新世界秩序は脱皮する【20090812】
posted in ガイドライン | Tags: ザリガニ, スピリチュアル, ミッキーマウス, 三島由紀夫, 五箇条のご誓文, 創価学会, 南北朝, 天皇, 宗教, 新世界秩序, 明治維新, 真如苑 |
新世界秩序、New world orderに対しての宗教。
今日は、ここらへんの話をするか。
カトリック内のエキュメニカル、キリスト教に対してのニューエイジムーブメント。
すべて、宗教を一つにするという運動である。
つまり、側面として「NWOに対して宗教は障害となっている」という話は正しい。
しかし、それはあくまでも「障害」でしかなく、個人個人ができる新世界秩序に対しての「防衛策」になるか?というと、なりえるはずがない。
つまり、自分や一般的な俺のブログの読者の立場において、宗教というものを肯定する理由はない。
宗教自体が、彼らの作品なのであるから。その時の時流に乗って、価値観を具現化しただけである。
新世界秩序( =ザリガニ)が脱皮した後、その殻が現存する宗教なのである。
スピリチュアルやニューエイジが昔キリスト教だったように。
キリスト教が昔、ユダヤ教だったように。
脱皮してる最中は「この野郎」と、がんばってザリガニ自身も、とくに奮闘してるだろう。
昔ありがたがっていた、自身の体の一部を。
それと同じ事が、万教帰一のイルミナティ教の本体にとってのキリスト教やイスラム教などとの対立である。
さて、では具体的に「ザリガニの皮」について話そうか。
日本では、「天皇制度」である。
天皇教。これほどわかりやすく「無味乾燥で意味のない価値観の形成 = ザリガニの皮」があっていいのだろうかと。
略すが、現在の天皇とは、北朝の天皇を殺して乗っ取った「すり替えられた天皇」である。
その明治維新、吉田松蔭、西郷や大久保、伊藤博文、南朝の残骸はいくらでも出てくる。それは創価学会、神社全庁、真言立川流、真如苑、現在でも何も変わらない。
すり替えられた天皇でも、この存在なくして、日本という国体維持は出来ないと考える奴も結構多い。
南朝族でスピリチュアルな馬鹿、三島由紀夫もその一人だった。
これは「理想論を語ると、万能で善良な独裁者の共産主義になる」と、以前、過去記事で紹介したとおり、一部分は納得できる理論でもある。
わかりやすい、天皇=国体で共産主義的なコントロールをしなければ国が滅ぶという話だ。
ところがどっこい、俺に言わせると、こんな「ザリガニの皮」をありがたがって、干物にして保管してるような日本の天皇制度に何の意味があるのだろうかと。
特権=南朝族&北朝族の、明治維新から続くユダヤメソの間接統治の朝鮮人のやってる政治は、以下のとおりなのである。
そこに、理想論ゆえの「しょうがなさ」という天皇制の利点は、何一つない。
右も左も朝鮮なわけ【20090319】
http://www.mkmogura.com/blog/2009/03/19/188
南朝の天皇、在日特権、2つの五箇条のご誓文である。
ここに天皇制の必要性がどこにあるのかと。理想論よりも特権、嘘や欺瞞、歪みしか存在していないのである。
今の天皇に何の権力があるのか?神輿にしてツールとしてだけ使っているだけである。
これでできあがってる日本という国の枠組みに何の意味があるのかと。
キリスト教系陰謀論者に意味がないように、新世界秩序に宗教はアンチテーゼになりえない。
同じ事だ。それをわかっていながら、天皇教に期待をするような馬鹿になってはならんのである。
問題は天皇が日本の象徴であると疑いを持たず、信じてしまってる大多数の奴である。
「なんとなく明治維新があって、なんとなくその時に天皇が死んで・・・」みたいな歴史ぐらいしか知らない奴だ。
天皇をあがめてる奴がいたから、天皇自身が殺されたというのに。
日本で天皇教の是非を問う、これは、夢と希望の国である東京ディズニーランドで「シンボルのネズミは実は、カンガルーの仲間だった」と叫ぶようなもんである。
実に嫌な顔をされるだろう。
本当の悪意は、みせかけの善意によって組み立てられるのだ。
メルヘンの国で、これをやることが、簡単であって、いかに危険な事なのかってことである。
少し調べれば、ネズミではなく有袋類の一種だと誰でもわかるというのに。
こういう宗教という価値観の形成という問題について考えながら、「ミッキーマウスをどう証明するか?」みたいなことも考えてみるのもいいでしょう。
「やっぱ、脱がすしかない・・・。」マテ。
国という枠組みは何によって決まるのか?
天皇教なんて、宗教であってはならない。
国というものは通貨という国民自身が支配した(まだないけど)経済システムで区分ければいいと俺は思うのである。
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