都合のいいツールを活用しようとする人間の意図が見え隠れするわけです。

     人間は集団の動物ですから、ある意味必然的ではありますが、神と言う概念は共通できるのに、その神が同じであるかを共通することがこれほど難しいのはそういうことが根底にあるからではと思っています。(まあ、殺しちゃえばそれまでなんですけどね。だから、戦争になるわけですが)。人に意見が理解できない根底にある問題でしょう。神が一つなら本来それはおかしい訳ですし。

     ここで、グノーシス主義は「自分=神」ということですが、これは私の考え方からしますとすごく分かりやすくて、自分と自分の神しかいなかったら、その垣根は限りなく低いだろうと言う事は予想できることです。だから、自分は神だとなりやすいのでしょう。これは、日本が分かりやすいです。
     天皇とか、織田信長とか、出雲大社の大国主大神とか、神として祭られている人々(菅原道真とか)、そして、死んだら皆仏なんて言う価値観。
     日本では、人間があらゆる形で、最終的に神になっちゃってます。これは、日本が大陸の外れである為に、宗教の原始的な部分が残っていたから、そうなり易い土壌があったからでは、と思っています。
     日本に古来からあるその考えがグノーシス主義からきているかは私には分かりませんが、そんな古くから浸透するものかどうか、今のところ疑問です。
     この考えは、元々人間にある本来の「神」の概念が顕著化されて、少し人間がはみ出ているのではと思います(対外は、人間が神からはみ出ますがね)。

     なので、私は「神」は良いとしても、「教団」が出来るのは理解出来ないと言う立場です。
     が、それではやはり人間と言うのは纏まらないですし(超個人主義の根拠になりえますから)、皆で何か集まって行動したがる分けですから、誰も受け入れはしないわけでしょう。だから、その世界にはもっと大きな縛りが必要だとは思います。秩序の根拠や大義名分がなければ集団は纏まらないですからね。
     私はそれが「神」でない絶対的価値観(あるいは、それに限りなく近いもの)を元にした思想になるのではないかと思っています。 
     ちなみに、私は自分=神とは思っていませんよ(笑)
     ただの人間ですから。まあ、宗教も自己形成のツールにはなると思いますが、やはり根本が理解出来ているのといないのとでは、導かれる答えが異なるのではと思っています。神を否定する人間も、結局はただの人なわけですから、私の考えとさほど変わらないと思います。
     問題は、その神から切り離された人間たちが何を基準にして、何を秩序として生きるかが問題と言う事でしょう。大義名分として。
     まあ、簡単に言えば「力」な訳で、弱肉強食の動物的感覚なのでしょうが、私はもう少し踏み込む事が可能なのではと淡い期待を抱いております。

     さて、私の考えはグノーシス主義的なのでしょうか?御忙しい所長々すみませんが、よかったら、ご意見ください。

  6. 6 On 9 月 13th, 2009, mkmogura さんのコメント:

    人の考えは行動で決定されます。
     
    経済の手法が理念ではなく手法で結果が出るように、人間も思想という大儀ではなく、行動で判断されるべきです。
     
    そういうわけで、あなたが超多神教を実践する為に、何かしらのアクションをした場合のみ、他人があなたの中に「理解できない神=あなた自身」というグノーシス主義を見つけるでしょう。
     
    あなた自身の考えだけではグノーシスとは断定できないと思います。
    考え的には自分に近いですが、宗教などの「価値観の形成」には、半分あきらめに近い傍観者的な部分があります。行動することに「あきらめ」はないんですがね。
     
    行動しなければ思想自体には害がないと感じてしまってるから、あきらめ臭がしてるのかもしれません。
     
     
    宗教は最小公倍数みたいなもので、ずんずん大きな話にならざるを得ません。一人から一家族へ(葬式など)、結婚式(親族)、町ひとつへ、そして国へ、キリスト教、イスラム教・・・・。
    いつだって世の中は配慮の足りない人のほうが多いわけで(もちろん自分も)、その大衆の最小公倍数が、「絶対的な価値観としての正義」として、「良い物」となることは、世界がひっくり返ってもないと思っています。
     
    かといって、その愚かで巨大な最小公倍数という思想を最小の単位、一人分の数字で割り切るだけで、それでよしとするのも、合理主義という宗教に現代人が犯されてるからかもしれません。
     
    人と人との関係が数字でできないように。
    答えはいつもあやふやなんです。
     
    話を聞いた限りでは、あなたはグノーシス主義ではないと思いますが、もっとチャランポランのほうが良いと思いますよ。
    宗教と秩序は、一番遠くのもので、でも隣にあるものですから。
     
    悲しい事に一神教を否定する人間も、「宗教家」になってしまいますからね。

     
     

  7. 7 On 9 月 15th, 2009, hisabou さんのコメント:

    >もっとチャランポランのほうが良いと思いますよ

     文章は硬いですけど、実際会ったら私はずっとちゃらんぽらんな人間ですよ(笑)。格好つけているだけです、たぶん。それに、まだ親しくない関係ですし、私はマッコウさんからとても学んでいる立場ですから。

     男って突き詰めたくなる(突き上げたくなる?)じゃないですか。マッコウさんもそうだから陰謀論を奥の奥まで求めているのでしょう?だから、私も思想とかの根本を考えているんです、多分(笑)。

     私はどの教団にも所属していないですが、宗教自体は否定する必要は無いと思います。日本も信長、秀吉、江戸時代はしっかりと政教分離して、宗教団体はおとなしくなっていましたから(前半は男が戦っていた時代です)。
     神がいても良いですよ。ただ、集まって行動する事自体に弊害が出るということじゃないでしょうか?
     

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