共食いと戦争と可能性【20100823】
戦争は共食いである。
人間が人間という同族を文字通り、食い物にする行為である。
あ、ちなみにイスラエルで戦争が起きるか?の噂なんですが、たとえ、あるとしても9月に入ってからだと思われます。
ユダヤ暦は太陰太陽暦であって、1年=太陽だけど、その月の暦は太陰暦なわけ。=お月様=昔の日本と一緒。
3日は、いつだって三日月であって、15日が満月=盆踊りとかなわけ。
つまり夜空に浮かぶ、お月様がカレンダーなわけね。
それを、現在の太陽暦(利点としては毎年同じ日=月は周期がずれるから)に修正したわけだけが、基本的に1ヶ月は、4週というのは残ってるわけ。
月の周期×2だから。
月の周期=1ヶ月が満ち欠け2回。でも15じゃ数が多すぎるから4で割った。つまり、30日÷4=7.5が1週間にするのに都合がいいわけ。。
それが、聖書の創造の7日間にあたり、1週間は7になるわけね。
で、金曜日の日暮れから土曜日が安息日のユダヤ暦と、日曜日が安息日(ユダヤ的考えだとおかしい=最初の日)のキリスト教的な現在のグレゴリウス暦(ローマ時代の遺産)の違いになるわけ。
で、今年の新月と満月はこんな感じ。
新月 2010年9月8日(水)
満月 2010年9月23日(木)
新月 2010年10月8日(金)
満月 2010年10月23日(土)
太陰太陽暦であるユダヤ暦の新年は、9月の新月から一日として始まる。
こういう大祭日に合わせて軍事侵攻されることは多い。
2001年の911は、大晦日みたいな、最終の週に行なわれた自作自演だったわけで(9/18が新年)、それも含めて、9/1、9/8とかが要注意なわけね。
真夏に軍事行動というのは補給の話も関係して敷居が高くなる。
その意味もあって、最低でも9月という時期からでいいと思うし、10月末ぐらいまでが警戒すべき期間かな?と思う。
おっと、ユダ族の話はこれぐらいでいいにしよう。
あくまでも今日のテーマは「共食い」である。
俺のブログで「共食い」というと、対立工作を逆手に取った「工作員同士を共食いさせる」って話が多いわけだけど。
今回はもっと生物的で根源的な話。
そしてユダ族のシンボルであるライオンにも関わる話もするぞ。
ライオンの天敵というものが何か知っているかい?
百獣の王ライオン、まあ実際にはヌーやカバなどの草食動物に殺される事も多いんだけど。しかし、これらは天敵という意味ではない。
統計的に、ライオンが飢餓などをのぞき、一番殺される可能性が高いのは「ライオン」である。次点がハイエナとかだったかな?
また、昔の記憶だけで書いてて申し訳ないが。
つまり、ライオンの天敵はライオンである。
ライオンのハーレムのオスが代替わりした、あの「子殺し」の話である。
以前のボスが敗れたら、そのボスの血を引く小ライオンは、新しいハーレムのボスによって殺されるわけである。
これがライオンの世界の掟。それが、食物連鎖の頂点、ライオンの天敵はライオンであるということの理由。
話は変わる。次は魚。
魚、とくに「フィッシュイーター」=魚食性魚と言われる魚は、あたりまえだが「共食い」をする。
ブラックバス、皇太子宛てに送られて日本中に拡散したブルーギル、養殖のハマチや、観賞魚の熱帯魚などでも、「共食い」は、基本的な話だ。
「共食いがあるかどうか?」が重要ではない。
この共食いが生命のシステムの中で、主観的には「生存確率を高くする=安定させる」機能であり、第3者的表現では「共食いは資源を安定させる」機能であるという話のようだ。
つまり、「生き残る機能として共食いがある」ということ。
それは他に食べ物がないとかの後付けの理由で共食いするのではなく、先天性なものである。
簡単に説明すると、とある俺が読んだ本、「大衆魚のふしぎ」の著者、河井氏は「魚道とは死ぬことと見つけたり」として、マグロで説明しているが、こんな感じらしい。
魚食性魚と言われる魚も産卵数は多い。とくにマグロ。
しかし大量に生まれてみたものの、食べられるプランクトンはほとんどいない。唯一、あたりに確実にいる微生物、それは彼ら自身の群ということ。それは共食い以外に彼らが生き残る保障がないということ。
だから、魚食性魚は生まれたてでも基本的に口が大きい。
これを生後すぐの初期減耗という。
魚食性魚で超多産性のという資源の不安定性を、仔魚時代の共食いという生態によって克服したのだ、という話らしい。
その結果、プランクトン食性魚の資源変動が激しいのに対して、魚食性魚の資源は比較的安定している・・・ということだそうだ。
いわゆる大型の魚なのに、マグロは産卵数を増やした。
哺乳類などが進化の過程でとった戦略(産む数を減らす)の真逆として「共食い&多産化」を選択したわけである。
昔、読んだ本は、そんな本だったわけね。
しかし、ついこの間、TVで鮫の話をしていた。
とあるサメの話、マグロと同じく魚類のチャンピオンであるサメだが、卵胎生=産む数が少ない。逆の戦略である。
しかし、そのTVでやっていたサメは卵胎生であるにもかかわらず、孵化した母体の腹の中で共食いをして生存競争をするという話をTVでやっていた。
卵の多い少ないも関係なく共食いというプログラムが生命にはある。
衝撃的な話だ。
もっと考えるべきことは、内水系とくに池や湖、基本的に閉鎖された空間の中での話。
簡単に言うと、農業用のため池などでは、「生存の規模が頭打ちになる」。
具体的に言うと、「普通の小学校のプールの半分のサイズとかでは、この種は成体で何十匹、何百匹しか住めないだろう」ってことになるわけね。餌がないから。
そのような資源の循環が限られてしまうという明確な条件では、共食いの機能もより顕著に働く。
ブラックバスあたりを考えるとわかるのだが、同サイズでスクール(群れ)を作る。
これは春の産卵直後でも同じ事で、水草の茂ってるようなとこなどの=外敵(主に同じブラックバスの成体やブルーギル)から身を守れそうなとこで群れを作る。
これ、実は成長の早い者に共食いされるわけね。
群れで身守ってるって、いうより共食い、とくに同じ条件下で成長の早い固体に食われやすくなるためのスクールという見方もできるわけ。
これも限られた資源という環境下で、「食われる個体」=小さなブラックバスが、「食う個体」=大きなブラックバスもしくは成長の早い=強い固体へ、逆ねずみ算のように、「資源を届ける」形になってるわけ。
つまり、共食いという機能が、その種を存続させるために機能している。
教科書では共食いなんてでてこない。
弱肉強食のピラミッドも別の種が別の種を食べてと考えられている。
しかし、実際では同種が同種を食べる=食べさせるために、その種を生き残りやすくさせるという生物の戦略が存在するわけ。
強いオスを残すという機能を持つがゆえに、ライオンの天敵はライオンである。
百獣の王ライオン、そして小さなため池の中では食物連鎖のTOPになる、ブラックバス=ラージマウスバス=共食いに適している大きな口。
資源が限られる環境下であればあるほど、食物連鎖の頂点であればあるほど、共食いの機能は顕著となる。(子殺しのライオンは共食いすんのかな?)
地球の人口は60億とも70億とも言われている。
そして地球の穀物の生産能力は120億人分しかない。
その中に含まれる飼料用の穀物も含めて、既に限界は近い。
この事例から考えなきゃならない。
多くは共食いされるために存在するマグロの稚魚、自分の母親の腹の中で共食いをするサメ、ライオンの子殺し、水生昆虫などを食べ「自分を食う同種のために餌を届ける存在でしかない」小さな池のブラックバスの幼魚。
食物連鎖というものを種族別で喰い合ってるだけの構図に勘違いしてはいけない。
食物連鎖の頂点は、常に機能として同種族を糧に、種そのものを生き残らせるようにするシステムが最初から備わっているということ。
人間には天敵は存在しない・・・ことになっている。
そして戦争は共食いである。
というか、戦争を含む経済活動そのものが、この共食いのシステム、喰われるために餌を届ける行為なんだけどね。
自分は戦争は無くならないし、むしろ無くすべきでもないと思っている。
戦争を起こせという意味ではなく、機能として「共食い」が人間には必要だと思っているから。
そう、この地球という小さすぎるため池にはね。
自分が、その戦争という行為を「消極的に賛成する」という形になってしまうのは、お金という不換紙幣による経済活動という別の形の共食いが、それ以上に不公平だから。
ブラックバスは成長の早い=いい餌をがっついた個体だけが、成長の遅い同種を食い物にして成長する。そして同じ種の中での食物連鎖の上へ進める。
それは正統な競争からである。
今、地球上の経済活動は違う。がっつく=競争ではなく、血縁と生まれた環境によって左右されすぎる。
この人間の共食いという経済活動、ピラミッドの形と構成要素、実は難しい話ではない。これを理解していれば、英才教育ができるんだけどね。
あほなメソのシュタイナー教育とかではなく。
今の社会で「胸をはれるような金儲け」や、「陰湿ではない英才教育」が存在しないように、この社会はどういうものだ。
戦争=一方的な軍事侵攻は問題外だが、今の経済システム=お金そのものを否定して生きるのが難しいように、戦争=武力そのものを否定するのも難しい。
武力でしか倒せない悪は存在するでしょ?
その諸悪の根源が国という形をとる場合だってありえるから、戦争という言葉さえ賛成しなければならない要素があるって事。
無意識の悪意。
食い物にされる後進国などの弱者が弱者を虐める構図=経済活動であるから、意図的な悪意でしか生まれない武力の方が潔いとも言える。
悲しいけどね。
今の人間はそれがわかってきちゃってるから、働く事に悩んだり、食物連鎖の階層を上がる可能性を捨てるみたいな、公務員などの安定至上主義になるのかもね。
でも、常に「自分は餌なんじゃないか?」って声が聞こえるのかも。
「共食い」
自分が考えてた過去記事の話。
世界にある2種類だけの力、財布に入る権威と、恐怖を生むだけの単純な力。
両方とも「共食い」のための要素だったんだ、と、今さらながら思う。
なぜ、戦争はなくならないのか?
その理由でもあるんだね。
共食いの中身も、生まれてくるほとんどの命は喰われるためにあるという、よく考えればあたりまえの話だけど、その全ての生命は、可能性だけは持って生まれてくる。
人間だけが、その可能性に偏りがある過ぎる気がするけど。・・・
もうすぐ戦争が始まったら、「もっといい共食いのシステムはないのか?」と、今よりも声が聞こえてしまうのかな?
そういう苦しみ、本能や生命の根源にさえ立ち向かえる力=改善できる能力を、知性というべきなのかもしれないね。
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