卑弥呼さんはエッチな子【20090604】
卑弥呼さんは、エッチな子。
298 :名無しさん@3周年:2009/05/29(金) 16:42:47 ID:gdFav8EK
ほれ、スレ住人の好きそうなネタがあったぞ。
やはり…箸墓古墳は卑弥呼の墓? 歴博 炭素年代測定で分析
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090529-00000162-san-soci
箸墓古墳、240~260年築造 卑弥呼の死亡時期と一致 炭素年代で判明
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090529-00000538-san-soci
結局、邪馬台国畿内説が正しかったわけか。
その場で記事を書くため、ソースが薄口ですが、許してくだされ。
まず、簡単に。
箸墓古墳が卑弥呼の墓かどうか、とかで盛り上がっていたのだ。
この箸墓古墳というのは、、仁徳天皇陵古墳と同じように、宮内庁が調査を禁止していたりするわけ。
そもそも、この箸墓古墳を含めて、前方後円墳は高句麗が源流だとも言われている。
ここらへんを、隠すために朝鮮半島では、韓国政府が前方後円墳を消滅させて隠蔽してるとか何とか・・・。(新羅族の話ね。)
日本の前方後円墳は、5~6世紀頃に作られたのがメインであり、それが高句麗系の影響を受けていることは、歴史上でも既に認められている。
そもそも高麗(こうくり)=Koreaの語源でもあり、大昔の支配国で、海で区切られたとしてても、日本に一番影響を与えた国であることは間違いない。中国の出張所だが・・・。
そして、その高句麗からの白村江の戦いの移民が、皇室と結びつき、長野や新潟を中心にいることは、結構知られている話だ。
ここらへんは、左翼系陰謀論者、GLAの系譜の中丸薫の本にも少し書いてあって、自分も過去記事で少し書いてあったりする。
これを踏まえると、前方後円墳自体が、高句麗の文化であった可能性が高いということである。
この高句麗と前方後円墳の話は、少し前に書いた、騎馬民族あたりの話ともリンクしたお話らしい。
ま、北朝の古墳調査を、明治以降のすり替えられた南朝族、宮内庁が許すはずはないというだけの話。
この炭素年代調査も、古墳に隣接する住宅地から、提供されてもらったもんで調査したわけです。宮内庁の協力は一切なし。
ただ、卑弥呼の話は250年ごろであって、3世紀末から4世紀であり、日本の前方後円墳は5~7世紀が多いので、俺は時代的に少しずれてるんではないか?と思うわけだが。
そもそも、卑弥呼=日巫女 or 火巫女 であろうと俺は思っている。
そそ、単なる役職の名前だと思うのだ。
具体的に、こう説明する人も↓
299 :名無しさん@3周年:2009/05/29(金) 17:20:10 ID:8xcKjj7c
卑弥呼=日巫女
個人名じゃなくて女性シャーマンの役職名という説が有力
邪馬台国=大和国
大和の大は独立主権国家を表すから本来なら国はいらない
例えば秦の正式名称は大秦という
劉備と諸葛亮の蜀漢は当時は前漢・後漢と同じく大漢を自称していた
卑弥呼の時代は大魏・大呉・大漢・大晋
そもそも、卑弥呼は、日本の漢字の先生=当時の中国の当て字である。
ここで、ひとつ意識して欲しい言葉が「尊皇攘夷」である。
「王を敬い、夷(えびす)を討て」という言葉だ。
いまだに世界経済がクシャミをするとナショナリズムを高揚させて、国を治める馬鹿どもがいることぐらいはわかるだろう。
当時の、卑弥呼の時代もそうである。
「隣国とは仲が悪い」の基盤は、日本での反中や嫌韓の工作や中国、韓国の反日工作を例に出さなくても、昔も今も変わらないのである。
話が脱線したかのように思えるが、ずれていないぞ。
隣国を「素晴らしい国」と褒め称えたら、自国に不協和音が響いてしまうのだ。
隣にある国のほうが素晴らしいけど、年貢治めてくださいで、国が収まるはずはないのだ。
それと同じで、「卑弥呼」=「いやしいメス豚」という当て字だと考えればいい。
卑弥呼の「卑」=「いやしい」は、当時の中国が、「隣の芝生が青く見えないように」、侮辱した名前の当て字をわざとやったのである。
それが、当時の日本と中国の関係である。
これと同じことで、「モンゴル=蒙古」は、「馬鹿で古臭い」という意味の当て字である。
ま、そういうわけで、少し時代は、ずれこむが中国から日本が「金印」を送られたなんて話は、嘘っぱちである。
福岡で百姓が発見したとされる、後漢の光武帝が57年(卑弥呼の200年程前)に和国である日本に送られたとする金印の話のことである。
(漢委奴國王印文漢委奴国王印)
民を治めるライバル国であり、隣国を誉めるという行為が歴史の原則として存在しないのにもかかわらず、境界線がはっきりしてなかった、この時代に、白紙委任の契約書ともいえる「金印」を、中国という大国が、見たこともない島国で小国の当時の日本に送ったという話を信じたい人は、信じてもいいと思うが・・・・。
ハァハァ。一気に言うと疲れるぜ。
どう考えても~、ありえないわけで。
つまり、日本の歴史は、かなり「埋めちゃって見つけた=あの人」が、いっぱいいるわけである。
おっと、話がずれた。
って、この金印の話も、卑弥呼=九州説とリンクしてるのは、すぐわかるだろう。
そういうわけで、卑弥呼=巫女巫女ナースで、日本の起源なんてものはわからないし。現在の教科書に載っている表面の歴史も、この程度の話である。
そもそも卑弥呼=日本の皇女であったという日本書紀の話は既に否定されているし。
くだらないものを調査する前に、もっと簡単な歴史から、はっきりさせれば?
と、俺は思うわけだ。
あ、南朝族へのジャブだから、別にいいですか?ハイそうですか。
一般大衆には、卑弥呼というのが「イヤしい」という文字で書かれてることぐらいは、なぜなのかを知って欲しいと思うわけだ。
つまり、この当て字の話では、中国はSで、日本はMである。ぉぃ!!!!
どの国だって、システムの上のほう、つまり治める奴はSになるということ。
自尊心ホルホルで猿山のボスをやらなきゃならないということだ。。
中国が「日本は卑しい女が治めてた、愚かな国だ」みたいな話に対して、「中国が膝まづいて足をなめた」みたいな話が、この日本の作った金印の話=自国民にSだと言い張る=中国より偉かったんだぞ!みたいな話である。
こんな「父ちゃんは昔はワルだったんだぞ!!」程度で済ませておけばよかったのに、「父ちゃんは、ワルでモテモテで、隣の家の奥さんのパンツを送ってくれた」みたいな、空想の話になって「やりすぎ」で、信憑性のカケラもなくなってしまったわけである。
それを歴史として教わって、自分達は育ってきたわけです。
事実はどうであれ、70年代っぽい不良や、隣の奥さんの昭和っぽい派手パンツと同じような、「黄ばんだ歴史」で、価値のあるものだと考えて「あーだ、こーだ」と騒いでる奴を、俺は、どう考えても単なる時代遅れとしか思えんのです。
posted in 陰謀の分析| Tags: GLA, モンゴル, 北朝, 卑弥呼, 南北朝, 南朝, 古墳, 嫌韓, 宮内庁, 日本書紀, 高句麗 |
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