グリコ森永事件と重い日航機123便【20091229】
あ~、前回、前々回の記事で、グリ森事件について、ちょっと言及しすぎてしまった。
正直、俺は、グリコ森永事件と、その関係者、ハウス社長が巻き込まれた日航機123便の墜落はセットであると考えている。
自分のブログの中で「日航123便」なんて単語で探しても記事は、出てこない。
結局の所「日航機の墜落が人為的かどうか?」なんて、単なる推測でしかなく、それは確かめられる事ではないのだ。
そして、これを推測だけで説明するのは「重すぎる」行為だと自覚してるからだ。
ここらへんの記事は、「犠牲者に対して不謹慎」とか、「憶測で言ってはいけない領域」であるとか、何より「それでも重すぎる」という読者からの指摘もあると思う。
自分も、それはわかっているから、今まで書かなかったし、避けてきた。というか、書けなかった。
あの、「ドーンと行こうや」という、フライトレコーダーの音声を聞いて、怖いのと悔しいので、グチャグチャになって眠れない夜があった。
「重すぎる・・・。」
だから、俺のプロフィールにも書いてあるが、記事として、日航機はもちろん、「グリコ・森永事件」も、ちゃんと扱った事は、無かったのである。
ただ今回、俺が書くのはあくまでも、グリ森についてでだ。
あのグリ森事件が「日航機墜落のような事件」を必要としていたというのは、純然たる事実と自分は考えている。そこを説明する。
結局のところ、日航機が墜落かは「わからない」。
しかし、「別の事件」が「日航機のような事件を必要としていたかどうか」という状態が、もしあれば、それは明確に判断できる事象である。
あくまでも、その状態であったか?どうか?を考えて欲しい。
グリ森から、それを手繰っていくのである。
1977年 青酸コーラ事件 ※1
1977年 青酸チョコ事件(東京駅グリコ)オゴレルニホンジン ※2
1978年 脅迫テープ(グリコ)食中毒の誤診訂正 ※3
1984年 グリコ社長誘拐 グリコ森永事件へ ↓ ※4
グリ森までの全体の流れとしてこんな感じだ。
※1から※2へ 青酸チョコ事件の時に青酸コーラで自殺
※2から※3へ 食中毒という誤診の訂正 警察が動いた証拠、
※3から※4へ 同じグリコ。※4で拘束がゆるかった=顔見知り説。
※2から※4へ 韓国企業のシェア拡大、「劇場型犯罪」
↑ そして過去の「青酸チョコや脅迫テープという事件との関連性をマスコミがスルー」という記者クラブの規制。
丸大ハムや、ハウスも巻き込まれてるのに、この間の豚インフルから新型インフルと、記者クラブで呼び名を統一したように、いまだに「グリコ森永事件」だということ。
そして、最後に少々お茶を濁す形で、まるで「形上の被害者」にはなったが、どっかの韓国製菓財閥が、著しくシェア上げたこと。
それは※で説明した、これらの事件は「繋がっている」いう系譜、「オゴレルニホンジンニテンチュウヲクダス」という簡単な帰結である。
今日の記事だけで流れが見えない人は、これ以上追いかけるな。
で、流れが見えたかな?
ソースは、前々回の記事あたりだけで十分だが、簡単な話だ。
あれだけ「劇場型犯罪」でもりあげたのに、こんな「簡単な憶測」さえ、出てこないのである。
なぜ、バレンタインではないのか?犯人と顔見知り説、「一人で逃げたもん」、その社長が、「みざる、聞かざる、しゃべらざる」をやってる理由を、誰が、明確に説明できるというのか?
言論の自由がない社会で、「劇場型犯罪をマスコミの協力なしで実行できる」なんて、どうやってやるんだい?!!!ちゃんとした言論社会なら、911自作自演なんて、とっくに解明されているわい!
結論から先になって言うが、あの劇場型犯罪であるグリ森事件の幕引きに「恐怖のサイズ」「みせしめ」「脅し」「戦争でいう原爆級のインパクト」が必要だった事態が透けて見えてくるのである。
くり返す、俺が言いたいのは、グリ森事件が「日航機墜落のような事件」を必要としていたという純然たる事実だけだ。
表面上、グリ森事件は、被害者は出ていないという論調である。
しいて言うなら、自殺した滋賀県警察本部長のみ。それを直接的な被害者として扱わず、グリ森犯人=知能犯として賛美するみたいなのも、マスコミには混じっている。
しかし、グリコ森永事件を、この関連した事件として続いていると考えると、複数以上の被害者が出ている。
青酸コーラの被害者、2名から、青酸コーラで自殺(未遂・のち自殺)した犯人まで。
まあ、少ない事に間違いはないね。
ここが重要なんだが、被害者が少ないのに、秘密厳守が徹底されている。
社会的に地位のあるグリコ社長の黙秘の理由。
食品企業の経営者が、企業脅迫というものに屈しなきゃならない背景。
社長を風呂場から拉致しても、単独犯か複数犯か判明してない「不思議の国」の警察。
脅迫者ののぞむままに、盛り上げ、そして「青酸チョコ」さえも、報道規制したマスコミ。
複数以上の人命の被害、一流企業への圧力、この「明らかな共犯者」ども。
韓国、KCIA、マスコミ、記者クラブ、この構図を知ってる人間から見れば、「事件の終幕と共に、みせしめが必要だった」という結論以外が出てこないのだ。
この共犯者、警察、記者クラブなどの一部が、目の前の金銭などの欲望から、「暴露する側」に回った場合、この「やりすぎた劇場型犯罪」は、リアリティを持って、核心を露呈するはずである。
例えば、多くの社員の生活を守り、習慣的な企業脅迫などには絶対に応じたくなかったはずの、グリコの社長の一言でもね。
なのに、すごい抑止力だ。
ま、これも、推測なんだけどね。
でもね、推測ではなく確信を持って言えることがある。
「ある事件と対比することでわかりやすくなる。」真理が、結論を導く。
現在、確信を持って、「火災での鉄の強度低下なんて考えられない以上、911は自作自演である」ということは言及できる。
そう、この構図、「みせしめが必要だった」というのは、911自作自演も同じである。
あの事件も、だから劇場型となり、飛行機で突っ込む&多数の死者で、「そこで初めて、口止めという抑止力がうまれるということ」なわけ。
多くの人が死んだから、今でも公式見解は、「自作自演ではない」ということになってるのだ。
あの911を、「遠い国で飛行機が、誰かの意図でビルに突っ込んだ」という、「あやふやな感覚」だけを持っている状態に、あなたが、もしいるのなら今すぐ修正すべき意識だ。
このアメリカの従属国である日本で「同様の事が過去に起きた可能性はあるか?」という単純な話を考えるんだよ。そして対比すれば見えてくる。
これを考える行為を放棄しちゃいけないし、簡単に「日本で、それはないよ」とも、答えられる話ではないのは、わかっていただけるだろう。
だから、重すぎるだろうと、不謹慎だろうと、俺は、グリコ森永事件と日航機の墜落をセットで考えられずにはいられない、と言ってるわけ。
D・ロックフェラー系の衰退とリンクしてるかのように「日航機123便の墜落の真相!!」なんて陰謀論が、週刊誌やネットで波紋を起こし伝播する。
こんな単なる交渉材料のような中身のない陰謀論を終わらせ、日本という従奴患者に処方箋を与えることが、追悼者に捧げる本当の冥福であることを思って、祈らずに実行する。
911、日航機、これは同じ事である。
1985年、8月11日のグリコ森永事件の犯人からの終息宣言をうけて、ハウス食品の浦上郁夫社長は、このことを前社長の墓前に報告しようと、大阪へ飛行機で向かいました。
それが、日本航空123便。御巣鷹山に墜落、520人が死亡し、グリ森事件で脅迫された企業であるハウス食品社長が、この飛行機で亡くなったわけです。
グリコの社長は、どう思ったんでしょうかね?
最近、記事が長くなっちゃうな。簡単に書いてるのに。
俺が言いたいのは、「911自作自演の秘密が守られているのは、多くの人が亡くなったから」という単純な理由があるという純然たる事実である。
それは、グリ森とは言わないが、「被害者のいない、もしくは少ない、劇場型犯罪」が、もし「警察、マスコミ、犯人の共同での自作自演」で行われたら、秘密厳守の抑止力が弱いだろうという「真理」である。
まるで、グリ森の足りない要素を補完するかのように、あの時、マスコミは123便の被害者の被害者名簿を載せ、ちぎれた人達の写真を週刊誌などで掲載しつづけたのである。
当時の首相は中曽根だったな。
秘密は「重すぎる」から守られる。確信を込めて言おう。
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