虚空と君のあいだに

リバタリアンと自由の定義(豆)【20100806】

6th 8月 2010

リバタリアンと自由の定義(豆)【20100806】

 
 
 
豆長者さんへの反論を記事にさせていただく。
現時点では、反論というか補足みたいなもんですが。
 
俺はロン・ポールの経済理論なんて「使えん」と思ってるから(それも説明する)、簡単に書くと要点はこうなる。
 
要点 「リバタリアンとは何か?」
   俺「詭弁者」
   豆長者さん「違うよ」
 
 
リバタリアンの耳はロバの耳 その2【20100805】
http://www.mkmogura.com/blog/2010/08/05/909
 
ちょいと長いけど、この記事のコメでの話だよ~。
すまん、全部呼んでくれると助かる。
コメントのURLはここ。このコメ対してのお返事。
 
http://www.mkmogura.com/blog/
2010/08/05/909/comment-page-1#comment-2021

 
 
このコメントね。
以下、引用(小さい字)は、このコメントに付随したURL、豆長者さんのサイトからです。
 
豆長者さんのとこのURL
http://mamechoja.blog22.fc2.com/
 
 
 

1980年、マリー・ロスバード、「リバターリアニズムについての神話と真実」から

リバターリアンたちは、自発的に、個人間で協調すること、共同することに、全く反対していません。
反対しているのは、国家によって押しつけられる強制的な偽りの「協調」に対してです。

 
 
これが豆長者さんが行ってた部分だね。
 
でもさ、これも、リバタリアン=過剰権利主張者=よって個人主義にならざるをえない、というのをミーゼスおよびハイエクも認めてる部分があってでの説明だよ。
 
なぜ、個人主義になるか?それは権利を主張するから。俺はそれを過剰と思う。ここは個人の主観だけど。
なぜ、個人主義になるかが、リバタリアンの定義とともに説明してあれば、もっと具体的に説明しますが・・・。

ではいくよ。
 
 
例えば、自由も権利である。個人の権利というものは、常に個人の権利とぶつかる。
だから、権利には義務というコインの裏側が常に内包する。
 
それを無視してるリバタリアンはあくまでも「個人の自由」なんて言葉を掲げる。そんな「個人の自由」なんてものはない。
自由というものは、個人単位で分割できないんだから。
なぜ、無視してるか?それがわかるよう説明する。
 

他の自己や財産を侵害しない限り、その人が適当と思うことを、自由に行えるべきだという理論です。

 
↑↑ これだってそう。
他人の権利を侵害しない限り・・・という制約=規制、義務が発生する。
まあ、実際には他人と衝突しない権利なんて存在しない。
多くの場合、その規制の裁量を測る者として政府が必要になるんだけどね。
そこをごまかすしかないから、リバータリアンは個人主義に帰結するしかない。
 
 

2010年1月30日、ロン・ポール

私が、信じている一つの論点。
憲法そのものよりも、ちょっと上に置いています。
それは、憲法が、それを一つの目的として書かれているからです。
それが、建国者が望んだものだと、私は理解しています。
個人の自由(リバティー)の保護です。

私たちが、個人の自由とは、いったい何なのかを理解している国であれば、
他に言葉は、たくさんいらないのです。
憲法の修正箇条、権利章典は、とてもとても重要です。
しかし、もしも、自由を本当に理解していれば、すべて、正しく収まるのです。
それは、私たちの生命から始まります。
私たちの生命は、私たち自身のものです。
神によって私たちに与えられた生命です。
私たちには、私たちの生命に対する権利と、その生命を適切に管理する責任があるのです。
それゆえに、もしも、私たちに、私たちの生命に対する権利と、その責任があるならば、
私たちには、私たちの自由に対する権利があります。
それは、政府に由来するものではありません。
私たちの造物主(クリエイター)に由来しているのです。

 
 
他神を排除する一神教の思想者が自由と言うだけで、正直、俺は気分が悪い。
 
とりあえず、↑ここでも「個人の自由」ね。そんなもんはない。
自分達で、他人の権利を侵害しない・・・としてるのに個人単位での自由があると、ある意味では言う事が変わっているでしょ?
義務がある以上、個人というのはないんだよ。
 
 
例えば、宗教の自由だってそうだ。
一神教は他の神様を排除という思想がある。
その権利を自由の一部として認めてしまうことが、いかに危険な事か。
 
一神教に自由を与えることが、その神をあがめていない人にとっての「信仰の自由」と衝突する。
事実、キリスト教徒じゃなきゃアメリカの大統領宣誓も受けられない。
 
そもそも、政治における理想論、「全知全能の善良なる独裁者が統治してくれれば、全員が満足した良い社会になる」という究極の社会主義統治思想の名残りが、キリスト教なんですけどね。
 
この善良なる独裁者(数も時間も超越し、死ぬ事も許されない)なんて、ありえないけど。
 
キリスト教徒でなければ大統領にも裁判も受けられない。
自由をうたう奴らが、一番、宗教に関しては制約が多いでしょうが。
これでもわかるとおり個人単位で、自由があるわけではない。他人を迫害するから。それなら「一方的な自由」という権利さえもあるわけがない。

その「一方的な自由=何をしてもよし」なら、政教分離さえ必要ないからね。自由とは常に相手がいるものなんだよ。
 
だから、「自らをよし」を、「他の人とも肯定しあう」、そういうのが本来の形なわけ。自由というののね。
これが前回の記事。
 
その人が、その人自身の宗教観で「いいよ」と言えるのを、お互いに尊重しあって「作ること」=宗教の自由=多神教的な信仰の自由に帰結するしかない。これは義務に他ならないでしょ?
 
多神教が基本の日本人なら、この共存共栄の自由という意味と、キリスト教徒=一神教における信仰の自由という、決定的な違いがわかるよね?
 
ロン・ポールの自由は後者、一方的な自由なんだよ。
 
 
 
さて、今、豆長者さんがリバタリアンの定義を書いてくれる前に、さらさらとこの記事を書いている。
 
まあ定義が何か、そこから規範が何かが、わかっても、たぶん俺の答えは何も変わらない。加筆できそうな事が増えるかもしれんけど。
 
 
たぶん、簡単な「何をすべき」は見えてくるような答えを書いてくれると思うので、先回りしてロン・ポールの経済理論を具体的にしてみる。
 
・ドルは基軸通貨であるべきかどうか。
・金本位制は、アメリカ以外、金産出国に依存する形になっていいのか?
 
これをリバタリアン的な規範で判断する。答えを待つまでもない。
答えはどちらともNOである。
 
他国の金に依存する形での金本位制は、武力的なリ、経済的なリ、侵略という形に帰結してしまうから。
それは、イラク石油ドル決済へ無理やり戦争でなおしたのと同じだからね。
 
 
たぶん、豆長者さんの定義する規範も「非干渉主義=リバタリアン」にならざるをえないと思うが・・・。
 
だって、リバタリアン=個人単位の過剰な権利の主張者=「だから個人主義にならざるをえない」ってこと。
その中身は自由における「権利の衝突」をいかにごまかすか、だから。
 
このリバタリアン思想の構図は、「権利(主に自由)が他人と衝突しない状態」という土台があって成り立つ。
それこそが「干渉するな」という前提条件が必要ということなんだよ。
そこはハイエクに対しての哲学的にアプローチしたんだけどね。ヒュームの懐疑的経験論からね。
 
それをはっきりさせるためにも、専門家である豆長者産に定義をお願いした。
たぶん、「権利の衝突をさせないために、干渉するな」になるしかない。
 
だから、小さな政府とか、孤立主義の話とかも、すべてそれ。
むしろ権利の衝突を、「政府と個人」による自由という権利の衝突に限定する方がおかしいと思うんだけど。そこらも説明してきますか。
 
 
その前に、まずは、ロンポールの経済論の帰結。
 
とりあえずドルは、基軸通貨でなくなり、他国の産出する金に頼らず、カリフォルニアあたりで、昔の金鉱を銃を持った奴らが掘り返す構図。
しかも、マネーサプライのないアメリカの国・・・。
 
 
それ、アメリカ中がヨハネスブルグだろ。
モヒカンでヒャッホー!!である。北斗の拳の世界だな。
とりあえず、マネーサプライのない世界ってだけで致命的です。
 
実際にロン・ポールが、それを目指すとは思えん。
南アフリカあたりを「黒人は人間じゃない=権利は存在しない」という古きよきアメリカの建国精神にそって、侵略戦争する構図のほうが、想像つくんですけど。
反セム主義はないけど、金本位にするなら冗談抜きで侵略戦争するだろ。所詮は米共和党だし。
 
「ロンポールは北斗の拳の世界を作ろうとしてるのか?」でもわかると思うんですが・・・。
それを考えれば、目的、言ってる事とやってる事の中身が変わるのは、予想がつく。これも詭弁だと思うんですけど。
 
まあ、アメリカという国は原住民比率2%になるまで殺しまくったわけで。その建国精神の中の「自由」という言葉が詭弁だと気づけない人には、伝わないかもしれないけど。
オーストラリアでカンガルーと同じようにアボリジニ狩りを楽しんでたのと同じだよ。詭弁だったから、あんなことや同化政策ができる。
けして大昔の話ではない。まだ謝罪もしてないしね。
自分は、新旧問わず、アメリカの保守主義なんて詭弁そのものでしょ?
 
 
あ、ここは予想はよくないか。もっと具体的に説明しなきゃダメだね。
じゃあ、こっち。
個人と個人の権利の衝突を、ロン・ポールの話とともに説明する。
その前に、これは詭弁に間違いないよ。
 
 

ロン・ポールの週刊コラム
2008年12月8日

銃規制を唱道する者たちは、
社会から銃を取り除けば、我々はより安全になるのだと言っています。
そんなことが事実であるというならば、どうして、
たとえば学校のような銃の所持を禁止している場所において、
最悪の銃撃事件が起こるのでしょうか。
また、事件が起こるときには、このような攻撃的なテロの銃撃が、
銃やナイフの展示会や、軍事基地で起こったということは聞いたことがありません。
武装した社会は、本当は作法を重んじる社会であるということは、
繰り返し言ってよいと思います。

 
 
ロン・ポールさんよ。
銃規制のことで例を出すのなら、日本で比較しろよ。
アメリカ全体では、ロン・ポール含め銃所持の正統性を主張する奴らが多くいて、その結果、銃が蔓延してるわけで。
その中で特異的に規制された学校内で、「銃乱射がある」・・・・「だから、銃規制した環境でも銃乱射はなくならない」って主張。
明らかにおかしいよ。
 
これ「前提条件の不備」という詭弁そのものなんですけど。
銃が蔓延してる条件下の問題点で、「その反対、銃が蔓延しないようにする行為そのもの」である「銃規制を否定」へ、繋げる。
 
正当性を持たすには、銃が蔓延してない条件下で、そこで、どうであるかを言わなきゃダメ。 それが前提条件。
ドーマーの定理と同じ奴ね。ロン・ポールのこれ。前提がおかしい。
 
 
銃規制されてる日本の学校で銃乱射は・・・って言わなくてもわかりますよね。右翼は、いっぱい銃持ってるけどね。
さすがに学校ではないですよ。
一度、日本のように銃を無くす事は難しい?いや、戦争の時に銃がいっぱいあったし。
廃刀令のように、一度アメリカで銃を回収することもできるよ。
それに、それは銃規制の正当性をごまかす行為=前提をあえておかしくしたこと、詭弁の理由には、ならないですよ。
 
 
政府の押し付け=教育という環境だと思うんだが・・・。
ロンポールに従い学校を例に出していいのなら、もう少しわかりやすく説明しよう。
個人同士の権利の衝突を。ちゃんとした前提条件の話で。
 
 
例えば…の話。
豆長者さんに子供でも孫でもいいから、小学生とか中学生あたりがいるとする。
拳銃だとさすがに日本では極論なので、「護身用ナイフ」とか、「スタンガン」で考えてみよう。
リバタリアンなら、自身の財産と自身の身体を守る権利として、生徒が「護身用具を持つ権利」を主張することができる。
笛や、サイレンの鳴るだけのキーホルダーじゃ意味がないからね。
 
先生達は言うだろう「みんながマネする」→「多くの生徒がスタンガンや護身ナイフを持つようになる」→「あぶない」
 
そんな環境になったとき、別の生徒の一人が言うんだ。
自分には「護身ナイフやスタンガンのない学校で勉強をする権利があるはず」と。
まあ、あたりまえだよね。
 
ね、個人同士でも権利は衝突する。
他者と衝突しない権利なんてない。だから規律(義務)が必要になる。
そういうこと。
権利の衝突、リバタリアンが、それをごまかすために必要な前提条件「他人に干渉するな」を、必要としていること。
その部分、主語の部分ね、それを「政府と個人」というのに限定する事自体がおかしい。
個人と個人でも権利は衝突するんだから。
 
そもそも、個人と個人で権利がぶつかる事を仲裁するために規制(政府もその一つ)が必要なんだよ。
スピード違反と、それを取り締まる警察の存在でもわかるよね。
車両を左側通行のルールがあるのに、「俺は右側を走るんだ」と権利を主張したら、ぶつかるのは政府ではない、単なる車と車である。
 
そのリバタリアンの「盲目的な権利の主張」には、他人と権利と権利が、干渉しあうというのをごまかすしかない。
だから、リバタリアンは個人主義に帰結する。
それなら個人の権利を最大限に主張することができる環境だから。
 
本来なら、その個人と個人の権利の衝突を無視できる状況=規制のない状況なら、それはアナーキズム(無政府主義)にも帰結するわけね。
究極的な話はね。だから、無政府主義者がまずリバタリアンと名乗ったのも、俺はすぐに納得したわけよ。
 
 
でも、「今の」リバタリアンは違うでしょ?(定義を予想して書いてるけど)
 
政府は「必要悪」としてでも「必要」としてる事。
 
それは権利が他者と衝突するのを認めていることと同義。
だから、上で説明したように、「他人の権利を侵害しない限り・・・」という制約=規制、義務がリバタリアンの理論には発生する。

自分達自身で権利がぶつかる事、その仲裁者=政府が必要な事を認めているはずなのに・・・・。

それなのに、リバタリアンは個人に「一方的な自由」があるように主張する。だから「個人の自由」という言葉を多用する。
前提として、政府(規制=仲介者)が必要なら、「個人単位の自由=他者と相関性のない自由」なんてないはずなのにね。
 
 
 
例えば、↑で例にあげた、この護身用具と学校の場合、俺が先生だったら、「スタンガンとか持ちたいとかぬかすのなら、学校くるな」と言うだろうね。
 
そういうと、「教育を受ける権利がある」と憲法あたりを盾に主張する。
 
教育を受けさせなきゃならない=規制、その憲法も、リバタリアンが嫌いな政府(規制とその統制のために存在する)と考えれば、同じものなんですけど。
 
自由=規制は常に必要=他人とぶつかるから。
同じように権利と義務はセット。
つまり、必然的に自由=規制なんですけど。わかりやすく言えば。
 
片方の規制はおかしくて、片方の規制は絶対的だと主張する。
だからリバタリアンは詭弁者なんだよ。
それが俺の言いたい事。
 
 
 
これも、「教育を受けさせない政府なら、いらない!!」→無政府主義者としての帰結。
そこまでいかないけど、「この学校ではない、好きな教育をうけなさい」→「1人で教育されてろ!!」→個人主義としての帰結になるわけね。
例えば通信教育なら、その護身具みたいな権利は衝突しないからね。
こういう風にしたいから個人主義になるわけね。
 
 
その「個人主義」の部分を含めて、俺が先生だったら「だったら学校くんな!!」になるからね、それが前回の記事とかの、田舎に引っ込め、って話と一緒。
 
 
さて、護身具と学校の話。わかりやすくこれにしたけど・・。
 
これは別に小、学生や中学生だけの話である必要もなく、学校である必要もない。
日本という国と銃規制でも置き換えることができる。うむ、前提条件は要らない。
 
 
ねえ、豆長者さん、ロン・ポールを信奉しちゃってるけど、これって日本で銃所持をを推進するのと一緒だよ。それを詭弁なしでできる?
どう考えても、よい社会にならないよ。
 
俺だってフリーメーソン支配の中央銀行は問題だと思うけど、↑で言ったように、権利の主張以外のとこ、経済理論においても、ロンポールの理論には、はっきり言って意味が無い。

基軸通貨で、刷るだけで他人の国をお買い上げ=権利を略奪、それをロンポールが是正しようとしたことが一度でもあるかい?
つまり、ドルが基軸通貨であることを問題視したことがあるか?
調べてる豆長者さんならわかるでしょ?
これは赤字だらけのアメと、そのアメに買われてる日本の外資比率の話だけでもわかるでしょ?ドル建て米国債でもわかるように。
一回もないでしょ。
911再調査は何度も言ってるけど、911を自作自演だと言った事が一度もないように。むしろ否定してるしね。
 
 
日本で銃所持を正当化する行為があるとしたら、それは権利の過剰な主張から始まるでしょ?。
 
全て同じ事。
リバタリアンは、国家補償とか、普通の社会保障さえ自己責任とかいって「余計な事」と言い張るのに、裏側では自分本位すぎる権利を主張する。それがリバタリアン。
政府を否定し、憲法とかで権利を言い張る。
本来なら、同じ物じゃないかと。
 
 
まあ、ロン・ポール支持者なら、日本で銃所持を正当化する文章を書いてみてください。絶対に説得力のない文章になるから。
 
アメリカのあの現状では、正当化できる要素は一切ないからね。
相対的な権利と義務の関係が見えていないから、「リバタリアンは世界中で通じる不変のものとして、その権利がある」と思い込み主張する。
そのロジックを逆に使わせてもらった。
 
今の日本で、銃の自由化=アメリカ化なんて、それを「あたりまえの権利」として主張するなんて話、これほど滑稽なものはないだろう。
 
もちろん、それを自分は詭弁として切り捨てるよ。
権利を一方的に主張するってのは、そういうことなんだよ。
 
自由というものが、みんなが「みずからをよし」とするための言葉なら、「みんなで銃を持たない」というのも、また「自由の一つの形」になりえるんだよ。
 
自由という権利の裏側に付随する「義務や規律」を一切無視した「自由」なんて、全部詭弁だよってこと。
 
 
ただ、この自由などに必然的についてくる義務などに目を向けた場合、リバタリアン理論は全て崩壊する。
「世界中で通じる不変の個人の権利」ではなく、周囲にあわせ、変化する権利=義務として、自由を考えた場合とかでもわかるよね。
それは、ロン・ポールに「日本における銃についての自由では、学校での銃乱射はないよ」というだけで、反論できなくなるようにね。
 
だから、わかりやすく言うと「一神教の自由」にならざるをえない。ってこと。リバタリアンの自由というものは。
 
 

別に銃規制についての話じゃなくてもいいよ。
ね、宗教の自由でもわかるでしょ?
 
少し考えてごらん。他の自由でいうなら「報道の自由」とかでもいいから。
 
名誉毀損という罪も無くしちゃってさ、規制や義務、そんなものが一切ない「なんでもあり」の「報道の自由」なんて、あっていいと思うかい?
それは記者クラブ批判とはまた別のもんさ。
 
そもそも、自由なんて単語は、詭弁以外で使われた事がなぃ・・・ケシケシ。今までの長文の意味がなくなる。
 
 
 
よし、補足の説明をしたとこで、豆長者さんのコメを読みます。
今回の補足で足りない部分は、コメなり記事にするなり、また考えます。
 
 
 
 

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32 Comments

5th 8月 2010

リバタリアンの耳はロバの耳 その2【20100805】

 
 
 
 
 
リバタリアン何ぞいう馬鹿は、ずべて詭弁者である。
 
 
俺は、リバタリアン外資族なる、み党は、俺は世界最低最悪の連中だと思っている。
 
なぜなら、「他人に影響を与えるな」のはずなのに、外資準備金100兆円をアメリカに貢ごうとしたわけだから。
思想とは全く違う行為、それを「アメリカ様へは別腹」というだけで、正当化する最悪な奴である。
 
別に俺は、共産主義者やアナーキスト(無政府主義者)だろうが、マルクスレーニン主義だろうと、日本の右翼だろうと、ここまで憤慨することはない。
 
思想には、それぞれの言い分があるはずだからね。
その分、「思想に従う」という責務も同時に発生するはずなわけで。
 
言う事とやる事に一貫性を持たせる責任というもの。
リバータリアンには、それがない。

思想の根っ子から既に折れている。
「リバタリアンです」なんて、他人に主張する=最初の一歩で思想が折れてるんだよ、この世のリバタリアンなるものは。
案外、その最初からおかしいと言うことで、気がつきにくいから、数限りない矛盾でもリバタリアンなんてものが成立するかのように錯覚させてしまう。
 
 
そりゃそうだ。
リバタリアンなら、他人に影響を与えない=どっかの田舎に引っ込んで自給自足で暮らすべき思想なんだから。
誰もいない田舎なら、ライフルぐらいなら持つがいいさ。(リバタリアンは米で銃所持の主張者が多い、ロン・ポールもそう)その代わり、他人に影響を与えないように「銃口は塞がせていただきます」という話だ。
リバタリアンならそれを認めるべきだろう。
 
他人に影響=脅威を与える銃を持ちたい、これも詭弁者の主張だよね。
 
 
再調査もしてないのに、911自作自演を否定してるのに、「正義の使者」と勘違いされてそうなロンポール。
イラク戦争の反対票も、ただ「干渉するな」の部分であって、別に反ブッシュでも何でもないのに。
彼は、寄付金を集めるだけリバタリアンという自分の信念に反してる行為を平気でできるだけでなく、基軸通貨(=世界的に影響を与える)である優位性を無視して、金本位制で、FRB廃止を掲げているだけの男である。
 
その反中央銀行=反ロスの思想という共通部分から、ロスJ側だけど昔からロスチャも叩いて来たJロックフェラーの手先やら、統一教会やらが、その詭弁者の思想に乗っかる。
みんなの党の日銀規制は、まさしくこれ。
彼らの言うとおりに中央銀行を規制しても、刷ったお金は、財務省とアメリカが仲良く折半するだけで、庶民には出回らない。
その時は、今度こそ100兆円を刷って貢ぐだけだろう。
それなら無税国家=刷るのが税金を約束させた方がマシである。
 
 
だいたい、「他人に影響を与える=紙幣」を「どうしたらいい」なんて議論するリバタリアンなんて信じられるか?
主張すらしないのが、本来のリバタリアンなはずなのに。
これも詭弁である。
 
詭弁者=リバタリアンが、経済学=詭弁とあわさって一体化してきた歴史も必然と言うわけね。
 
 
リバタリアン=なんて詭弁者の要素を指す言葉。
 
だから、先述のアイン・ランドもミーゼスもハイエクも、Mフリードマンだろうと、シンクタンクだろうと「リバターリアン」を「自ら名乗る事はない」ということ。
 
リバターリアンの本質は「他人に影響を与えるな」であるので、上記のメンツも、現在進行形の欧米のリバタリアンと呼ばれる人も、自ら名乗った瞬間に自身のやってる事と整合性が取れなくなるわけだからね。
 
だから名乗らないじゃなくって、名乗れない。
 
 
やってる事がチグハグなんで、リバタリアンなんて深く追いかける必要がない。
どいつもこいつも、リバタリアン=崇高な精神と勘違いしてる奴の前で、「じゃあ、リバタリアンということで」として、演出され、それで肯定された詭弁者でしょうが。
 
 
この欧米では現在進行形で「リバタリアン=自ら名乗る事はできない」という状況の理由を、理解していないから、副島や池田信夫とかが、「自分はリバタリアンです」なんて言ってる馬鹿が日本では出てくる。
 
そんな奴らが、リバータリアン思想がどうだの、ジョン・ロックの自然権や私的財産権と自由の兼ね合いだのと議論してると、馬鹿かと思う。
リバタリアン思想とモンロー主義の比較とかをするまでもなく、リバタリアン=干渉するな、が、骨格であるのはロバでもわかる話である。
 
 
自分が言う言葉は、「リバタリアンは山にでもカエレ!!」である。
他人に影響を与えないように。
とくに自分でリバタリアンなどという奴は、自覚症状がないようだから「しまっちゃうおじさん」に何処かへ、しまわれてしまえ、と。
 
 
 
だいたい、リバタリアン=自由の崇拝者ということになってるが。
 
それって「自由」という概念を勘違いしてないか?
 
「自由」とはフリーメーソンの福沢諭吉あたりが翻訳した言葉だと思うのだが、「選択肢が制限されていない」ことを自由と言うんじゃないんですけど。
 
自由とは「自らを由とする=みずからをよしとする」、その人が「自分で自分自身を〔これでいいよ〕と思える環境にする」という意味です。
 
「職業選択の自由のある社会」とは、「派遣社員はイヤ=自らを由と思えない」という社会をなおすこと、「共存共栄で、そういう人がいない社会を、みんなで作る」という意味にならなきゃおかしい。
  
自由とは、みんなで作る「義務的なもの」を要素として含んでることなんですけど。
個人だけに与えるものではないと思いますが、あくまでも日本での「自由」という言葉にはね。

権利=自由という話だが、権利とは義務のために明文化されているのにね。
メソ思想の人智学的な派閥の奴らが理解してないってアホかと。
 
 
「自由=個人が何でもやっていい」というものを、基本的な権利のように主張するなら、これもリバタリアンと一緒。
「それは他人に主張しちゃだめでしょ?」ってこと。穴でも掘ってそこに向かって叫んでろと。
自分以外の誰もいないとこ、砂漠や南極、孤島あたりで、その自由を満喫するがよいってだけ。
 
 
 
さて、長くなったのでまとめ。
 
リバタリアン=詭弁者である。なぜなら「他人に影響を与えるな」を『他人に』強要させようとする奴らだ。
で、その詭弁者が、経済学=ユダヤ金融ルールの洗脳ツール=詭弁と一体化して、今も拡大していること。
それが小さな政府とか、市場原理主義にも繋がるわけね。
 
だから、「アメリカ様へは別腹」とか、「他人に干渉すんな、でもお金はちょうだい」「他人に・・でもこの本は買ってね」と矛盾点だらけがすぐ見つかるわけである。
さらには、小さな政府、市場原理主義、民営化、追いかければ詭弁者が育てて来た作品がもっとたくさん見つかるだろう。

リバタリアン=詭弁だから、アナーキスト崩れ=政府批判者から、新左翼から右翼裏のの米共和党と繋がるとこまで、「接着剤のようにくっつける力がある」ということである。
Jロックと郵政民営化と竹中と稲川会もそう。(ここは「リバタリアン+竹中」あたりで調べてみてね。加藤寛とか。)
みんなの党が小泉改革の継承者として危険視される理由でもある。
 
 
これが今の民主党と自民党、みんなの党などの「いろいろ合体政治体制」に影響してくるという事。
 
接着剤の効果がね。そして詭弁であるという中身を知ってればどうなるかも見えてくること。
 
例えば、先の選挙で票を集める原動力かのように演出された、「み党の増税反対」だが、中身は「リバタリアン=税金自体が反対=政府は干渉するな」というだけである。
 
その増税という論点の裏側も、財務省=アメリカで、彼らは米より先に日本を破綻させる気まんまんである。
その手先、みんなの党=外資族リバタリアンであるわけで。
何度も言うように、外貨準備金の100兆円贈呈企画があったわけで、「アメリカ様は特別」であるから、要請があれば=与党的になれば一瞬で、みんなの党は掌を返すわけである。
つまり、選挙で票を集めたかっただけ。
100兆円という単語で日銀改革も、増税反対も本当の中身がわかるわけね。
 
 
それ以前に「リバタリアン=税金反対」さえ俺はおかしいと思うのだが。
 
自由というものは「自らをよし」とすることにある。誰もがそう思えるようにね。
一方的に「政府は個人に干渉するな=自由」で、「税金は払いませんよ」、これが最終的なリバタリアンの思想の帰結である。
 
リバタリアンというものは、「共存共栄で自由という社会を作ることはない」ということ。
それが、この「税金反対」という姿勢の意味なわけ。
 
 
ようは、義務的なもの、この税金のこともそうだし、小さな政府のこともそうだろう。そういうものを突き返すためだけの詭弁=リバタリアンである。
この税金のこともそう、極論をいうなら、誰もが「みずからをよし」とできる社会なら、そりゃ税金なんて払えとは言わないさ。
ありえないわけで。
そういう意味も含めて高額所得者の税金とかは、世の歪みと反比例して設定すべき話。
歪んだ社会であればあるほど税金は高く、いい社会なら税金は低く。
あたりまえでしょ?
 
 
まず「税金が世の歪みを直す力になってない」とこから議論すべきであって、増税も、法人税の減税もその後に持ち出すべきって事。

税金は、世の歪みを直す処方箋であるべき。
歪みが多ければ薬はたくさん必要になる。とくに高額所得者はその意識がなければならないと思うぞ。
 
そういう、あたりまえの共同体意識のない奴が、ただ「干渉するな=税金はイヤ」と言って政治家をやってる事、ちゃんと理解すべきである。
 
詭弁である事を誰も指摘せず、インチキ選挙で、み党が票を集め、庶民が効かない薬を買わされたまま、さらにそれが高くなるというのを放置するのだから、本当に笑えない話である。
 
とりあえず、自身をリバタリアンという人は、弁明をしてみたらいかが?
その原因の一部が、あなた達には間違いなくある。
 
 
 
おまけ
111歳、年金詐欺の話が拡大してるけど、ここらへんも読んでみてね。
捏造数字made in japan 【20080210】
http://www.mkmogura.com/blog/2008/02/10/32
 
  

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12 Comments

4th 8月 2010

リバタリアンの耳はロバの耳 その1【20100804】

 
 
リバタリアン思想(リバータリアン)に欠けているもの。
・・・・。
というか、無理やり本来の思想とは違う物さえも付け足して来たのが、リバタリアンなわけなんだけどね。
 
 
 
みんなの党を一番応援したのは朝日系である。
 
オヤジの代から統一教会とズブズブであり、外貨準備金100兆円をアメリカに貢ごうとした、純粋無垢の外資族、それが、みんなの党の党首「渡辺喜美」である。
 
朝日と、銃弾と統一教会、それが今やこの関係である。
媚米路線に転身した朝日に何の価値があるんだろうかね?
 
 
さて、なぜか日本では「リバタリアン=みんなの党」になっている。
 
これを副島隆彦あたりが、「み党はリバータリアンではない」と批判する構図になる。まるでリバータリアンが崇高な精神かのように。
厳密に言うと、副島自身は完全なるリバタリアニズム崇拝者とは違うようだが。
 
まあ中身を説明すると、
リバタリアン→ロン・ポール(中央銀行廃止)→米共和党左派→共産主義ロックフェラー(本来のポジションがここ)→その系譜ともいえる→Jロックフェラー(米民主党)→その走狗、副島隆彦とその周辺。

で、リバータリアンと繋がってるわけね。
 
副島は、もともとのJロック支持者としてロスチャも叩く部分、その特色を出すのに重宝した思想なのだと思うが。
 
 
で、み党は、米共和党→清和会コネクションね。
 
 
 
前述した「朝日とみんなの党」もそうなんだが、米共和党のロンポールと米民主党のJロックフェラー、ここらへんさえも繋ぎ合わせるような「不思議な接着剤」になっているところがリバタリアンという単語にはある。
その理由は、リバターリアンと言う言葉を、誰も的確に理解してないから、こういう状態になってるということ。
 
そうそう、「リバターリアンとは何なのだ?」ってことだね。
今日の御題。
 
 
少し勉強してる人なら、
・経済学のオーストリア学派=究極の自由主義者
・経済学のシカゴ学派=小さな政府主&一部の市場原理主義義者

まあ、ロン・ポールあたり=オーストリア学派の経済論=リバタリアンなんだけど、厳密に言うとリバタリアン=オーストリア学派でもなんでもないと思うよ。
 
 
さらに勉強してる人なら、
 
・アイン・ランド(アイン・ライン)の客観主義が、源流になってること。
・経済学者ルートヴィッヒ・フォン・ミーゼス
 
こんな単語もすぐ出てくるかもね。
でも、アイン・ランドが源流であるのは間違いないわけだけど、そのアイン・ランド自身が「私はリバータリアンではない」と否定してるわけ。

はっきりいって、ここらへんの中身は知らなくていい。この後に出てくる本質さえを知っていれば。
 
 
まあ、このリバタリアンの基礎知識も、俺も副島系の本などで知ったことだけなのだが。
まあ、そんな頼りない知識から、「リバターリアン」とは何か?を手繰って、説明したいと思う。
ここからは自分の考えなので、よろしく。
 
 
まずは勉強した事も無い人が知るべきリバタリアンの基本。
一言で言うとこれ。

・他人に対して行い得る唯一の「善」は「触れるな!干渉するな!」ということである
 
これが「究極の自由主義経済学」「小さい政府=干渉するな」「人為的装置=中央銀行→だから廃止」となって、リバターリアンを形成する。
 
これが本質。
本来なら、さらにリバタリアンを理解するためには、思想を手繰って、どう変化したかを捉えなきゃならん。
 
 
「アイン・ランドの客観主義とリバタリアニズムの比較」
「その元となるべき思想が、政治に関わる事で、何が肉付けされたか?」
「経済学者ミーゼスの人間行為学(サイモロジー)というアプローチとその理由」
 
ここらへんをやらなきゃならないのだが・・・めんどくさいので俺はやらん。
だってリバタリンという人たちは矛盾だらけで、こういうところまで気にする必要性もないと俺は思ってる。
 
 
確かアルルの男ヒロシの本だったと思うのだが、「オーストリア学派=究極の自由主義者=リバタリアン」で説明してあったはず。
どう考えても違うと思うのだが。
 
イルミナティ哲学の探訪【20091215】
http://www.mkmogura.com/blog/2009/12/15/575
 
ここでも少し説明したが、リバータリアンの思想の源流=哲学的には「自由=何をしてもいい(自由の間違った解釈)」という意味の「自由主義者=リバータリアン」ではない。

「〔他人に影響を与えるな〕という規制の推進派=リバータリアン」の方が近い。
 
 
↑の過去記事で、フリードリヒ・ハイエク=リバタリアンの源流。この人も哲学的には近いことを説明した。
 
懐疑的経験論=大衆はいつまでたっても馬鹿だ→馬鹿が影響を受ける事も、また馬鹿な事である→だから「他人に影響を与える物をすべて排除しよう」→リバータリアン。
 
 
よって、本来のリバタリアンにとっては、
・「他人に影響を与える行為」そのもの投票という民主主義というシステムで出来た政府
・社会主義や社会保障さえも=自己責任として
・ましてや「法という秩序」さえも、

リバタリアンにとっては批判すべき対象である。
 
 
フリードリヒ・ハイエクが、ファシズムも左翼と批判したように、本来のリバタリアンは天皇制の天敵であるべきなわけ。
それが統一教会とズブズブで、清和会別働隊として機能できるなんて、本来はありえないはず。
ま、これもリバタリアンという言葉が正確に使われて無いことの弊害だな。
 
リバータリニズムは反天皇なんですけど、わかってんのかね?右翼の馬鹿どもは。
 
 
本来は、「大衆は馬鹿であるとして、馬鹿が先導されるシステムすべてもまた馬鹿そのものであり、政府、天皇や伝統みたいなシステムや集団性さえも、それらは他人に影響を与える行為として廃止し、すべてを個人任せ=混沌の中から生まれるものに身を任せた方がマシ」という、馬鹿は馬鹿だからどうしようもない、組織も触る事もやめようという「究極の達観主義」がリバタリアンなわけ。
 
だから他人への影響する行為や、集団になることを否定する、アナーキズムと紙一重=リバタリアンなわけよ。
本来なら無政府主義者になるところを、さすがにそれは・・・・ってことで、形成されたのが、小さな政府理論=シカゴ学派経済論のリバタリアンであって、日本の「み党+裏に竹中もいる」も、この考え方を継承してる。
民営化促進とか、自由化とか、市場原理主義とかもね。
 
 
だいたい、リバタリアンなんて言葉を使ってる人間は、全員が、詭弁者なわけよ。
リバタリアン=他人に影響を与えるな・・・のはずなのに、ロン・ポール含めて「商売の論述者」なわけ。副島とかもね。

例えば、副島掲示板をのぞけば詭弁者だらけでしょ?
「リバタリアンの主張」みたいな代弁者=他人にリバタリアンの思想を呼びかける→「他人に影響を与えたい」だからね。
それがわかってて書いてるのかと。

「他人から」多額の寄付を集めるロン・ポール。
商売言論人である副島。
み党のように政党を組む=集団を形成するというのはもちろん、リバタリアンで政治家というのも、おかしい話だ。
「他人」に票を下さいと叫んで、何がリバタリアンであろうか。
 
無茶苦茶な馬鹿ばかりだから、かえって思想がわかりにくくなる。
そして、スタート地点から支離滅裂だから、詭弁のオンパレードになるのがリバタリアンである・・・・・。
 
はぁ・・・・長くなったので、続く。
 
そもそもリバタリアンは、今回説明した理由も含めて、自らをリバタリアンと宣言することはない。
そこらへんと、彼らが主張する自由の解釈について説明する。
 
 
 
 
 

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28th 7月 2010

その日暮らしのロスジェネッティ【20100728】

 
 
 
その日暮らしのロスジェネッティ!!
 
 
古いコメになってしまって、しかも、これは感情論みたいな話にもなるが、このコメントは、ちゃんと解説すべきだろう。
新鮮なうちにやりたかったが。
 
って事で紹介する。
 
 
http://www.mkmogura.com/blog/
2010/07/15/859/#comment-1878

 
 
これは、estaさんのコメントである。
 
失われた世代、「その日暮らしのロスジェネッティ!!」の・・・・。
あ、その日暮らしではないか。
 
「この世代より上は、生きてる事さえも罪である」という話である。
とくに団塊の世代についてね。
 
 
 
昔の自分なら、100%賛同してたと思うけど。
今は違うぞ。
 
団塊の世代の人などに対しても、その論調では、自分達のやった事を「自覚して=苦しんでる」、その苦しんでる人達だけを追い詰めることになりかねないよ。
 
そして、その人達とは違う「無自覚で人を殺してる老人(想像力が現実に追いつかない人=老人)」という大多数についても、この人たちと誰もが無縁で生きていける社会ではない。
親とか兄弟とか、親戚とかも考えれば解かるよね。

絶望=状況把握であることも、年長者に食って掛かれと言ったことも【20100712】、昔の「この社会の責任を誰が取るべきか?」をずっと考えてた名残りだろうね。
 
俺も、「年寄りの目を覚まし、責任を自覚させること」ばかり考えてたよ。昔はね。
 
今なら笑い話だとわかる。
大多数が、現実に想像力が追いつかない人達なのに、何を望むのかと。
それに、今の自分は、10代や二十歳そこそこのガキではないし、俺自身もその老人=現実に想像力が追いつかない側に来てると思うのにね。
 
 
それに、責任を望む=大多数が自覚させる事、それは無謀と言うか、無理であっても少数の人は、ちゃんと感じていてくれる。
 
それがわかってきたし。
俺も笑ってごまかしてる「その日暮らしのロスジェネッティ」なんて言葉の裏側の「現実の残酷さ」を。
 
その気づいてくれる人だけを苦しめてどうすんだと。
だから世代対立みたいなのに、なっちゃいけない。

「人は信じたい物を信じる」わけで、「絶望という現状把握」も、今までのツケの「財政破綻」も、「残酷な現実を伝えやすくなる」という利点でしかない。俺も歓迎だよ。
 
この現実を伝えることが、「残酷」というのなら、自分は残酷な人間である。だって現実が残酷なんだもの。
 
その代わり、「冷酷」にはならないようにしたいと思う。
 
労働基準法が存在してると思い込んだり、戦争に賛同してることから目を背けたり、それ以前に、「若者に一番多い死因には適応できる生命保険はない」という、この社会のように。
冷酷、無慈悲には、なっちゃだめ。
 
自分だって、何が起こるかがちゃんと見えてるわけではない。
だから必死に考える。
その結果を「こうだよ=だから現実は残酷なんだよ」と温かく伝えれるようにしたいと思う。
 
別に捕って喰おうとかじゃないんだからさ、ただ伝えるだけでいい。
だから「暖かく残酷になろうよ」
 
 
この状況で責任問題で議論してもしかたないわけだし。それで何かが変わるわけではない。それはその後でいい。世代間対立みたいな物なんて、そういうことだよ。

人は信じたい物を信じる、これは自分自身もそう。だから自分自身を誰よりも疑う。
 
財政破綻も、大きな意味では終末論みたいなものも「俺自身が願っていた」みたいなとこはあるよね。
だから疑って考える。大昔からね。
 
今なら、この状況で消費税をあげたらどうなるか?でも解かると思うが。
プライマリーバランス=多重債務という話。
ドーマーの定理と、ごまかし工作員。
国に資産があろうが(いや、ないし※1=流された残りだから【20090205】)、内債務だろうが、払いきれない有利子負債=国が責任を負うなら、信用崩壊=破綻するしかないと言う事。
 
まあ、遅いか早いかで、間違いないと思うぞ。
 
 
おっと、財政破綻とか戦争とか、そんな事があっても人間がいなくなるわけじゃない。
今の状態で、何の進展も生まない責任問題だけで終始するなんて、この社会を作った奴らの賛同者になることだよ。

それは、今の自分を認めたくないから、他人や社会のせいにする。
俺らより上の代の奴らが背負うべき責任の存在も、これと同じくらい明確な存在だけどね。俺も認めたくないとこはある。
 
でも認めたくは無いけど、これを選んだのは自分だと思う。
認めたくないけど納得してる部分もあるでしょ。
この社会が腐ってるのも事実だけど、良い事だっていっぱいあるわけだし。
それと同じで、無力ででも自分を否定できないし、何も考えずに生きてる人たちだからって、否定して責任だけを押し付けるような事はしたくない。
この社会の貢献者でもあるんだから。
 
 
・・・。
 
うーん、感情的な話は苦手だな。
まあ何が言いたいかというと、estaさんの言い分もわかる。
 
たぶん、俺の方が年下だと思うけど、自分のとこも「同窓会は開かれない」んだもん。
 

>何がつらいって、小中高の同窓会がここ15年開催されない。
>何かこう・・・普通に多数派がきつい人生送っているの歴然
>としているから公に開くに開けないのだ。

 
 
これは年上の世代にはわかって欲しい話ではあるなぁ。
それでも、恨みたくないんだよ。

まあ、俺のように「まわりを気にしない無職様」が幹事なら開けそうだけど。
 
でも、この生き方を選んだ事に満足はしてるよ、俺。
「こんなもんか」って認めたくない部分はあるけど。
 
属国の特別会計やら輸出企業、ドル建て米国債やらも含めて、アメリカ様のために働くしか権利の無い社会。
財政の破綻もわかってたし、親の貯蓄を食いつぶしてても、それまでは持つと思ってたし。たぶんそうなるだろうね。あと数年。
本当は金があれば、違う事へ準備ができそうだし、生き残りたければ、どっかに属してる方が楽なんだけどね。黒いとこから復興してくけど。
 
でも「現行のお金の否定」も俺の中のテーマだからね。
 
そして誰よりも自分のことを疑うように言い聞かせて、何に洗脳されてるか紐解いて来た・・・と思う。
まあ、俺も結婚とかはできるわけないわな。自分さえ信じない人間が誰かを信じれるわけがない。

自分のブログに到達するまでに、estaさんにもそういうとこがあるのなら、そこは自業自得かもよ?ちょい、ひねくれてるとこがあるし。と、俺が言う。
ただ、他人を信じることはない、そんなドライな信頼関係でも意味の無い物ではないでしょ?以前のことといい、俺は誠意は誰にでも込めてるつもりです。
 
あ、昔、俺は後醍醐天皇が好きだったんだよ。それはなぜか?を考えた時、そこから南朝天皇について気づいた。自分自身を疑ってね。
 
 
そこまでわかってきて、仕事だけをしていく気はなかったし、十分満足である。
右も左も整理できないメディアとか、そんな中で何ができるか?ってのも含めてね。気づいてくれた人も多いし。
 
 
そういえば、この間、お手伝いに行った初対面の船長に「どうしようもない奴だ」と言われたよ。
そして「夢はあるのか?」とも言われた。心配してくれたらしい。
 
無から「お金=労働」を作り、最終的に戦争を作る=「今のお金」を作り変えることです。とは言え無かったよ。
家族持ちには、あまり説明できないなぁ・・・。今は、まだ。
それは、借金しまくって船をなおした、この船長にも残酷な話だ。
今年は儲からない年だしね。
 
お金の部分だけなら、説明してどういう意味かは理解させられそうだが、それだけじゃすまない話だしね。
 
そこを短絡して「世界征服」と言おうかと思ったけど、勘違いされたら、海に投げ込まれてしまう。こっちとしては、ふざけてないから困るのだ。
いや、ある意味では世界征服ということで間違いではないわけで。
 
で、がんばって働いて「おかず」を、ぶら下げて帰ってきたよ。
ま、自分の目的は「経験値」なわけなんだがね。
 
 
今、同窓会を開く事さえ残酷である。
 
同じように、何も考えてない人たちに話すには、俺の話は残酷かもしれない。正直、このブログを夫婦で読んでくれてるという人には、ビビった&返答がしどろもどろになったけど。
 
認識とは、その人の考えた事の延長線上にしか生まれない。
だから絶望さえも糧にできる。
 
 
例えば、財政破綻があったら同窓会が開けるね。
今よりも失業者だらけで、海辺で焚き火を囲むだけの同窓会なんかも、おつなもんだろう。
ある意味、みんなが開き直れるから。

まあ、財政破綻なんて、どす黒い企業から復活してくし、旧友同士を詐欺してでも家族を養おうみたいな奴も出てくるし、いつだって残酷には変わりないわけだが。
でも、今よりも、人にやさしくなれるよね。
 

それは、「人間味のある温かい残酷」という意味では近くなるよね。
遠くない未来だ。
 
そんな、誰もが「今のお金」の問題点を考えてくれる時代がくるのなら、もう俺は少し伝えることができるかもしれない。
だから、どんな残酷なら許されるのか、ブログでしか言わないような言葉を現実社会で飲み込むたびに考えてしまうんだよ。
 
 
ちなみに、うちの母親は「団塊(だんかい)の世代」のことを、「だんこんの世代」と読み間違えています。
面白いので、ほっときました。
 
 
 

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28th 6月 2010

毒饅頭と菓子折り【20100628】

 
 
前回の記事は、お金の循環性の話。
 
今回は、その中で言ったことの説明。

『護送船団方式を作った人も、近年の日本の新自由主義のシンボルともいえる郵政民営化をやった人も、「同じ人」なんですけど。』
 
まあ、落ち着け。そんな顔をするな。
 
豆鉄砲をくらった鳩サブレーも、もう少し冷静な顔をするはずだ。
まあ読めば納得である。ここらへんを説明しよう。
 
 
 
旧日本式の経営も、郵政民営化も、同じ人が作ったんだよ。
さて、今日は「まだ調べ中」のこの話を、簡単に説明。
 
 
前川レポート以前の社会、旧日本式の経営は、いつ誰が作ったか?
たぶん、これを、前回の記事の質問者、estabさんも知るまい。
 
簡単だよ。
まあ、あたりまえだが、時期は「戦後直後」である。
旧「系列式みたいな日本経営」は、GHQの民政局=ロスチャイルド路線によって作られた。
 
そう、いわゆる財閥解体というやつね。
具体的な名前を出そう。ghq民政局員であり、ニューディーラーともいわれた「エレノア・M・ハドレー」という名前の女史である。
 
護送船団方式といわれるシステムは、このGHQ民政局の局員ハドレーの原案によるところが大きい。
彼女は、GHQ情報参謀2部のウィロビー少将にブラックリスト入りさせられた(本当!)、ニューディール自由主義者である。
 
このブラックリストに載せたウィーロビー少将、G2(ロックフェラー系)彼らの言葉のほうがわかりやすいだろう。
「共産主義者」という言葉が。
 
 
当時の4大財閥で、一番小さな財閥だったのに、なぜか安田財閥だけが解体されたような話。
この不可思議な財閥解体みたいなルール作りの中で整備されたのが、日本式の経営方式、護送船団方式ということなわけね。
 
本当は、まだ調査中なのであまり書きたくは無いが、簡単に言うとこんな感じである。
 
1945年1106 安田プランの受理。
GHQは日本の財閥をしつけるために「財閥解体のプランを画策していた」
で、その協力者が、安田財閥。あたりまえだがこの4大財閥の中で、最も小さいとこである。
 
安田だけ贔屓するから、解体させてね。
占領軍、SCAPに囁かれたのだ。
「4人でやってるポーカーの卓上のチップをチャラにする=一番負けてるプレイヤーだけ(安田財閥)が喜ぶという構図である」
民政局のつるんで明るい未来計画!!!安田財閥はノリノリであった。
ハドレー女史とかは、このときのエコノミストであり企画者である。

ところがどっこい、変革が起きる。
 
平和憲法を持っていたどっかの国が、軍隊を持つようになった急激な方向転換だ。
 
そういうこと、逆コースと支配体制の変革。
それが、1948年の昭電疑獄事件である。
憲法を作ったアメリカ、GHQ民政局が失墜し、GHQ情報参謀2部が主軸となったのだ。
この事件のウィロビー少将と右翼の三浦義一の暗躍によってね。

で、かくして民政局に一番協力的だった安田財閥は「みせしめ」のために解体され、なぜかそれより大きい三井、住友、三菱は生き残ったと。
これが三井=ロスチャとかの分析以前の話。
 
昭電疑獄事件により、当時の共産主義思想の内閣・・・ではなかった、リベラリスト芦田均内閣は総辞職し、解散となる。
 
 
そしてそのあとの内閣こそが「日本はアメリカの妾」の第二次の吉田茂内閣なわけ。
 
で、ここで逆コースの原則、「経済はロスチャ。政治は反共路線=DロックG2=CIA」という住み分けに繋がる。
それこそが、経済安定9原則なわけ。
 
吉田茂首相のブレーンも務めた辰巳栄一元陸軍中将などのGHQ情報参謀2部&CIA路線の河辺機関。
そいつが再就職を斡旋した警察予備隊などの歴史は、今の、「多母神幕僚長=統一教会事務所」の話につながるわけ。
 
昔、GHQ情報参謀2部(反共組織)と、三浦義一。今、勝共連合(統一教会)と自民党(在日右翼)、そいつらが掲げる憲法改正、全部同じ事ね。
 
 
この世界大戦以前の経済界はロスチャの作品だったこと。
もともと日本銀行、渋沢栄一、松方正義でもわかるとおり。
 
で、政治の世界が反共カルト化したということ。
共産主義者、ニューディーラー自由主義の否定によってね。
 
まあ、ここらへんが2面性の話なわけです。
吉田茂と白州次郎、岸信介と一万田尚登(三浦義一は親戚)。
 
いわゆるロスチャイルド路線(日銀支配&共産主義的な左翼)みたいなのと、自民党(反共カルト&CIA路線)右翼みたいなロックフェラー系の。
IPR(太平洋問題調査会)とCFR(勝共連合=統一教会は日本支部)みたいなもんだよ。
 
 
この反共化する日本での経済安定9原則、ロスチャ的な財界とDロック系政界を調整したのが、共産主義のロックフェラーの残骸だったわけ。
 
まあ、具体的に言おうか。
 
共産主義的ロックフェラー=ロスチャ側だったロックフェラーなわけで、これが今のJロックフェラーとあまりにも重なるんだよ。
 
その中心が国際文化会館だよ。
ロックフェラー人脈構成の最重要機関、そして共産主義だった頃のロックフェラーの残骸。
 
1952年、国際文化会館は、財界人の樺山愛輔や高木八尺、松本重治といった知識人と、J・ロックフェラー3世(いわゆる先代)によって成立された。港区六本木5丁目の旧岩崎邸の会館(建物自体ができるのは55年)
 
思想的には、このきっかけが、松本重治とロックフェラーが、IPRで同席でもわかるとおり、共産主義そのものなわけ。
さらに背景を言うなら、この国際文化会館は、新渡戸稲造の門下生たちが中心にロックフェラー財団の財政援助を得て建設された事でもわかる。いわゆる共産主義者でもあるユニテリアン人脈によって建設された。
 
この新渡戸稲造=旧5000円札でもわかるとおり、ユニテリアン人脈=メーソンだよ。
 
友愛会、賀川豊彦、日本労働会館=ロスチャの労働運動そのものだしね。
少し調べれば、わかるさ。こんな単語がゴロゴロしてるから。
 渋沢栄一やら松方正義の息子やら・・。
 
 
 
つまり、共産主義ロックフェラーの寄合い所、国際文化会館は、大陸時代の上海ロッジ別館でもあるわけさ。
 
 
さらに続けようか。
 
小沢一郎=Jロックフェラー(キリスト教原理主義ではないロックフェラー)であって、そのJの持ち物がゴールドマンサックス。
 
小沢=ジョン万次郎の友の会(これもユニテリアン人脈)であって、コンパスと定規=メーソンのシンボルを所持。
 
でもね、こんなめんどくさいこと説明しなくても、俺の読者ならユニテリアンというのが何かで見えてくるはず。
ユニテリアン=プロテスタントの一派であり、日本には1887年に伝来した。
 
またの名を「帰一教」・・・。
 
メソの設立時からの神学の再構築と宗教の統一という思想は説明しなくてもわかるよね、KGさん、情報はりがとう。
 
 
さて、やっと説明に入る。
 
反共とロスチャ路線の折り合いをつけて、護送船団方式を作った=調整したのは、この共産主義ロックフェラーの人達だよ。
 
例えば、財閥解体→持ち合い制みたいなものの土台にもなった、前記のハドレー女史は、民政局の失墜とともに日本を去るが、再来日の時に、この国際文化会館で寝泊りするような人なわけ。
 
さらにいうなら、ハドレーって共産主義ニューディーラーと批判されるわけだけど、OSSの職員だよ。
OSS=CIAの前身なんです、共産主義だった頃のCIA、ほら共産主義ロックフェラーそのままでしょ?
 
 
例えば、今回の話は少しレベルが高い話になるかもしれないけど、質問してきてくれたestabさんは、『新自由主義の正体=同友会出身者と日銀が結託した構図』、これが見えている人である。
 
この「新自由主義という正体」も、ニューディーラー民政局員のハドレー女史と「同じ人」、ここの人なわけね。
 
同友会の根っ子を追いかけると白州次郎になるわけだし、今の小林陽太郎のキリスト教人脈にもなるわけ。
ほら、国際文化会館人脈。
 
もっと決定的に説明しようか。
 
郵政民営化=小泉と竹中なわけですが、その指南役は民主党政権でもアドバイザーとして名を連ねたロバート・A・フェルドマン(モルガンスタンレー=Dロックフェラー系)なわけよ。
 
Jロックフェラーの応援団、副島隆彦に言わせればね。
たぶん、間違ってないよ。
 
いわゆる戦後の財界の調整役は、ずっと、この上海ロッジ別館が舞台だったから。
そして昔、副島種臣の息子は上海ロッジのVIPだったからね。
副島のオヤジかどうかは知らんけど。
 
モルガンスタンレーという、Dロックフェラーの手先がJロックフェラー=ゴールドマンサックスを中心に郵貯を身売りしたのはそういうこと。(もう終了済)
 
今も、この共産主義ロックフェラーの残骸が、日本における財界と政界の調整役だから。
ロスチャイルドとロックフェラーの。
 
それと同じように、郵政民営化=ロックフェラー化も、ここで調整されたと考えれば、ジョン万次郎、コンパス、小沢、Jロックフェラーというポジションの応援団から、副島の言う事の信憑性は高い。
 
 
そういう意味では、「そういう場所で決まった事」を・・・、
 
命令どおり「Jロックフェラーのために郵政民営化したフェルドマン」。
命令どおり、「Jロックフェラーの命令どおり、ただ応援してるだけの副島隆彦」。
だって両方とも似たようなもん=というか親戚でしょ?ってことだから。
 
走狗同士の競合他社みたいなもんで、「間違える要素が無い」わけですから。
人格的にも、崇高な精神(笑)でも同LV。ユダヤ様の言うとおりである。
 
・・・。さすがに、怒られるかな?
 
 
 
信じられない?
そう、ほれ。
 
例えばこれも。

朝日新聞の媚米(Dロックフェラー化)の中心人物、三極委員会員、船橋洋一(朝日新聞社主筆)は、国際文化会館が主催した「共産主義者のための塾」=「新渡戸国際塾」で講師やってるんですけど・・。
本にもなってるから探せばすぐ出てくるよ。
 
こういう船橋を叩くのは必要だけど、副島のようなのが、結局は、民主党=Jロックフェラー=郵政民営化の党を応援してるだけという事に気づいてよってことね。
 
ちゃんとここまで説明しなきゃダメだと思うぞ。
 
 
 
続いてこれも。
 
今回の参考図書
 
財閥解体 GHQエコノミストの回想
著者 エレノア・M・ハドレー
isbn 4-492-39427-3
 
うん、そう、今回説明したハドレー女史の本ね。

『監訳 ロバート・アラン・フェルドマン』・・・。
 
 
 
だから言ったでしょ?同じ人だと。
 
共産主義(帰一教でニューディーラー)だったロックフェラー
反共カルト化(キリスト教原理主義)のロックフェラー
 
違うっちゃ違うわけ。
それはガイドラインも含めて何度も説明して来た。で、その次。
 
 
で、今回説明したとおり、同じっちゃ、同じわけよ。(うる星やつら語)
それを理解してくれてると思って説明したわけね。
 
昔と思想は違えども、同じ場所で、同じようにとりまとめてるだけ。
だから、「同じ人が作った」という表現になる。
 
 
確かに、ノーパンしゃぶしゃぶ=エコノミックヒットマン、経済ビックバン(ロックフェラー系の侵食)以降の、財務省、広く言えばその後の日銀とかも、酷いと俺は思う。
しかし、舞台装置=当時の冷戦構造を無視して旧大蔵省に戻せとか、政府紙幣を発行しろとかそういう理論だけを叫ぶだけでは意味が無い。
 
だって、1947年度から1964年度末までは、国債は発行されず、日銀が政府紙幣の役割をやっていたなんて調べればすぐ出てくるんだから。
法律には、「政府紙幣のように刷っちゃダメ」とも書いてないわけね。

それなら、今回の説明したロスチャとロックフェラの調整所や、日銀総裁を決めるてるのは、640ロッジなんだから、そこに菓子折りでも持って、「ちゃんと統治してください」と嘆願にでも行ったらどうかと・・・・・、あ、信じられない?
 
640ロッジというのは、イングランド銀行を作ったスコティッシュメーソンのロッジ。
ロスチャイルドという単語、国債を発行しなかった頃の政府紙幣との境目も含めて、どういう意味かわかるだろう。
横浜の港が見える丘公園にあります。
 
あ、友愛首相だった事も含めて、そういうことです。
現実を受け止めてください。
 
民主主義じゃないんだよ。中央銀行も、政治も。
福沢諭吉でさえ、初期のユニテリアン=帰一教に尽力した人物です。
 
そういう「法や民主主義を超越した真っ黒い部分」を、ここを理解せず「何々すればいい」なんて簡単な理屈は、いつも打開策にならないわけで。
 
だから、それに負けない簡単な手法、今回はそれを提案させていただきました。
法にも書いてないようなことなら、「菓子折を持ってお願いに行こう!!」という話を・・・。
 
もう、法律や選挙には期待せず、リアル毒饅頭に期待・・・嘘ぴょーん!!
 
 
 
 

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27th 6月 2010

お金の循環性という信用創造のものさし【20100627】

 
 
さくさくっと、質問に答える。
 
http://www.mkmogura.com/blog/
2010/06/21/811/comment-page-1#comment-1781

 
 
estabさん。
 
大蔵省とか、財務省という「名前」が、仕事をするわけではないですよ。
「戻せばいい」とだけでは何も意味がありません。
 
「窓口指導が、あったかどうか?」
 
これだけが大蔵省と財務省の決定的な違いだったわけです。
で、これが「所得の再分配という機能」だったわけです。【20080322】
ノーパンしゃぶしゃぶ以外では。
 
 
だってこれ、法律にも、のせないで、やっていたことですから。
このことは、円の支配者(ヴェルナー本)にも、書いてあるよ。
法律になってなかったってこと。
 
だから「昔に戻すって何を?」って話になります。
「ルールも、仕組みも無ければ、どうやって戻すの?」ってことだよね。
 
 
じゃあ、新しく「ルール(法)を作って窓口指導をやらせればいい」わけですが。
しかし、窓口指導なんて、簡単に言えば「お金を何に使わせるか指導する。」という、銀行ファシズムそのもの。「独裁者の手法」です。
 
循環しやすいお金に指導する行為(循環性=貧乏人のほうが高い)。
 
銀行には不良債権化しやすくなる「貧乏人のほうに金を貸せ」とかの行為なわけで。
で、個人には「コンビニを使うな」「大型スーパーでなく八百屋で買い物をしろ」とかの話になる。
 
これを法律で整備できるか?といったら、不可能でしょう?
  
 
だって、「お金を何に使わせるか」なんですから。
 
市中銀行と不良債権の関係を、個人に置き換えれば、「循環しなくなってしまう有価証券にお金を使え」ということで、「テレフォンカードを使え」みたいな指導と同じようなもんですから。
 
窓口指導は、非利己的=儲からなく、めんどくさい行為なわけです。
 
 
昔の「株の持ち合い」だってそうです。
 
単なる株の持合=インサイダーとかの上場詐欺みたいな部分があるわけです。株式→資金を募るという構図ではないってことだからね。
しかし、その「持ち合い」というシステムが、「投資」という「循環しないお金の行為」が加速する事を抑制していたし、株を持ち合うことで、企業の防衛コストを押し下げてきたわけで。
 
 
そして、ここでも「めんどくさい」という理由が、「窓口指導=循環しやすいお金へ」という形を生んでいたのでした。
今のようにネットで株をやらないことが、これまた投資を抑制してきたわけね。証券会社の窓口に出向いて株を買って、忘れて、株券がでてきて遺産とかで慌てて名義書換をするみたいなのが。
 
昔は、株の売買がめんどくさかったから、出来た話なの、これも。
 
 
ねえ、今の人間って、「便利さ」「低コスト」、こういう効率の「ものさし」でしか、物事を測定できないんだよ。
だから、「循環しやすいお金にコスト高でお金を使う」なんて窓口指導の行為をやったら、逆に叩かれるだけでしょう。
 
まあ、預金準備率=紙幣にあわせたコントロールなわけで、そこだけでも電子マネー化(これまた非循環マネーのものさし)の現代では、「時代遅れの手法」なわけです。
 
「社会のものさし」が、「単純な効率」だけで進んでいってしまうのは必然なわけです。
 
だから、「お金の循環性というものさし」で、大衆が判断するようにならないかぎり、いつまでもロスチャイルドによる経済復興=窓口指導による所得再分配は、時代遅れの手法なわけです。
 
 
中国では現在進行形で預金準備率でのコントロール=窓口指導が行なわれていますけどね。
 
それでも、昔のような日本人の総中流化=所得の再配分と比べて、今の中国は効果が薄いと思っています。
 
なぜなら、ネットで株が買える「効率性の向上」とか、そもそも「ネット自体さえも」、「循環性の悪いお金を産むアバター」なわけで。
 
 
現代社会というか、国際貿易の土台は「キリスト教の奴隷商売」からです。そもそも、奴隷というシステムも「人間ひとり分以上の、生産性を人間が持つ事によって、奴隷が生まれたから」なわけです。
 
テクノロジーというものが何か?とか、社会構築も要素=理性は欲ではないか?とかとかって説明が必要にもなることですが。
まあ、簡単に言うなら、「便利になればなるほど搾取社会は構築しやすい」という言葉あたりの説明で、ここではよしとしてくださいな。
 
 
社会は、この「効率」という「ものさし」だけで進んでる。
だから、単純な「お金を何に使わせるか?」という窓口指導の手法は、時代遅れの手法へと、ずんずん変わってしまっている。
 
もちろん、自分も「旧大蔵省へ戻す」でYES、NOなら、もちろんYESです。所得再分配の是非ってことですからね。
 
でも、昔のように簡単に、この所得再分配は機能できるか?と言ったら、自分は「できない」=時代遅れと考えています。
それは今の時代に、投資の抑制=ネットで株式の売買をできなくさせるのと同義だからです。この部分だけでもわかるでしょ?
 
循環を生まない種銭だけのマネーゲームの味を覚えてしまったわけですから。
 
 
その部分があわさって、「俺に窓口指導をやらせてくれるなら、10年で日本経済を復活させてみせるよ」という表現になったわけね。

必然的にロスチャイルドのように通貨発行権を独占し、独裁者になれるのなら、コントロールできるよ、と。
 
まあ、「独裁者が良い事をすればうまくいくシステムは、独裁者が悪い事をすれば、悪くなるだけの欠陥システムである」ということ。
 
法や経済システムの改正で(自分が投資通貨とかの構想はここらへんの話)、この循環しやすいお金を生む社会を作る事が出来ないなら、昔のような「独裁者が必要になる」って事ですね。

そして、この「ものさしで作られた社会」では、善良な独裁者を生み出す事が出来るか?ってことにもなる。
その答えも「できるわけねーだろ」って意味で、「俺に窓口指導させてみな」みたく言ったわけね。
 
 
さて、社会の「効率」という言葉に隠された「搾取」と「評価=ものさし」を説明した。
 
これが旧大蔵省、昔の金儲け=悪という美徳(とも限らないが)を持っていた頃の日本の再分配システム=窓口指導であると。
 
だから、これを、今の時代で、法などで整備できるか?といったら、「独裁者でも作らない限り(理想論的な空想に頼らなければ成らない限り)難しい」=「銀行ファシズムである」というのが、自分の答えです。
 
よって、名前だけ大蔵省に戻しても何の意味があるの?ってことになるわけね。
だって、窓口指導のことは法には書かれてなかった事なんだから。

そういうわけです。突っかかるような冒頭の表現をしてごめんね。
 
 
ロスチャイルド(旧大蔵省)による戦後復興=高度成長時代。
 
この「善良なる独裁者の仮面」も、戦後の逆コース=反共という冷戦構造化の中で、「敗戦国の日本の地位を向上させ、マーシャルプラン=世界ドル本位制を定着させる役者として機能を持たせるために戦後復興をした」という流れで、生まれただけのことだからです。
 
当時の舞台装置=冷戦構造を願う「戦争屋」の視点になることも。
「窓口指導をさせろ」みたいな、ロスチャイルドの再来のような独裁者の視点になることも、間違っているでしょう。(別にロスチャは消えたわけではないが)
 
それに、ここでは余談ですが、護送船団方式を作った人も、近年の日本の新自由主義のシンボルともいえる郵政民営化をやった人も、「同じ人」なんですけど。
 
おっと、ここらへんは次回の記事にしよう。忘れてくれ。
 
 
よし、今回のまとめ。
 
時代遅れかどうか?
 
この表現の裏には、今の社会進行=時代の進み方は、大衆に「お金の循環性をはかる『ものさし』が不足している」という、現状理解が隠されています。
 
それが過去の所得再分配=窓口指導の評価システム(独裁者が循環性を決めていた)ということの検証にも必要であること。
 
大衆が、この『ものさし』=「お金の循環性という理解と評価」を持たない限り、新システムの構築なんてものは不可能であるという話に繋がるわけです。
 
お金なんて作られた瞬間に循環性を失いやすいという話=マネーサプライの必要性とか、そうなると必然的に必要になる通貨発行権の理解などの話も含めてね。
 
 
大衆に、この「ものさし」を配るにはどうしたらいいでしょう?ってことですね。
 
 
もし、この「ものさし装備」の義務化。
 
それができるなら、俺の考えてる事も、もう少し大衆化されるかな?とも思うわけよ。
 
循環性を失わせるマネーゲームというものを抑制させるための、投資通貨(別通貨で区分ける)とかの意味。
「ベーシックインカムという目的のためだけに通貨発行権を行使できるシステム(通貨発行権という権力を、独裁者ではなく大衆に帰す)の地域通貨とマネーサプライ」とか。
普通のベーシックツインカムでは100円貰って200円税金で取られるだけだから意味が無い。
 
通貨発行権を民主主義=ベーシックインカム化し、循環性の低い分野は、別マネーで区分けして、それ(循環性)を測定し、それにあわせた累進課税なりなんなりで、所得再分配をするシステム。
 
ベーシックインカム以外の通貨発行権を一切認めないマネーの意味とか、そのマネーを地域通貨とし、それで納税=消費に回らなかったら、公務員やら銀行家やら、高額所得者やらが枷を背負うシステム。
 
 
おっと、今日はこの話ではなかったね。
 
循環性の理解。これをどうやって広げるか?ということなんだけど。
 
それには、よい部分以外の問題点もある。
その過程の中で、日本では創価学会や生長の家、世界では細分化されたキリスト教みたいな「宗教を核とした利権屋」が力をつけてしまうわけ。
 
大衆に「お金の循環性の重要性」を普及すればするほど、これらを助長させてしまう。
過去の窓口指導=高度経済成長時に、大きくなった創価学会のように。
 
お金の循環性のコミニティ化ってやつだね。
そういう問題点。
 
それでも、お金の循環性という、このものさしは必要だと思うよ、って話。

今の増税世論という洗脳行為にも、「お金の循環性を無視してる」という問題があるわけだから。
お金に税金をかける「累進課税」でなく、「物に課税=消費税」という増税ならお金は、極端に循環性を失いやすくなるわけで。
 
そして増税した使い道→循環性についても一切無視しておりますな。
「無駄を省く」というのは事業仕分けで散々出て来た言葉ですが。
 
 
ま、それ以前に、コンビニや大型チェーン店化した町並み。
こんな世の中ですから、「お金の循環性をはかるものさし」、その重要性を知ってもらいたいわけです。
 
この町並みを作った、「効率」とか「欲」の話でもあるわけね。
そういう経過を進んでいる事、そして時代遅れの意味っていうのが、わかっていただけたでしょうか?
 
こんな返答でよろしいかいな?
 
 
おっと、護送船団方式を作った人の話で微妙に続く。
 
 
 
 
 

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11th 6月 2010

郵貯がないのに民営化での駆け引き【20100611】

 
 
記事なんぞ書いてない。
 
俺の中のさぼり魔が・・・・
 
 
さて、今、巷では「国民新党が連立離脱か?」と「亀井の郵政・金融担当大臣の辞任」で盛り上がっている。
 
 
自民化する民主で、起きた騒動である。
これは亀井と、民主の中の「隠れ清和会」の争いか。
 
これは亀井が、自民化する民主というか、この政権の中心的役割になるよ!!と俺が指摘した事と正反対ともいえるかもね。
 
  
まあ、でも簡単だよ。
 
 
「郵貯をマネーロンダリングして国債を買った」。
郵便貯金法の廃止によって、現在郵貯なんてものは存在しない。←これは確実。
だったら、国債を買う事はできないから。
 
 
この状態で「郵政民営化法案がどーだこーだ・・・。」
これが論点になるかね?
 
在日米軍という戦争屋の占領政策そのもので、Dロックフェラーよりになる民主党と、以前の路線、Jロックフェラーよりだった亀井の争いなだけ。
方向転換により、「亀井をしつけた」、ただそれだけ。
 
 
でも、「国債を買う=年次改革要望書どおりに行う」という、「動かせないシナリオ」はあるわけで。
 
 
菅政権になっても連立維持→3日後→やっぱ破棄
 
 
こんな事を亀井が言い出してるが、そのうち手打ちがあるだろうと思う。
 
それは、「郵貯=マネーロンダリング化した」と同じ種類の「手打ち」だからね。
 
 
 
まあ、自民化する民主という構図。
これから、それを判断する上で、わかりやすい指標を一つあげると、これがある。
 
「財務省=Dロックフェラーがあまりにも強い」
 
 
今、TVなどのニュースでは増税理論が、巻き起こってる。
この発信元が、ここなわけね。
「財務省の仕込めるニュース」である。お金と、洗脳装置、いつも簡単である。
だから、指標にすることもできる。
 
「今後の増税待望論」・・・、よく考えると無茶な話だ。
日本経済、苦しい苦しい詐欺である。さすが、ノーパンしゃぶしゃぶで乗っ取った財務省。
 
今後、それが、どこまで加速していくか?を観察してくだけで、それが判断できる指標になると思う。
民主がどこまで変わっていくか?のね。
 
 
Dロックフェラー化する政権。
そう進むであろう中で、亀井の存在は、必要条件ではない。
しかし、「本気で亀井を追い出す=本気の中の本気でDロックフェラー化する」までやると、さすがにいろいろと、出てくるであろうと、俺は思っている。
 
 
 
「CIAに暗殺でもされないかぎり、アメリカに従属することはない」
亀井が言い放ったセリフである。

それはCIA路線との手打ちがあったから、言えるセリフである。
だって、「アメリカに従属=米国債の郵貯での購入」を、すでに亀井がやってるんだから。
それは、誰にも否定できないわけよ。
 
 
 

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20th 4月 2010

テロリストの舞台設定【20100420】

 
 
コメントで頂いた、財務省と特別会計、その是正の動き。
 
http://www.mkmogura.com/blog/
2010/04/14/671/comment-page-1#comment-1523

 
 
郵政民営化=郵貯ロンダリング=特別会計ではなくなるわけで、そこにも、あわせて考えなきゃならんとこなんだけど・・・。
大儀的にはここも含む、見直しなどで「特別会計の減少」が同じような動きとして分類されるわけだが、これが何の意味があるかということですな。
 
そもそも、特別会計さえ禁忌なんだから、わかりませ~ん!!!

うむ。でも参る。
 
 
「財源がないなら、パチンコ税を導入しましょう。」
 
 
そう、誰一人、これは言えないわけ。TVとかではね。
 
政治家も参加しての政治討論番組は馬鹿みたいにあるのに、「パチンコ=朝鮮人の違法賭博」、つまり在日特権に対しての「パチンコ税」というものを、誰一人として表のメディアでは言えないわけね。
「財源が厳しいならパチンコ税を導入するのか?」YES、NOで問い詰める政治番組は無い。
この禁忌で社会の輪郭が見えるわけだよね。
 
さて、こんな社会で、財務省の裏金を是正することなんて「絶対にない」と個人的には思うわけだが。「正義はお金になりません!」
 
 
ただ、こんな狂気の劇場型の社会は、実は単純である。
すべての行動は「効果のある物」しか出てこないわけね。逆説的に言うとね。
支配されコントロールされてるがために。
 
彼らのためだけのスピーカーが、都合の悪い行動をふるい落とすように、意味の無い行動も、一緒にふるい落としてしまうから。
 
「演劇に意味の無い役者は出てこない」わけ。
 
 
つまり、物事=登場人物が、舞台の上かどうか、観客席の「ヤジ」かどうかを見極めればいい。
 
 ↑ 「政府紙幣を発行しろキャンペーン」とは違って、まだヤジだと思う。
財務省の裏金を叩いてる人はね。よく知らないけど。
政府紙幣のキャンペーンは ↓ 過去記事でも見てね。
 
 
現時点では円天と政府紙幣は大差がない【20090206】
http://www.mkmogura.com/blog/2009/02/06/168
 
 
なら、「何の効果を生むものか」を考えればいい。
 
これは「郵貯、簡保の積立金が特別会計」→郵政民営化→「既に郵貯は存在せず」なわけで。
特別会計の枠自体が減ってるのは間違いないわけね。
その効果が何なのか?ってこと。
 
「特別会計の見直しを含む、枠の減少」
これは単体のヤジではなく、BGMのようにこっそりとだが、確実に「舞台の上」に存在している事だから。
 

なあ、これって「終幕のBGM」のようにしか聞こえないんだが。

「累積した国債をチャラにする」などをやる以外、この劇を作り直す方法は無い。
でも、そんなんやったら「その時点で終劇」なわけ。
国債=お金=信用だからね。
 
借金だらけで回っていた会社が、借金をしなくなったら倒産する。
これは、よくある話でしょ?
 
一般の会社の場合ではこうなる。
 
・自主的にしなくなった  ←経営者が経営方針を変えたなど。
・強制的に出来なくなった ←銀行が融資してもらえなくなった。
 
自主的かどうかが「借金をしなくなった」という現象には関係ないでしょ?
この場合、「どっちも倒産する」みたいな、結論が出ちゃったときにはね。
 
・借金を自主的にしなくなった  → 特別会計の見直しなどの減少させる行為。
・借金を強制的に出来なくなった → いい加減に累積債務の限界などなどなど。
 
同じ事でもあるわけ。
効果を導く物としての、意味はね。こういう2つの正反対の行動は。
 
国が、特別会計の枠を是正したりし始めた。
その効果は、「終幕以外に考えられるか?」という話。
 
自民党という登場人物が破産というのが現実味を帯びてる中、(舛添あたりも離党したら本気でヤバイだろ?)、自民党の作品である、この演劇が終幕しないって、誰が言えるのかね?
ヤジ将軍=民主党が一から作り直す=正統に特別会計を破棄する=これも国家破綻になる
 
こういう手法を行ってるわけでも、これから行うようにも、俺には見えないわけで。
 
 
・ 劇のストーリーを変えて、終わらせるために演劇を続ける。
・ 劇自体を止めてしまう

この2択以外に選択肢は無いと思うんだけど。
自民党の舞台装置だった国債という物を、もう誰も舞台から消すことは出来ないわけだからね。
 
だから「臭い終幕のためのストーリーと役者変更」という前者か、「すでに劇ではなくなる」=「今までの設定ではどこがおかしかったか?」→信用崩壊→ドリフの音楽、という2択しかないと思ってるわけ。
 
前者だったら、ヤジ将軍というよりも、よいしょのサクラだよなぁ~と思いつつ。今の民主党を俺は見ている。
 
 
おれは、民主党はこの劇自体を作り変えることは無いと思うわけよ。
パチンコ税のこともそうだし、(まあ今やったら、パチ廃止→失業者大量になるけど)、郵政民営化のマネーロンダリングの件、外国人地方参政権のこともね。
 
だって、小沢だってJロックフェラーのマリオネットには違いないわけで。
 
 
よって、前者。
民主党は、「スポンサー=国民」の総意でねじ込んだ登場人物=役者=劇の設定にあわせて登場という演出なわけだが、この醜悪な劇場を終わらすために出てきたわけではない。

民主党は劇を続けようとしてるわけで。
 
大衆の民主に票に入れた心情は「社会を作り直して欲しい」という思いだったと思う。

それを本当に実行しちゃうと、政権交代後に、「国家破綻宣言→ハイパーインフレ」、パチンコ廃止→失業者大量、記者クラブ解体→なぜ情報を隠避したかの周知と再建、できなかったら大本営運営状態の復活。
これに特別会計の全貌解明と廃止が含まれる。宗教の解体もだな。
 
単純に大衆の心情だけで言ったら、「こっちのほうが近い」でしょ?
すごい痛みだけど、まあ大手術に違いない。
大衆が、ちゃんと原因を理解して、こういう国家再建みたいなものを、「他人任せ」の心情ではなく当事者として実行できるのなら、俺はこれで膿を出し切るのさえ「あり」だと思うわけよ。早めの大手術だから。
 
でも、実際は「民主党がやってくれる」という「他人任せ」の感情でしかない。
 
大衆自身が自分達が考え、理解し、徹底させるなんて思いは、誰も持ってないわけ。
じゃないとうまく、再建なんてできるわけがないのに。
あくまでも「作り直して欲しい」=他人任せだからね。
 
だから、自分は対立論に「答え=大衆が知識をつける可能性」を求めた。
 
週刊誌みたいな「劇場を盛り上げるヤジを飛ばすためのマニュアル」や、ガス抜きの政治討論番組でもいいから、対立論で「劇の本質」、そのものに目を向けてもらおうと。
だから、憲法改正しようとしてるこいつらが何なのか、民主党の裏側とか、演出家=CIAとか、中央銀行や信用創造とかね。
劇の中の、ヤジの掛け合いに、これらを混ぜてやろうという話。
 
 
 
む、特別会計の話が、なぜか方法論の話に・・・。

まあ、言いたいのは、民主党が「マリオネット以外に見えるかい?」ということ。
つまり、シナリオのない劇にしようとがんばってる風に。
台本=外国人地方参政権だけでもわかるでしょ?
これを小沢が賛同してるかどうかは、今は置いておくけど。
 
特別会計というのは、この劇場の骨格であると思うのよ。
つまり、移動や手直しをすることが、おいそれと出来ない。
自民党が運び込んだ大道具、累積した国債と一緒で。
 
郵貯のロンダリングは、預金切り崩し時代が始まった事に対する対策=「ゆうちょという一般銀行化=信用創造の乗数化=マネーサプライの補填」と考えれば説明がつくけど。
預金準備率に適合させて、切り崩しに対するカンフル剤にするっていうね。
 
ただ、特別会計にメスと簡単に言うけど、これは黒髭危機一髪や、ブロック崩しのゲームと一緒で、ゲームオーバーへの布石みたいな効果しかないと思うんだけど・・・。
目的が、財務省を叩くとかだけでは、「危険すぎるゲーム」なわけで。TVでパチンコ税のことを言うような事と同じ事。
劇の骨格に関係してるから。
 
現状の打破は、日本の朝鮮支配の構図という間接統治の認識からであり、=パチンコという聖域や、マスコミの通名報道や朝鮮系宗教などなど。
「特別会計問題の解決は、アメリカからの独立から」でもある。
財務省の外国為替特別会計にも「黒字亡国=ドル建て米国債」が関係してるだろうからね。
 
 
これらができる可能性は、これからの対立の先にあると思ってる。
自民党崩壊で、自民党系の宗教のタブーが開放されたり、これから民主党が責任を押し付けるためにタブーを表で暴露したりとかね。
 
「する」ではなく、「させる」のが理想なわけだけど。
だから対立させて暴露合戦にしたいわけよ。もし、破綻するならなおさら。
例え、国家が破綻宣言しても、大衆が消えるわけではないし、その先にもちゃんと未来がある。
 
 
その時には、無理やり乗り込んだシナリオ外の登場人物が出てこれるんじゃないかという希望もね。
シナリオに無い人物=テロリストって呼ばれるんだけどね。今のままじゃ。

おっと、「よく言う巷のテロリスト=単なる演出=サクラの仕込み」とは、一緒にしないで欲しいぞ。
一番の始まりは、「目の前の社会が、大多数の演技の集合体で出来てる事」から知らなきゃならないわけ。その可能性は、すぐ先にある。
 
 
 
 

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22nd 3月 2010

妹の発行した国債【20100322】

 
 
 
やれやれ、手のかかる子である。
 
だいだいこんさん。
「対外債務でないから、日本の経済は安全」って思ってしまっておる。
 
 

◇ なぜ不況で借金大国の「日本円」が世界中の投資家に人気なのか
 
投稿者:だいだいこん 引用する New!
 
これでも、日本はまだ堅実な方だと思います。
国債を悪の枢軸みたいに思う人は、洗脳されているような気がします(以前の自分もそうだった)。
 
~略~
 
これは日本の借金の中身にある。日本の国債残高はずっと増え続けてきたものの、実は他国からの借金である「対外債務」はほとんどない。日本の国債は、その大部分を国内の金融機関向けに販売しており、自国通貨建てなのだ。海外への国債の販売は、わずか6.4%(2009年3月末)にすぎず、海外から一気に資金が引き上げられて債務不履行(デフォルト)になるという危険は低い。

~略~

引用終わり

日銀の低金利政策は支持できませんが、景気刺激策は大いにやってもらって結構だと考えます。今、景気をよくしておかなければ、逆説のようですが、本当に後からの国家収入が少なくなってしまいます。

まずはお金を本来のように、円滑に循環させるようにするのが好ましいことです。インフレを危惧する必要はありません。実体経済の規模と比べても、現在、相当なデフレに陥っています。つまり、街に出回るお金が少なすぎて、うまく市場経済が機能していないということです。

経世済民の意味を考えると、インフレをいつまでも恐れて国債買い取りを拒否している日銀を批判しないことはどこか矛盾しているような気がします。

誰の為に、景気対策をするのか。
何を狙って、国家破産を叫ぶのか。

それを、よく分析して本質を見抜く必要があります。
2010/03/18(Thu) 00:20:45 [ No.8737 ]

 
 
 
まあ簡単に説明しよう。俺の意見だが、「すんごい、間違っている。」
ただ、これから説明する事は、実はもう教えた事があることなんだよ。
で、考えて結論を出してくれ。
 
 
大事な事は、「主語は何か?」「形而上的な表現になってないか?」
はい、これだけですぞ。
そういうわけで、形而上的な「特定できない主語」ではいけないわけ。
本質を見失ってしまうのだ。
 
 
で、だ。主語が何を意味するかを考えて欲しい。
「対外債務ではないから、大丈夫!!!」
 
つまり、「対外債務」と「内債務」の違いって何?
ほら、自分で気づいたじゃん、「日本」というのも形而上的な表現の要素があると。
 
そそ、2重国籍のようになってしまってる人は日本人になるのかな?外国人になるのかな?(これは、極端な話だけどね)
 
そういうことで、自国通貨建ての「内債務」だから大丈夫!!!という論調があるが、内債務、「日本の企業や金融機関、日本人が背負ってる債務」なら大丈夫という理論以前に、どれが日本の企業ってなんなのよ?って話なわけである。
 
 
説明できるかい?
日本の企業(金融機関なども含む)と外資の明確なの違いを。

・コカコーラの日本法人は外資であるか?日本の企業であるか?
・保険会社のAIG系列は、外資であるか日本であるか。
・ゆうちょ銀行、新生銀行は、外資であるか、日本の企業か。
 
日本の企業=日本で法人登録されており、日本国に税金を納めている企業ってことになるよね。
とりあえず、この3つは「日本の企業である」ということ。
全部、外国資本=外資であるけど、外国の企業=外国の法人ではないわけね。
 
でもね、これらの企業は全て、海外に資金を送金したり、引き上げたりする事は全部出来るわけよ。
 
新生銀行の裏に米国投資ファンドのリップルウッドがいるように。
アメリカ本社のAIGのCDSのこと。それで身売りが決定されたけど、誰も買わない日本のAIG系の保険のようにね。
ゆうちょ銀行とゴールドマンサックスと中国の原発の話のようにね。

全部、外国資本へ、つまりコンビニが本社へフランチャイズ料を払うように、資金を引き上げる事が出来る。
 
 
あたりまえの話でしょ?
資金や資産の逃避でわかりづらいなら、損害の補填で考えればいい。

今、トヨタがアメリカに虐められて、被害を受けてるけど、現地法人の波及は日本にも来ているし、これを日本から補填してはいけないという法律なんてもんはない。
 
 
あたりまえである。
コカコーラの日本法人がアメリカの本社にシロップ代金を「適正な価格かどうか」=「適正な送金かどうか」なんて関係あると思う?
そういう送金以外は国が没収でもするのかい?

ありえないでしょ?
そんな規制がない限り、日本国内にある法人だから「資金が引き上げられる事はない」って、どういう理論で理屈ができてるんだろうね?
 
 
だから、内債務と対外債務の違いは、「日本に法人税を払ってる」ってだけ。
主語の違いはここなだけ。
だから、そういう意味で区別する意味はないと思う。
これは韓国財閥のロッテだって、日本法人だよ。
「資金を引き上げる」の主語にならないし、この部分の主語で使うなら、区別する必要はないわけよ。
 
 
主語がわかれば、要点がわかる。
だから、「内債務だから大丈夫」=「いざとなったら法人税で徴収してやる」から「デフォルト=債務不履行はない」って言ってるだけの話。
 
「同じ家に住んでるから、いつでも徴収できるでしょ?ちゃんと返すって!!!」
こう言って、妹が金をむしんしてきた。

その妹が、ずっと家にいる=引越しの敷金礼金にその金を使わないという保証はどこにもないという話だ。
 
むしろ、「どうやって返すか」のとこを「全く」というか頑なに「意図的に」言わないのは、日本という国も、最近になって夜のバイトを始めた、この妹もまったく同じなのである。

こいつ返す気ないだろ?って話だ。
 
 
崩壊した家庭と、妹に例えてみた。

このとおり、対外債務であるかどうかなんて、「いざとなったら法人税で徴収したる!!」ぐらいの話でしかない。
むしろ、日本の中の人、財務省やら経団連なども含めて、どっかの男に貢き続けた歴史があるわけだ。
むしろ、この妹は、実家を出るとかの話ではなく、兄名義での借金を勝手にして、いつ逃げてやろうかと考えてそうな勢いがあるわけ。ケケ中みたいな話だな。
 
こういう状況では、自国通貨建てであるかどうかなんて、為替という一手間かかるだけで、ストッパーにもならないと思うぞ。
大量の借金だけど、親戚から借りました、「なら安心!!」って、思えるか?程度の話である。
 
妹のことも含めて、おまえはどれだけお人好しなのかと。
 
 
 
ね、対外債務がなんなのか?っていう「主語を明確にする」だけでわかるわけ。
 
唯一、「対外債務ではないから大丈夫」と言える手法がある。
それは、デフォルトそのものを意味するんだけどね。
「法人税で徴収しちゃうぞ!!」=「全部チャラにしちゃうぞ!!」って進んだだけ、結局はデフォルトじゃん、みたいな話だが。
 
そそ、国債を売ることを禁止すればいい。って考えた場合の話ね。
債務が、国内(法人)だけで、売り買いが統制できるなら、それはできる。
その時点で、信用崩壊=新規国債は発行できなくなって、予算は立てられなくなるが。
もちろん、担保としての国債の価値も崩壊する。
 
 
しかし、こんな状態ではリフレも何も意味があったもんではない。
 
そのデフォルトで予算が立てられない時に、政府紙幣を登場すればいいという理論になるが、それでは、まったく意味がない。

紙幣=「日銀券」も、政府紙幣=紙幣も、そして国債も、同じ、単なる信用でしかないわけだから。
「今の国債」も、お金の一部なんだよ。だいだいこんさん。
 
 
あなたが問題視してる類の、お金=信用、そのものなんだって。

>まずはお金を本来のように、円滑に循環させるようにするのが
>好ましいことです。インフレを危惧する必要はありません。
 
そう、循環を生まないお金=国債なんだよ。
一緒。お金を刷り過ぎれば「最終的に」インフレになる。国債を発行し続ければ、「最終的に」長期金利がクラウディングアウトで跳ね上がる。
 
 
お金=国債
 
だから、おれは「どうやって返すか」を言わない、新規国債発行を問題視してるわけ。
それは、だいだいこんさんが、「循環しないお金を問題視したのと同じ理由」でね。そう、同じなんだよ。
国債自体が、新たな「循環しないお金を製造」してるのと同じことなんだから。
よって、別に意図的に「国家破綻を煽って楽しんでる」わけではないぞ。
だって、もう破綻してるし。
 
じゃあ、なんで破綻の原因=返せない信用過多=国債=循環しないお金を発行しつづけたかってことになるよね。
 
それは、そのほうが儲かる人たちがいて、その人たちがプログラムを作ってここまで導いたんだよ。
発行しつづけた信用というの物が破綻するというは「最終的な帰結」であって、歴史は全てそのとおりなわけ。バブルもね。
しかし、この最終的帰結までのタイムラグで搾取する方法がある。
 
 
インフレを抑制するには内需を殺せ?庶民を苦しめることで成り立つ

非生産的信用創造と失われた10年【20080404】
http://www.mkmogura.com/blog/
2008/04/04/60

 
国債でなくお金で考えれば、この理由はすぐわかる。
お金を発行してもインフレを抑制する、あるいはデフレにする手法がある。
大金持ちに使わないお金を発行しても、インフレにはならない。
同時に、大衆を苦しめれば、資金が市場から引き上げられるのと同じで=逆にデフレになるわけ。つまり、お金をすっても、インフレにならない。
 
だから、循環しないお金=国債を発行しつづけて、格差を「意図的に」作ってきたわけ。特に財務省がな。
同じことで、財務省が「財政が苦しい=増税」=デフレ誘導は機能としては同じなわけね。
これも既に破綻してるのに「苦しい」では本質を見失った単なる搾取の手法です。
こういう手法と、俺が言ってる事とは、全然違うからね。
 
 
 
もう一つの疑問として、じゃあ、何で破綻してるのに国債が消化できるか?って疑問があるよね。
 
 
それは「借金本位制」だから。これも過去記事で説明したけど。
 
国内の金融機関が国債を買うお金は、信用想像の乗数的プロセスで生まれた「無から作ったお金」である。
巷で言うように、「金余り状態だから」なんてもんではない。
預金準備率にあわせて無から作ったわけだからね。
そのベースマネーが、国債なわけだよ。国債からお金が生めるから、そりゃあたりまえだよね。
ここも、過去記事あされ。ここらへんあたりから。
 
経済という森を見るには政治が必要【20080909】
http://www.mkmogura.com/blog/2008/09/09/137
 
経済ネタ一時まとめ【20080407】
http://www.mkmogura.com/blog/2008/04/07/63
 
 
世界の円の地位が維持されてるは、ロスチャイルドルールの中での話ってだけなんだってこと。
まあ破綻してるといえる債務残高自体が、ロスチャからつけられた鎖であるわけだが。
 
 
さて、ではまとめ。
 
>誰の為に、景気対策をするのか。
>何を狙って、国家破産を叫ぶのか。

>それを、よく分析して本質を見抜く必要があります。
 
 
ほい、まず箇条書きにしよっか?
・対外債務ではないということは、なんの意味もないこと。
・結局の所「どうやって借金を返すか」を、誰も言わない事。
・それなのに、借金の目処がたたない=「穴のあいたバケツのままで」増税を誘導してる奴らがいること。
 
これって、全部「仕組まれた状態じゃね?」てことね。極論すると。
で、導き出される結果が「既にどうしようもない」ということ。
 
 
すごい極論に聞こえるよね。
 
よって、俺の理論は他の読者でも信じない人が多い。
財務省が「死ぬ死ぬ詐欺」やってるから、それと俺の理論が、区別がつかなくなってるのかな?
財務省は、死んでる患者を使って「手術代金が必要です」という詐欺をやってるだけ。
俺は「既に死んでいる」と他意も悪意もなく、現状を説明してるだけ。
クスリ「財政再建」も、国債発行の継続「延命治療」も、「政府紙幣や無利子国債、日銀買取」=詐欺治療、死んでるシステムである以上、これでは効果がないと。
 
だから、だいだいこんさんが、信じようと信じまいとそれは、もちろん自由である。
 
 
ただ・・・、それ以前にさ。

外資だらけの日本で「対外債務ではないから、海外から資金が一気に引き上げることはない」って、おかしくね?って話である。
主語の「対外債務がなんであるか?」とか国債に限らず、「引き上げなし=外資による海外への吸い上げをなくす規制」という魔法の規制みたいなもんが今の日本にあるのか?ということから疑うほうが、本質だと俺は思うわけよ。
 
 
ま、「ドーマーの定理」という高校生の数学にも間違ってる事を、2ちゃん含め、多くの人が吹聴してる工作員の存在自体が、俺に「これは極論ではない」と状態を教えてくれてるんだけどね。
 
 
ドーマーの定理まとめ【20080815】
http://www.mkmogura.com/blog/2008/08/15/126
 
「どうやって借金を返すか」を言わないような妹は自分にはいませんし、そんな妹にはお金を貸しません。
それ以前に、「いくらまでの借金なら大丈夫か?」さえ、わかんないで借金をしてることになりますから。
ドーマー定理については、そういうことです。それを隠すってどういうことなんでしょうね?
 
 
長くなったが、自分としての考えの結論を。
 
自分は、500兆ぐらいが、国体を維持できる借金=信用の限界値だったと考えています。
まあ、借金を返す目処はないし、永遠に目処がつくことはないでしょう。
国債を発行してリフレとか、増税とかを言う段階では既になく、借金システムの崩壊である国家破綻宣言と新システムの構築を同時にやるべきだと考えています。
 
2012年度末には、日本の経済の死臭は、誰でもわかる状態になると自分は考えています。
 
 
 
 

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5th 3月 2010

形而上的な机上のカツ丼【20100305】

 
 
 
微妙に前回の続きである。

さて、だいだいこんさんに一番わかりやすい説明でするか。
 

つかみどころのない形而上の存在にすぎない“国家”なるカタチを、戦争の真犯人呼ばわりしてどうする。世間には実益にめざといもっと、利口な生き物たちが隠れている。私益を国益だと人々に思い込ませることに長(た)けたそうした生き者たちこそが、戦争の真犯人なのだ

以上、高橋五郎氏「ヒロシマ原爆と天皇の金塊」より

 
そそ、。形而上(けいじじょう)=「抽象的なもの。無形」という意味。
これは政府紙幣というものでも同じ。
 
 
それは「政府」この単語も、それだけでは、形而上の存在。=何を指すかわからないからね。
 
 
日本のロン・ポール【20080713】
http://www.mkmogura.com/blog/2008/07/13/108
 
そういうこと、形而上的表現ではなく、通貨発行権を「誰が」「どういう権限で」「管理するか?」と具体的に考えた場合、「政府」=特定できない=無形な抽象的なものでしかないわけ。
 
この「形而上的表現」という錯覚というか詭弁は、現代人は常に騙されてる存在なわけ。
 
例えば「暴力団員(ヤクザ)」という表現もね。
ある人が言いました。「あらゆるヤクザを監視する社会にしましょう!!」と。
ちょいまて、「ヤクザの判定は誰がやるの?」ということである。問い合わせればわかるのかと。
 
その境界線は、反共カルトの延長線上の政府機関が「勝手に暴力団員」と認定してるだけであるわけで。
だから、ヤクザ監視法なんて作ったら、右翼による弾圧、不敬罪の復活になるわけ。
俺にいわせれば、どっかの都知事も、パチンコ賭博利権を守る警察も、東京地検特捜部も、立派な暴力団である。
 
警察によくある「暴力団を追放しよう!」みたいなスローガンは、「一般市民を必要なら暴力団認定して追放できるんだぞ!」というのと、「暴力団は、自分達=警察の管理下である」という宣戦布告と勝利宣言の混ざった物である。
 
賭博管理して、みかじめ料=天下りする、立派なヤクザである。
 
 
おっと、脱線しかけた。
 
この形而上的表現を入れるだけで、意味は全然変わってしまう。
政府紙幣で具体的に説明しよう。
 
 
反ロスチャイルド同盟→みんなの党(清和会別働隊)支持=自民党なわけで。
 
彼らの「政府が自主権限において発行できる紙幣」の主張、この主語「政府が」は、「自民党に」と、置き換えることができるわけ。
 
逆に、コシミズが政府紙幣賛同ならば、「今の政府」だから、民主党に置き換えることができる。
特定がない場合、三権分立の中の行政権、つまり与党が通貨発行権を管理するということになるだろうからね。
 
 
だから「政府紙幣を発行しよう」を昔から行って来た奴に、俺は「自民党に通貨発行権を与えようというキチガイ!!」と称して来たわけ。
この反ロスチャイルド同盟、リチャード・コシミズ、それぞれの政府紙幣推進論は、立場の違う、自民党と民主党、つまりは、それぞれのロビー活動に過ぎないのである。
このように、「誰が」を、ちゃんと読み取りましょうということ。

まあ、つまり、統一教会系=反ロスにとって、政府紙幣は、もうどうでもいいです、はい。
少なくとも、以前と同じ、政府=今の民主党を意味する場合で政府紙幣を実現するようなことは考えではないわけですよと。
これはロン・ポールも同じですよ。
 
 
ちゃんと主語を「形而上的表現」でとどまらず、具体的に特定できる「明確な主語」で説明できなきゃいけないわけ。

例えば、「中央銀行総裁を国民選挙で選ぶとする」=「そいつ」が通貨発行権を管理する。こうなると、「明確な主語」だよね。
選んだそいつ=公的機関の長=政府紙幣なら、これも政府紙幣になる。
まあ、日銀も間接的にだが、政府機関から任命されてるだけで、何も変わらないんだけど。

まあ、選挙なんかで中央銀行総裁を選んだら、結果は「池田大作が選ばれる」だろうけどな。日本の場合では。だから何も変わらない。
 
政府紙幣以前に、日銀の長を国会に招致して、「通貨発行権についての質問攻め」は以前の自民党、そして今の民主党もできるわけで、それをしなかったし、しないのに、「ただ政府紙幣を実現しよう」では、なんの意味も無いって事です。
 
とくに、反ロスチャイルド同盟なんかは、清和会本流を支持するような行為をやってるわけで、ちゃんちゃらおかしくってヘソで茶が沸きます。
 
できることを「あえて」やらず、「できる可能性が薄いこと」のために、「ポーズ」だけをとる。これも詭弁みたいなものだよね。
特定できない「形而上の主語」と、「ポーズだけの行動」。似たようなもんだ。
 
まあ、中央銀行とフリーメーソンの関係も言及できないリチャード・コシミズが政府紙幣というのも、これまたお笑いネタとしか思えないのだが。
 
まあ、説明はこれぐらいにしよう。
自分の「通貨発行権の権限」については、特定の誰か=権力者ではなく、大衆に返すべきだと思っております。
 
>なら、通貨発行を「大衆の数に依存させる」という、頭数だけの
>「通貨発行を許す」というシステム、独裁がダメなら、一人一人に
>平等な通貨発行権の分散というのを俺は提唱したわけだけど。
 
 
 
さて、読者の方には自分のブログでの主張なども「形而上的表現」=詭弁になってないか注意して欲しいし、実際になってたら、コメで指摘してね、と思ってる。
これは、それほど難しい話だからね。
 
例えば、「ユダヤ」という単語だってそう。
シオニスト=ユダヤだけで考えた場合、わけわからないでしょ?
本来のユダヤは有色ユダヤ=セム系であるわけです。
現在のシオニストという意味では、昔のシオンの丘に戻ろう=昔からのユダヤ教という意味では違ってきている。
今のシオニスト=イスラエルも、アシュケナジーが中心だし。
Zion=Z(最終到達点)+ion(時代)なわけで、終末論の黙示録、キリスト教原理主義とリンクするアシュケナジーユダヤ(ハザール人の改宗=本来のユダヤ教じゃない)=白人、これがシオニストになってしまっている。
 
本来の有色ユダヤに派閥されるほう(ロスチャのニムロデの子孫発言)と、単なる白人偽改宗ユダヤ(悪い表現だけど、わかりやすくこう表現する)を、明確に区別しなきゃならないということ。
 
ユダヤという同じ枠では判断が出来ない=特定できない=形而上的表現になる。
これなわけだからね。
 
同じ事でフリーメーソンも、米英系メソとグラントリアン系メソでは全然違うから、「主語」は誰か?で情報も判断しなきゃならないということ。
フリーメーソンってだけでは、主語になりえない。

だからメソで、この区分け、ユダヤでこの区分け(最低でもハザール改宗についての知識)がないと、何の意味もない情報になると言ってきたわけ。
 
 
主語は何か?、形而上的な「特定できない何か?」になってないか、常に情報を仕入れるときは注意してくださいな。
 
 
だいだいこんさんには宿題ね。
・ハザール人のユダヤ教への改宗→ユダヤ人とは何か?
これぐらいは、俺の過去記事あたりからでもいいから探してみて。
その後、陰謀のガイドラインの見直してもらえば、ロスチャとロックの区分けが、ちゃんと見えると思う。以前、形而上的になっちゃってたし、リチャード・コシミズ程度とかで突っかかる事はなくなるから。
 
 
 

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