虚空と君のあいだに

東の国より その2【20081213】

13th 12 月 2008

東の国より その2【20081213】

 
 
さて、16世紀は「フッガーの時代」と呼ばれますが、そのフッガーも世紀後半の植民地と海外貿易の開拓により、権力が衰退していってしまいます。
銀や銅を独占できなかったためにね。ペルーの銀。

それでも選帝侯を中心とする貴族と宗教ピラミッドは銀行家という駒は替われど続くわけです。
 
 
英仏の100年戦争という紛争から、新旧の宗教対立、大航海時代の混在して続くわけなんですか、正直まだ調べてないです。

これから先の調査の前に整理しておかなければならないことがあります。
必要な要素を★マークで書いておきます。うぉ、バフォメット!

くりかえしますが、分析ではないからね。感想です。間違ってるのが今までで一番あるかもしれないので、指摘してくれると助かります。
 
 
まず、フリーメーソンは18世紀初頭、イルミナティは1776年5月1に作られたと考えられていますが、これは明らかな間違いです。
選帝侯というものの存在がそれを証明してますし、秘密結社であったのは、ローマと神聖ローマ帝国の設立であるときから、存在していたと思うわけです。というか騎士団自体は存在してるわけですからね。

外からキリスト教→ユダヤ教→よくわからんゾロアスター教やグノーシスっぽいの。このようにカルトの多重円の構造が当時から出来ていたわけですから。
そもそも秘密結社が新装オープンというビラを配って、それが設立した年というのは、ちゃんちゃらおかしいわけですが。

根拠あたりをちょこっと。
ローゼンクロイツ(1378~1485)の友愛団結成や著作『世界の車輪(ロータエ=ムンディ)』があり、錬金術や『Mの書』なんて単語も出てきます。ロータリークラブやM資金みたいだね。
先ほどのヤコブ・フッガーは偽善団体の顔を持ってたりします。メーソン賛美音楽家のモーツアルトの祖父は、フッガーの援助施設の出身です。

★1 宗教対立や科学検証という中で、選帝侯お抱えの秘密結社というイルミナティの起源がどう形成されていくかの過程を検証する必要があります。現在と繋がる要素も。
 
 
★2 宗教の新旧の争い、つまりローマカトリックとプロテスタントの違い。

これは思ったより難しい事象です。自分も今までプロテスタントは反カトリックというだけで考えていました。
ところがどっこい、ローマカトリックというカルトの最外円に対して切り崩していくプロテスタントというツールですので、ルターの免罪符の批判とかではなく、そのもっと奥にあるもので判断する必要があります。今まで見てたのは外円だけであって、その内円でプロテスタントには「ローマカトリックというローマが作った嘘」に対して単なる宗教的なアンチテーゼではなく、もっと明確な攻撃の意図があると思うんです。
一つあげるなら、これはローマというメソポタミア起源やエジプトなどやセム系などの有色人種への排除思想であり、これはプロテスタントの中に見え隠れします。
その結果として新大陸(笑)というアメリカでWASPという形を形成するのはある意味必然だったような気がしています。単なる奴隷システムの効果ってだけじゃなくてね。
 
 
大航海時代とはなんなのか?教科書をひらいた途端「香辛料のためじゃねーだろ」と思った俺でも明確な答えは見つけていませんでした。
コロンブス、バスコダガマを含めて大航海に「インドに固執している」という事実があります。
なぜインドなのか?と思いました。自分は聖地巡礼のためにオスマントルコが地中海南部を支配したから逆から海路経由で行くため、大航海があったのかな?と考えていましたが。でもそれならインドである必要はないわけで。
どうやら、もう少し突き詰める必要がありそうです。

最初にインドの航海を計画したのは俺が知ってる限りでは
1290年のイタリアのジュノヴァ人であるヴィヴァルディ兄弟です。
1290年これはいつかというと、イングランドでユダヤ人追放があった年です。関係あるんでしょうかね?インド、それはユダヤの生き残りミズラヒがいるからでしょうか。
まあ調べてわかったらまた書きます。
この大航海時代を調べるとともに、金銀銅などの当時の通貨の鉱物なんかについて。あともちろん、奴隷売買について、どの国、というかどの選帝侯つながりでどう盛衰があったかを調べる必要があると思っています。難しいですけど。

★3 大航海時代の商品と勢力について。
 
 
感想ついでに書いておこう。
自分はイングランドで生まれた正規のメーソン=異端だと思っています。
正統というのはスコティッシュやグラントリアンのほうだと考えています。

メーソンの起源を考える場合、ユリの花を思い浮かべます。
「Mの書」なんて言葉が出てきましたが、フリーメイスンのMにはMasonという石工の頭文字以上の意味があると現在は考えています。
ユリの花、これはメロ・ヴィング王家のマーク(これはMを表していると言われている)であるし、ヤーコブ・フッガーの家紋もそうです。
さらに言うなら、フランスの王家もユリです。
ダ・ヴィンチコードに出てくるシオン(シオンの丘)修道会という、どう考えてもユダヤなのにキリスト教っぽい団体のマークも百合になってましたね。
メロヴィングの紋章フルール・ド・リスと同じ流れをフランスやフッガーは受けているからユリであっても何もおかしくないわけですが。
 
 
でもそれだけじゃないと思うので追記。
フランスは、テンプル騎士団という「ザクセンドイツ連合の手先」を追い出したという経緯があるんですが、サクセンの戦ったメロビングの租クロヴィスがフランスの教会で洗礼をうけたからかもしれませんが、やたら王の聖性にこだわった一面があります。
のちのナポレオンでさえ、ノートルダム(マリアという意味)大聖堂で皇帝になりました。
なぜ、フランスはここまでカトリックにこだわったんでしょうかね?
フランスはユグノー戦争などでも旧教を維持しようとし続けました。
ここらへんは、グラントリアンの誕生時期のことや、カトリックに隠された本当の目的、プロテスタントの本当のアンチテーゼ、そして米英系とフランスメソの違いがはっきり理解できれば、たぶん見えてくると思います。

もちろん、王家の流れも整理しなきゃならないわけですが。アンリ4世が殺されていなければ、また別の結果になっていたかもしれませんけど。
そもそもイングランドとアンジュー帝国からの繋がりでフランスは関係があったのに英仏の100年戦争になるのもよくわかりませんし。
相続問題以上の損害を出してやる戦争なんですかね?
ここらへんがわかって、初めてフランス革命がわかると思います。マリーアントワネットのために作り上げられた嘘とか。
「パンがなければケーキを食べればいいじゃない。」ハプスブルグという女スパイの継承者、マリア・テレジアの娘がここまで馬鹿なわけなかろう。
ちなみにマリー・アントワネットやルイ16世が幽閉された塔は「テンプル塔」と言うそうです。
だいたい、王家の浪費だけで国が傾くか?
教科書に載ってる江戸時代の間違った概念「質素倹約」と一緒で、信用創造の本質を理解していれば、これも間違っていることがわかる。
当時の王家の公共事業は江戸時代の参勤交代みたいなもんだろ。お金使って経済を回そうとする。そのために公共事業を追加したのでは?という推測もしないで、王が馬鹿→国傾くで無理やりねじ伏せようとしてる感があります。
ま、嘘は真実よりも多くを語るわけですが。読みきれるようにならないと。
 
あと、フランスというと18世紀の最初にジョン・ローという金細工職人の息子でスコットランド出身の銀行家になりそこねた賭博家が財政難に苦しむフランスのルイ15世と結託して、金属通貨から紙幣という銀行券にシステムを変えてバブルをおこしてみせるというのも理解できると思います。
この理解とは、単なる「起きた」ではなく、なぜ財政難だったか、さらにはマネーサプライを増長する選択肢がなかった→例えば銅銀などが輸入できない状況だったとか、諸外国との関係、そういうのが整理できて、はじめて理解に変わると思うんです。
 
ま、この経済自体を大混乱させた結果、フランス革命に繋がり、「フランスは農業でもやってろ」とドイツ支配者談合の中で言われたような気がするけど。
メーソンの起源であるドイツのザクセン連合を理解するのにフランスはかなりいい呼び水になりそうな気がします。
 
 
あとはイングランド含むイギリスですかね。
知ってのとおり、スットコメーソンと正規のメーソンは対立があります。
1300年ごろから、スッコットランド経由でイングランドは侵略されていったわけです。

今、米英系とスットコ&グラントリアン系の対立があるわけですが、イギリスのプロテスタントの発祥は、少し複雑で、ルターを批判するほど熱心なカトリックのヘンリー8世が乱交しまくった結果、離婚というカトリックの大罪をおかしたので、ローマ教皇と断絶するために英国国教会というのを作ったところから始まります。その名もアングリカンチャーチ。1549年。

30年戦争やブラッディメアリーというプロテスタント弾圧なんかを経過するうえで、エリザベス1世がプロテスタントへとイングランドを導きました。
このイギリスの血が濃いエリザベスは異例で、(祖父母の8人のうちイングランド系6人+ウェールス、アイルランド)という英王国室でも特異な存在です。
エリザベス1世は、45年にわたる長期において在位していましたが、生涯独身で過ごしました。
このローマ教皇に「不義によって生まれた私生児」と呼ばれたエリザベスはスコッティッシュであるカトリック親族のメアリーを処刑したほどです。
この処女王と言われた彼女の意思は「結婚することはスコットランドの血を受け入れるということになるのでしたくない」というのを死ぬまで通したという意味です。
これはスットコのイングランド侵略を意味しており、エリザベス1世の当時の海軍はスコットランド、アイルランドを中心とするなど、侵略されていた状況は揃ってるわけで。

で結局、長期のエリザベスの後に、つまり死去後、結局スコットランド王家からジェームス1世を招きいれることになるんですけどね。1603年です。エリザベスが処刑したメアリの息子です。
彼は騎士を600人に増強し、ガーター騎士団に外国人を任命し、国教会創設で没収されていた「シティ自治区」の「聖堂塔要塞」を返還します。
それと同時にフランシス・ベイコンなどを使いスコットランドとイングランドの宥和政策へと舵を切ります。
ここらへんをちゃんと理解してる人は、イングランド、イギリス、シティの王と使い分けれるんでしょうね。

この流れでわかるとおり、ジョージ1世は議会のプロテスタント同盟を無視してカトリック援助とかするわけです。本流系の人です。

その後、ヴィクトリアの時代にザクセン系、つまりドイツの血が入るわけですが、ドイツと戦争中にウィンザー家と名前を替えて今に至ります。
結局、プロテスタントというものだけが、一生、股を開かなかった女王の意思で残ったんですね。
 
そのドイツの血という本流を受け継いでいるはずの現在の英国王、しかしエリザベスという名を持つ女王の息子、フィリップが世界の秘密結社の最重要人物とされ、さらにはダイアナが殺されたわけです。
 
 
大統領制のアメリカはともかく、日英という米英メーソンが強い(日本の自民党、厚生省、青ロッジ、ロック系)この2つの国は、どっかの息子入れ替え事件が合ったんでしょ?
で日本は女系がとか騒ぐわけです。ザクゼンとでも結婚させるんですかね?
血縁社会を支持する馬鹿どもよ。ちっとは現実を見ろよといいたいとこですが。
400年以上前からの流れを明確に意識せずにはいられないです。
 
 
そのエリザベス1世とかの100年後です。メーソンができたとされるのは。ね、正規メーソンという言葉がいかに無意味かわかってきたでしょ?
どっちも、お馬鹿っちょですが。
俺は、両足浸かってるくせに能書き垂れるカトリックとかのキリスト系陰謀論者ほど甘くねーぞ。
 
 
 
あとはオランダ、ベルギーのベネルスクあたりですかね。調べるのは。
オラニエ公の動きとか。そうなると現在の、このオレンジの血を引くポジションもわかってきてさらに分析できそうだし。
注意するのは。今まで蘭学=朱子学かな?と思っていましたが、蘭学=メーソン学だろういう意見に自分は賛同したいと思います。
なぜオランダだけ鎖国時代に許されたのかぐらいはすぐわかりそうな気がします。

そこが欧州の流れが整理できて、ここらへんが理解できれば薩長、その他、明治維新まで完全に理解できそうな気がします。
ドイツの本流の血、それはカトリックのマリア信仰とイシス信仰は同義であり、女系の血流がある。それを模したのがユダヤ社会。それはキリストが存在しない以上、マグダラのマリアではない何かであろう。
帝国御用達の銀行家ロスチャイルドはこっち。
カルトの多重円の中で対立するロックフェラーはフランスからきてイギリスのここらへんの本流ではない流れを受けているほうなんだろうなと。
 
有色人種、親戚みたいなセム系を排除するロック系に参加してる日本人ってほんと何考えてるんだろ?
 
 
 
騎士団とかも調べないとね。以下メモ代わり。調べたいこと。
ただ単に単語を並べてみる。時代の順番めちゃくちゃ。

金羊毛騎士団 キリスト騎士団 病院騎士団 ドイツ騎士団 友愛団の名声 三つの地球 ザクセン聖堂騎士団 プロシア聖堂騎士団 選良司祭団 百科全書派ロッジ 薔薇十字友愛団 カトリック連合 新アトランティス ヤフェト

キリスト教とギリシアローマの思想を調和しようとしたエラスムスと、その頃の印刷会社。
バスク人の兵士であったがイエスズ会を作った、ろくに教養のないイグナティウス・デ・ロヨラ。
カルメル会と霊的信仰

フッガーとスペインあたりからも追いかけないとな~。
ルター、カルヴァンの支持者とかも整理しないといけないし。
カルバンとパリサイ派ユダヤの関係とかも。
 
 
というか、世にいる歴史学者はメソとかの話ほったらかしで何を調べてんでしょう?

読者の方、お暇ならネットを余りできない俺の変わりに調べて感想聞かせてね。

おまけ
Sachsen=ザクセンで、英語読みは「サクス」もしくは「サックス」です。
Goldman Sachs ゴールドマンサックスはドイツ出身のマーカス・ゴールドマンによって1869年に設立されました。
 
 

416 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2008/12/13(土) 08:29:41
米史上最大の「ねずみ講」発覚=ナスダック元会長、4兆5000億円詐欺
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2008121300065

【ニューヨーク12日時事】
ウォール街(米金融街)の重鎮として知られるバーナード・メードフ氏(70)が

、ねずみ講に似た手口で投資家から資金を集め
少なくとも500億ドル(約4兆5000億円)の損失を与えたとして連邦捜査局

(FBI)に12日までに逮捕された。
米メディアによると、米史上で最大規模の詐欺事件といい、市場関係者の間でも動

揺が広がっている。

 

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12th 12 月 2008

東の国より【20081212】

よくわかる世界史。

でも実は分析ではないです。単なる感想です。間違ってるのが今までで一番あるかもしれないので、指摘してくれると助かります。
ドラクエのロトを指摘してくれた人、バフォメットの山羊をとかも、皆さんありがとうございます。
聖書も悪魔崇拝も苦手なので後回し・・・・ごめんなさい。
 
 
さて、フリーメーソン、イルミナティという単語の意味をかじってるだけで、世界史の意味は変わる。
世界史とは宗教の歴史であり、3000年近い歴史がそのまま現在にも反映されている事実があるわけだ。
でも実際は、宗教という毛皮をかぶったフリーメーソンの歴史である。
でも、西欧史をちょこちょこ調べて(結局日本語のばかりでしか調べてないが)わかったことがある。

自分も今まで世界の支配者という意味で「イルミナティ」という言葉を使い、重要な集団単位としてフリーメーソンを取り上げてきたが、前者はイルミナティという言葉を使うよりは、「ゾロアスター教っぽい奴ら」というほうが、近い表現だということがわかり、メーソンも「啓蒙系騎士団とオカルト系騎士団」のほうが理解しやすいことがわかったわけだ。
 
 
 
全部を書くのは長すぎるので、要点だけでまとめてみようと思う。
 
 
すべては旧約聖書のユダヤ教とそこから生まれたキリスト教から始まる。
知ってのとおり、ユダヤはエジプトの派遣社員であり、そこからモーゼがどっかから拾ってきた石板と戒律を大事にエルサレムに行って、ソロモン、ダビデの頃にユダヤの国で盛り上がり、ローマにエルサレムを占領され王国を滅ぼされ欧州をユダヤ人は彷徨うわけです。
ユダヤ人は「1+12」の太陽+12黄道星座のユダヤ12部族=つまり選ばれた民と自負し、その後のキリスト教的「お金を扱うのは汚い」という価値観と共に金融業=ユダヤがこのときから形成される。

地球の支配者が帰結する思想は、このユダヤ教よりも↑のもので、キリスト教なんかより古いものです。キリストが誕生する以前の当時、異端であったゾロアスター教的な流れなどの中にあるものです。
 
この今までイルミナティといっていたものを、「ゾロア団」とでも名づけて流れを見てみよう。

まず、5世紀に結成されたフランク王国である。
ローマとの衝突の中でゲルマン人の大移動の中で形成された国です。
ちなみにWASPなどで出てくるアングロサクソンは、今では米英のイメージが強いですが、もとは西ゲルマンのアングル族とサクソン族を合わせたものです。
地球の支配者のゾロア団の流れはユダヤの支配者であったローマと、その後できたフランク王国の中のメロヴィング朝の中にありました。
メロヴィングとはフランス語の母という意味であり、これは母系血流を意味すると勝手に思っています。ユダヤの母系社会の継承と起源は同じ物です。
今でこそ、ミトコンドリアイヴなどの母親の遺伝子を中心に子に遺伝されるのは科学での常識ですが、この女性蔑視社会で母系を古代から重要視するという脈流があるのは、非常に興味があるとことですが。
 
 
 
さて、このメロヴィング王朝の初代王クロヴィスは、カトリックの洗礼を受け、ローマと協定を結びました。
ここに「ローマの裏側の支配者=セム系起源(黒人黄色人)」と「ゲルマン=白人」の地球支配者協定ができるわけです。

これは重要なことで、外部の方から構成を説明すると「ローマカトリック=ローマ起源の嘘→金融屋のユダヤ教→地球の支配者の無神教やゾロアスター教やエジプト密教など」のカルトの多重円構造が構成されました。

このキリスト教を外円とした陰謀の円は現在でも共通してるわけです。
後にプロテスタントというものも増えますけどね。
現在、陰謀を紐解く場合、キリスト教の異端であるグノーシスや、その色が強く、反キリスト教であるはずのイルミナティ、それなのに、その子分であったりするイエスズ会なんかにぶつかったりします。
一見おかしいと見えますが、これは世界の支配者どもの中心が異端宗教(=悪魔崇拝その他のごちゃ混ぜ)であるためであり、数多くの対立はこの多重円の内部が外部からの思想を防衛するためのものであるんです。
 
 
このメロビング朝は、相続争いで乱れ、カロリング朝になります。
このカロリング朝の2代目カール大帝の時に、現在のEUの中心フランス、ドイツ、イタリア、ベネルスク三国と同じ地域を支配し、最盛期を迎えます。ここから西ローマ帝国再興へと走り出します。
ただ、ここで注意して欲しいのが、メロヴィングやザクゼン、さらにローマは東方つまりセム系などを意識した文化であり、カール大帝(とくに1世)のフランク王国とカロリングはアングロサクソンを意識した文化です。
これは18世紀の「グラントリアン=大東社=グランドオリエント=おおいなる東方」、米英系メソの有色人種の入会拒否などでもわかるように、基本的に欧州の思想は現在でも、セム系を意識したものとしていないもの、この2つで区別されます。

しかし、カールの孫の時、このクランク王国は3つに別れます。
東フランク、西フランク、ロタリンギアです。
カロリング朝も絶え、東フランク王国がザクセン朝になり、後のドイツの基となります。919年になります。
このカール大帝のフランク王国と戦って結果的に生き残ったザクセンが962年に神聖ローマ帝国としてローマ教皇から帝冠をうけるわけです。
 
 
さて、この後「ローマ皇帝」と「ローマ教皇」という単語が入り混じってくるため、ローマについても説明しときます。
教皇をローマ法王と言いかえればわかると思いますが、ローマ教皇は現在のバチカンの事です。

ローマは紀元前753年にラテン人の建てた国で、地中海を支配するほど繁栄、395年に東西に分かれ、西は476年に滅ぼされる。東は1453年まで続きました。
オットーからの神聖ローマ帝国=西ローマの再興から、教皇と皇帝の対立もありましたが、欧州の統治はバチカンではない人のローマ皇帝が実権を握るわけです。バチカンは任命するだけの人。
なぜ、そうなったかだけを知っておけばよし。
 
ローマの共和制の力の源泉であった元老院が、帝政に移行すると不要になったわけです。
逆に「皇帝を選ぶ権利」という特権階級が生まれます。貴族ですね。
元々、皇帝を選ぶ権利は聖職者だけのものですが、十字軍という略奪と侵略という金儲けを経て、変質していくことになります。
まず、ローマカトリックという体裁は脱税という金儲けのために必要でした。宗教=脱税はいつでも一緒です。
十字軍は11世紀から13世紀を中心にして行われました。
エルサレムの奪還と巡礼者保護という建前で教科書にものっていますが、関係ないとこまで攻めているため、どう考えても略奪なんですけど。
そこで登場してくるのが武装派修道会である「騎士団」というフリーメーソンの起源です。
とくに有名な「テンプル騎士団」はフランスのボルドーで設立されました。
十字軍の騎士団、「騎士=知的」と考えてる人が多いと思いますけど、単なる荒くれ者が殆どです。
 
ただ、このテンプル騎士団だけは特別です。遠征というもので奪い取った財宝を管理するのは難しいため、このテンプル騎士団が今でいう「銀行のATM」の役割をしました。
これまた、東フランク=ザクセン=神聖ローマ帝国の銀行家とテンプル騎士団の相互利益協定が結ばれてたわけです。
そしてバチカンじゃないほう=皇帝であるフリードリッヒ2世のときに、通貨鋳造権、裁判、関税徴収の権利を、ドイツの銀行家連合は国王から奪いとりました。

これに困ったのはフランスです。東フランク王国=ドイツが関税を管理し、フランスが発祥のテンプル騎士団がそちらと協定を結んでしまったたのですから。
そこで通貨発行と税という権利を取り上げられ、実権を失った(大空位時代を経る)神聖ローマ皇帝に、当時無名だったハプスブルグ家が仲裁役としてドイツ国王=ローマ皇帝に担ぎ出します。1273年のことです。

それでも気が治まらなかったフランスは強攻策にでます。
教皇の乗っ取り→テンプル騎士団の財宝没収という流れです。
フランス王のフィリップ4世(美王)は、自分で教皇を担ぎ出し、傀儡教皇クレメンス5世に働きかけ、1307年10月13日(金)に、フランスに呼び出したテンプル騎士団総長ジャック・ド・モレーを含むフランスにおけるテンプル騎士団を捕まえてしまいます。世に言う13日の金曜日です。
1314年まで拷問してあることないことを自白させて、火刑にしてしまいます。
 
 
フランスは、そしてローマ教皇に「ローマ領よりテンプル騎士団を追放せよ」と圧力をかけました。ヴィエンヌ公会議。1309年から1377年まで教皇庁は南フランスに強制移動させられました。アヴィニョンの捕囚といいます。

外円がローマカトリックだったので大衆から追われたテンプル騎士団の残党は、スコットランドとポルトガルなどに逃亡したり、地下にこもります。
スットコランドはロバート1世が教皇庁と当時対立ししてたし、当時戦争があったポルトガルでは国王が逮捕を拒否し、数年後すぐに「キリスト騎士団」という名前で存続を認めました。テンプル騎士団の財産をこの騎士団に移動させたのは、仲裁役のハプスブルグ出の新皇帝です。
当時、現ポルトガル北部のポルトゥカレを領地としていたブルゴーニュ騎士団のツテを頼ったという話も。
他、ドイツを始め、キプロス島、カスティーリャとアラゴンでもテンプル騎士団は無罪判決が出ました。
 
関税のせいだとか騒ぎ、そのくせ傀儡教皇をたてて、テンプル騎士団の財宝を奪い取ったフランス=カペー家なんか「知るかボケぇ」というスタンスです。わが身大事。

※フランスのカペー家はもともと領土の少ない土地でした。パリとオルレアン周辺だけの土地で周辺の公爵のほうが国王より権威があったともいわれています。
テンプル騎士団を追放したフィリップ4世以前にフランスのアンジュー伯がイングランド国王になり、ルイ7世の離婚した妻アリエノールがイングランド王ヘンリー2世になったので、フランスの西半分とイングランドはアンジュー帝国という巨大なものになります。
フィリップ2世が1207年から、そこと手を組む神聖ローマ皇帝オットー4世と戦い、勝利したため、テンプル騎士団の追放へと繋がっていったわけです。その戦費調達のために聖職者に課税をかけて、教皇と対立する形になりました。でアナーニ事件。威信をおとすために3部会とか。
フィリップ4世の娘イザベルは、後のイングランド王エドワード2世と結婚します。
エドワード1世は1290年にユダヤ人を追放したため、そのためにスコット経由で手先のテンプル騎士団の残党がイギリスに入り込もうとしたという意見もあります。
 
 
さて、この後、英仏の100年戦争になるわけですが、その前に「イルミナティ」よりイルミナティっぽい組織について説明しときます。

それは「選帝侯」です。

脱税でもわかるとおり、諸国を統治する国王や辺境伯から、ローマは集金するわけです。

まず選帝侯は、トリール、マインツ、ケルンの三大司教、ザクセン公、ライン宮中伯、ブランデンブルグ辺境伯。
1290年にボヘミア追加され、17世紀にさらにバイエルン公、ブラウンシュワイク・ハノーバー公が追加されます。
1356年になって金印勅書で法的に周知されますが、1290年のボヘミア王でわかるとおり、これはそれ以前から機能していました。
しかし、1377年まではアヴィニョンの捕囚でフランスの傀儡皇帝が続いたわけですが。

現在の世界の支配者も、この人達の末裔で間違いないわけです。
ボヘミアングローブという団体名からしてのところもありますが、ビルダーバーグ会議の参加者である王族、ベルギーの王子やオランダの女王は、ナッサウ=オラニエ(オレンジ)が祖先であり、後の革命や戦争で潰されずに生き残っている王族は南ドイツのライン川に面していたナッサウ家のここと、ザクセン=コーブルグ=ゴータ家(サクス=コバーグ=ゴーサ)というザクセン公と皇帝経験のナッサウ、つまりこのドイツ世界支配者談合組合の末裔なわけです。
知らない人は意外かもしれませんが、英国王室も、このドイツの血流を明確に受け継いでいます。

さて、1290年に追加されたボヘミア王=ハプスブルグ家ですが、このことに説明します。
ハプスブルグと聞くと、多少理解ある人は、オーストリア、さらに詳しい人はスペインも連想しますが、発祥はスイスです。
この大空位時代後のフランスとドイツの仲裁にあてられた、この無名の貴族は、ドイツ王として即位の後、ルドルフ1世がドイツの脅威であったボヘミア王国オットカル2世を1278年8月に倒し、ボヘミアを属領として獲得し1290年に選帝侯の権利を得るわけです。
金印勅書を施行して整備したのはカール4世でボヘミア王ヨハンの子です。それ以前の皇帝ルイ4世(=フランス)の対立者として選ばれ、後に教皇のローマ帰還を実現しました。
で、選帝侯の地位をゆるぎないものにしたハプスブルグは女スパイ国として、婚姻と略奪という日本の戦国時代のような戦略をとり、長期に及ぶ余りにも大きな帝国を築きました。
中立的な立場を生かしオーストリアを中心に各王家へ血縁社会を作り、後にスペインでも躍進し、余りにも大きくなりすぎたのでスペインとオーストリアで分割され、結果、数ある騎士団メーソン達の中立国として特殊な立場でできあがったのが、現在の国際金融資本の巣窟である発祥地のスイスなわけです。
 
 
このように選帝侯の権力というのは凄まじいものがあります。
しかし、本当の意味で操っているのは選帝侯お抱えの銀行家たちです。
後の事例ですが簡単に説明します。

16世紀のヤーコブ・フッガーという南西ドイツの銀行家であるユダヤ人に登場していただきます。
1519年に神聖ローマ帝国皇帝が空位になり、賄賂選挙で皇帝を決定しました。
2トンの金に匹敵する金引換券で皇帝を担ぎ出したのがフッガーです。
フッガーは黒い貴族やフェニキアの街と噂されるヴェネチアの貿易で富を得ます。
ローマに流れるローマ教皇への税金は地方通貨、それぞれの国のお金で決済されていたわけです。その計算と両替を支配し、教皇庁と深い関係を築き上げ、当時の地方通貨の裏づけであった銀や銅の鉱山を支配しオランダのアントワープなどを実質的な支配下にして、ハプスブルグ家などにお金を貸して巨万の富を築いていたわけです。

今では「双頭の鷲」はロスチャイルドのシンボルですが、もともとこれは神聖ローマ帝国のシンボルであり、フッガーの個人銀行にもこの双頭の鷲が掲げられています。
ロスチャイルドの権力が磐石になったのは、ハプスブルグ家つながりのオーストリア政府と1822年に特権的繋がりを築き、「神聖同盟の銀行家」となってからです。
賄賂選挙でわかるとおり、フッガーは当時の「神聖同盟の銀行家」だったわけです。
 
 
長くなったので続き。
 
 
 

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