虚空と君のあいだに

宗教臭い英才教育に騙される前に【20090730】

30th 7月 2009

宗教臭い英才教育に騙される前に【20090730】

 
 
とまどいの時を超えて
 
 
ルドルフ・シュタイナーは人智学、経済理論だけでなく、医療や教育の分野でも重要視される研究者である。
中身は、単なるフリーメーソンだが。
 
 
今日は、「教育」について考えるか。
 
そもそも、教育とは何だろう?と自分は考えることがある。

この嘘だらけの世界で、何も知らない子供に何を伝えるべきか?
極論だが、一番単純で象徴的な「教育」を考えてみよう。
 
俺が思うに、教育とは「プログラム」である。
 
「教育 = プログラム」だと言うと、普通の人にとっては「宗教=ツール」によく似ている印象になってしまうと思う。
で、金玉親父の表現でいうと、「一発インストール、はい洗脳。」で、「教育なんてものは存在してはいけない」ということになってしまう。
 
「ちがう。プログラムは、ツールやアプリケーションを指す言葉ではない。」
よって、プログラムはツールを指す言葉ではない。
 
 
 
よし、今日、いまから「プログラムとは何か?」を教育してあげよう。
 
(上から目線でスマン。文章の起点のとこだから、こういう表現で許せ。)
 
 
『プログラム』という単語は既に日本語化してるために、返ってイメージが沸き辛い。
普通の人は、「パソコンとかのプログラム」を印象するかもしれないね。
違う、それは『コード(code)』や『スクリプト(script)』などの単語の方が近いだろう。
 
 
プログラムとは何だ?プログラムとは何だ?
 
まず、材料を集めなさい。

「人類削減プログラム。 この場合、計画=プログラム」だ。これは正しいか?
計画=プランという意味がある。(planning)
でもプログラムは計画という意味に置き換えることが、かなりの確立でできる。近くなったっぽい。
 
しかし、なんかプログラムという意味が、別の意味に変わっただけで、逆にスッキリしないような気がするわけです。
置き換えれば、安心する、だけどそれは本来の物ではない。
 
じゃあ、こっちから材料をあげよう。
 
運動会とかの演目が書いてあるのを、なんて呼ぶか知ってるかい?
そう、「プログラム」である。
 
プログラムはメニューか?違う。
音楽祭や劇の、出し物の「順番」が書かれているのが、「プログラム」なのである。
 
そろそろ気づいたかな?
そそ。本来の意味のプログラムとは順番という意味である。
計画→順番がプログラムになったし、どういう順番でコードやスクリプトをっ設置するか?がプログラムと呼ばれるようになったわけである。
 
 
教育とは、その順番のことなのだ。

良い教育は良い順番であり、教育は、何の次に何を与えるか?で、全てが決まってしまうと思う。
 
子供の英才教育みたいなのがシュタイナー教育として、残っている。
こんなフリメと、スピリチュアルみたいなもんを、ただ単にありがたがってる馬鹿親が、日本に増えないことを祈るばかりだ。
 
「教育とは順番という意味のプログラムである」

アホな宗教の入った幼児教育ではなく、ちゃんと「何が良いのか?」ではなく、「何の次に何を与えるべきなのか?」を考えなければ良い教育は一生、子供には与えられないでしょう。
アグネス・チャンさん、元気ですか?
 
 
ちなみに、「良い教育」もどうかな?とは思ってしまうんだけどね。

小学校3年生の時点で、「かわいそうなぞう」により、「教科書にも嘘が載っている」と知ってしまっうと、俺みたいな陰謀論者に育ちます。

その頃、既に、良い順番を経て、(シートン動物記とか他の本とか)、象の静脈注射をどうやるか知ってしまっていたわけで。
 
 
人は、順番、つまり段階を経ることで初めて、理解することができるのである。
 
 
さて、極論の話に戻るかね。
 
何も知らない子供に、何を伝えるべきか?
以前から、考えてたけど、なんとなく答えがわかってきたよ。

「僕らの住む世界は、いつもとても嘘だらけ」なわけです。
そんな中で、子供に、まず最初に伝えることは一つである。
 
嘘だらけな世界で、まず子供に伝えなければならないことは、これしかない。

それは、「嘘」である。
 
 
嘘だらけの世界を、まず理解させるのに、嘘から始めなきゃ理解できるわけがない。
陰謀論者だからこそ、子供がこんな世の中で育ってしまうのを心配してしまうが、何も心配ない。

やっと、言い切ることが出来た。

不安なのは、「次の段階の見極めと、材料を用意できるかどうかための不安」だったんだね。
嘘から、教えなきゃだめだったんだね。
 
エコ洗脳、政治という欺瞞、記者クラブ、すり替えられた天皇を賛美、媚米洗脳に、拝金主義。
 
これらはすべて、子供が欲しがる最初の段階の教育で何の問題もないわけだ。
さあ、飛び切りの嘘だ、子供が、お腹いっぱいになるまで、あげなさい。
 
 
教育はプログラムである。
本当に大事なのは、この嘘の次であろう。
材料を用意して、自身で気づかせる、それができるかどうかである。
その順番と見極めができるかなわけです。
 
「プログラム」の説明で、自分に立てた順番は、どんな感じだったかな?うまく順番でおさまってればいいけど。
 
僕は陰謀論者である。
こうなってしまうまでに順番があったのだろう。
けして、正しいことをしたいわけでも、真実を知りたいわけでもない。ただ、疑って、そして納得したかっただけである。

僕らは、3歳児から一歩だけ進んでしまっただけの違いなのかもしれない。
 
真実ではなく、嘘をあげよう、その次に備えて教材を集めよう。
嘘だらけの世界で呼吸ができるように。いつか、一人一人が自分から気づくように。
 
 

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