虚空と君のあいだに

モグラの階層工事 その1【20120510】

10th 5月 2012

モグラの階層工事 その1【20120510】

 
 
 
学んだことを白紙に返すのは、学ぶことよりも難しい。
堅固な認識構造を、とり壊し尽くして、それを新しく統合して組み立てることは、通例、意識された理性ある心がいっぱいに照らす昼の光の中では行うことが出来ない。
それは、通常、意識性のうす闇の中、いや、もっと定かではない、「うしろめたくない特殊な思考の形の訴え」で、はじめて行なえることなのである。
 
アーサー・ケストラー 「機械の中の幽霊」より
(少し表現が堅かったので俺が修正)
 

 

 
 
今日の話は、名前まで出したのに「なんかやる気がおきなかった」という自分の理由が、なんとなく見えてきたので、それに関わるお話。
 
 
まずは、これ。↓
 
 
科学の発見とは、一般に考えられているほど、明白な物でも、明瞭な物でもない。
 
科学は経験論であり、もし、明瞭な物と考えうる物がそこにあるのならば、それは「実証」の部分である。
それは、誰かが追い求めた新しい発見、それが見つかった後の後方についてくるだけの部分である。
 
科学において「発見を目指す行為」というのは、その実証を目指す行為ではない。
よって、先駆者は陽気で優雅な存在ではありえない。
彼らの挑むのは、実証というデータはまだ到達できない直感だけに頼る世界である。
そこは誰も進んだことのない暗闇と猜疑心の中、手探りに、そしてただ闇雲に求めるという、どす黒い行為の中に本質がある。
 
 
探求について。
つまり、自分がやってることについて気づくのが遅れた。
 
 
←探求(暗闇の中)  実証ではない ←
       → 明るい場所(実証)=こっちが読者が喜ぶとこ →。
 
少し前の神道や宗教のこと、そしてこういう話をする上で、ああ、自分の掘ってる場所と提供する物って、全然違う物なんだっていうのを、最近になって気がついたわけである。
 
さらに厳密に言うなら、「どす黒いところを掘っている」のは間違いないわけだが、自分は「先駆者」でもない。
 
アポロの月面に降りられない放射線量のことも、911の自動落下のビルも、311の水素爆発の赤い炎も、全部「実証」されるべきところ、光のあたる明るい部分であるはずなのに、まだ暗いまま、嘘「真っ黒」になってるわけである。
そこを必死こいて掘っていたわけだ。ごまかされてるところをね。
ただ、どす黒く、自分自身に猜疑心を、そして誰かに嫌悪感を与える場所であるのは間違いないわけだが。
ただ、実証が簡単な表面にでているからこそ、科学的に説明できる、そういう姿勢で自分もやっていたという場所でもある。
 
 
陰謀論者として、そういう「光の当たるべき場所にある嘘のシミ」を扱っていたから、わからなくなっていたんだと思う。
本当の意味で先駆者的な「探求」、暗闇を掘るポジションでいるべきか、読者のための明るい部分を提出するようにすべきか、自分自身でわからなくなっていたてとこがあるわけね。
 
どっちも必要なんだけど。
ただ、どっちに比重をおくべきか?とかが、わかんなかった。
 
なんか、方針決めといて、本を書こうと思ったが、一般人受けを考えると、レベルの低いのしか作れなさそうで、で、その他もろもろあって、やる気がおきなかった。
もちろん、やることやっていけば危険に踏み込んでいくのも、その理由にはあるし。
有料化のブログ、それは個人情報を収集するということになるので、それを考えると、その管理と対策がめんどくさかったというのもある。何かが起きる場合の事前予測とかね。
そして名前出しても、何もないのでビックリしてるのもある。
微妙にどうなるのか?を待ってた部分も、普通にある。
 
今さら、「この信用崩壊のご時世に、お金?」ってのもあるし、自分の飢餓感の根源が「お金をもらわないこと」という部分はもちろんあったし、それが変化するのが怖いというのも、もちろんある。
運営の仕方を考えないと「お金を貰ってるのに教祖様」みたいになり兼ねないし。
 
 
で、こうやって整理していたわけだが、「探求における、どす黒い部分」ではなく、その掘った後に出てくるだけの残滓、「実証」だけを待ってる人には「むしろお金を貰うべきだろ?」とも思う。
 
あ、自分に会いにきた人は、まだいません。
 
「実証」だけ、ただ知りたいことを知るために来たら、「俺の欲しいもんくれ!!お金でも暴力でもない、第3の強制力とか、なんでもいいので」と質問をぶつけようと思って待ち構えていたのだが。
 
「笑顔!!」とかね。(模範解答)
2番煎じで、こう答えたら許さんけど。
 
こんな感じの質問の答えを持っている方、俺と同じくらいのどす黒い物を掘ったという方、いつでもどうぞ。
 
 
会員制ブログなんかをやると、どうしても自分と読者で階層を作らなきゃならなくなる。
広告主の顔ばかりを見てる新聞、それと同じで、よくわからん読者のよくわからん要望をしてきたら、それに配慮し過ぎるわけにはいかないから。
 
階層のこと。
それ以前に、光のあたる場所に怯えたということ、そして探求の部分は、どす黒い部分であるということ。
 
次回は、この一部では、この続きの話にもなる「階層と反逆の話」という、そこらへんの話を。
 
 
 
 

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21st 3月 2012

あなたは強制されている【20120321】

 
 
 
 
支配者にとって 資産とは、労働を強制する力である。
 
「それを支配者は持っている」という意味じゃないよ。
「強制力のあるもの、それだけが支配者の資産」って意味なの。
 
 
何かの時のために金(GOLD)とかは、人気だよね。
今みたく戦争が起きる直前みたいなときはとくに。

でも、金GOLDなどは、何かあったとき労働をしなくていいための担保であって、資産とはいえない。支配者にとってはね。
 
つまり、紙幣を山のように積んでも、金の延べ棒を投げつけてでも「やれ」と言って、「イヤ」とその人が拒否できるのだったら、それは資産ではなく、「絶対に命令を聞く肩叩き券」のほうが資産としての価値は高くなる。(肩叩き券について事前に強制力を約束してあったら)

紙幣、金の延べ棒は、この場合、利便性を追求したことで資産の価値が下がったとも言えるね。
一般人にとっては、延べ棒とか紙幣、そっちのほうが欲しいけどね。
多くの物と交換できる汎用性なんて、多くのものが必要な庶民だけの感覚ってこと。
 
このように労働を強制する行為だけが「支配者にとっての資産」であるため、「ただお金を刷る」というよりも、「国債(負債)を発行する」行為のほうが、支配者の資産として価値が高くなる。
だから、やってるんだよ。
 
簡単なことで、「お金を払うから、これやって」は、拒否しようと思えばできるけど、負債の分だ、これをやれ」では拒否できなくなるのと同じである。
強制力が付随してるわけだ。強制力のある社会を作ってるわけね。

紙幣も、市中銀行、預金準備率→信用想像で「無から労働(行動)を作る」
これも「労働を強制させる土壌を生み出す」として、資産を生み出す機能がある。
 
しかし、ただ紙幣を持ってるだけでは、労働を「強制する力」はないわけ。
そこを間違ってはいけない。
「そのお金を拒否できない状況にする」という状況を作って「資産」になるわけね。
 
これは円の国際的価値みたいなものでも同じことで、ドルが軍事力を裏付けとして有したように、円にしなきゃダメという強制力があって、輸出などの貿易も意味がある物になる ドル建て米国債とか、準備金もそう。
 
一見難しい話のように聞こえるが、「お金は、信用(価値観=希望的観測)である」とだけ考えて、それで十分だと誤解しちゃいけない。
それは、担保、二次的な物に過ぎない 

「資産は、強制力(断れない)がなければならない」という、もっと強い表現の部分、本当の意味の部分を忘れちゃダメってこと。
 
お金がなきゃ生きていけないっていうのも、考える時間よりも、働くだけで手一杯であるという強制がある社会のことも、そういうことなんだよ。
そうさせられてるの。
 
  
最後に、支配者って言葉が、まだ見えない人のために・・・
「支配されている」って表現だと感情が境界線になって「支配なのか任意なのか」はっきりしないのでよくない。
 
よって、自分が「集団的無意識の中で、何を強制させられているか」と考えれば、「自分は誰に資産を握られているか」これが見えてくるはず。

たったこれだけで、よくわからん人が書いた本の中のような、あやふやな話ではなく、ちゃんと「世界の支配者」がわかるんだよ。
 
 
現在という時代、私達は、歴史上のどの時代よりも働かされている。(おれいがい)

「働くだけで手一杯で、考えることがなかなか出来ない人達へ」
私達は、「何を強制されているか」を知る必要がある。
 
 
 
 
 
 
これが本の冒頭の予定だった。
これに関しての記事、説明について、ではまた明日!  
 
 
 

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7th 2月 2012

風船をどう処理するのか?【20120207】

 
 
次は、飛行機だよ。
 
 
 
 
資本主義というのは風船に似ている。
 
株式という方式。
「為替介入=アメリカの為に日銀がお金を刷る」という行為を許しているというのは、上場企業の取締役は「自分の娘を売春婦のメニュー」に並べているという行為に等しい。
 
刷った円、アメリカに提供した上納金というものの対価で、日本、もしくは自分の企業を身売りさせてるのと同義であるからである。
ヤクザに自分の娘の股を開かせているのと同じなわけだ。
それが上場し、為替介入のため通貨発行を許す、アメリカに円を上納するという行為の本質である。
 
それ以前に株式上場というものは、ハンチョウ博打の「ボーナスタイム」である。
上場する瞬間の「一度だけ」は、「ハンかチョウかを見てから賭けていい」という「絶対に勝てる博打」である。
 
そのボーナスタイムに、「資本金という掛け金をいくらテーブルにのせれるか?」ということでもある。
 
その株式の議決権の50%を維持、残りの50%は、「紙切れから金銭的な同価値を生み出せる」という「絶対に負けないハンチョウ博打」なわけ。
つまり、掛け金を倍額に「信用創造できる」わけ。
「ハンかチョウか見てから賭けられる行為が株式の上場である」とは、よく言ったもんでしょ?
 
無から「信用」を作り出す、文字通り信用創造だね。
それがユダヤ様の作った株式という方式である。
一度きりのボーナスステージ、そのとき掛け金は大きいほうがよい。
その資本金をテーブルに載せるとき、ユダヤ様が声をかけてくるのは言うまでもない。
出来る限り大金を賭けたいわけだからね。
 
 
こんなスペシャルステージをユダヤ様が作った理由は、明確なことである。
 
企業の創業者は、この上場(一度だけの絶対に勝てる博打、スペシャルステージ)だけを目指してしまうのだ。
創業者は結局は、この目くらましと欲望に負けてしまう。
 
企業という、本当の意味で価値のある、その物自体は、こんな上場などという行為のような、めんどくさい事をせずに、いつでも「信用創造=お金を刷れる」という、本当の胴元=ユダヤ様がお買い上げするという、大昔からの古典的な戦略なわけ。
 
株式という信用創造、通貨発行という信用創造、全ての企業に成長を義務付けるというシステム全体、経済活動そのものの信用創造。
 
お金と同じ物、それらは「信用という虚像を風船のように膨らませて、社会に浮かばせる」のである。
 
 
資本主義を形で説明するなら、大勢の人が一斉に、教室(社会)で、風船をいくつも膨らませて、浮かばせておくという行為に近い。
株式が風船を膨らませ、政府が信用、国債を膨らませ、中央銀行が紙幣、どれもこれも風船を膨らませる。
資本主義は、この信用、風船を浮かばせつづける行為しかできないのである。
成長を義務付けられてるという意味も、以前より重く理解できるだろう。
 
 
ただ、一つ。
普通の風船と違うのは、この風船は誘爆するんだけどね。
もし、一つ割れると連鎖反応。
 
 
風船をたくさん浮かべすぎて圧迫された空間、今、私達はその中に生きている。
 
まあ、「資本主義は崩壊する」と多くの人達は言っているが、資本主義自体が風船なんだから、あたりまえの話である。
今回の記事のように、ここまで明確な症状を説明する人は少ないだろうと思うけど。
そんな社会そのものへの批判が出来る人物は、一般的な社会で「騙されたままの」正しい貢献者ではないだろうね。普通の社会復帰をあきらめた俺のように。
 
正直、今のグローバルというアホな時代では、個別の教室ではなく、ドルと円、ユーロも混じった体育館に近いわけだがね。
 
そこに想像以上に多くの風船が浮かんでいる。
 
 
 
さて、ダボス会議の最中に予想通りの地震があったけど(20120128)、正直、富士山噴火を失敗?とか思い始めてきた。インパクトなさ過ぎ。
自分も、荷物はそろえてあったんだけどね。
 
今後、いつものようにビルダーバーグ会議の前、今年6月の前に地震が起きるか、「これ以上のドル崩壊は許さない」で、そんな時期とかは無視して起こす必要が生まれるのか?というとこが重要である。

そこらへんの動きに関わることを軽く説明しよう。
 
まず、ユーロ安=欧州崩壊というのは、単純には、ありえない。
今、この社会で困ってる状況を作っているのは、「ドルという膨らませすぎた風船」=基軸通貨が基本であるからね。
 
この世界全体という社会全体において、「ユーロという風船は割れる状況はありえるのか?」と考えた場合、「あるよ」という答えになるのは、間違いない。
しかし、「ユーロ自体は別に今のドルに比べて大量に風船を膨らませたわけではない」ということ。
 
その意味でユーロ危機というものはたいしたことない。
「ユーロ単体」という風船だけで見ることができるのならね。
 
しかし、重要なこととして、ユーロという風船の目的、CO2詐欺、炭素本位制の通貨という次世代の基軸通貨モデルとしての将来性は、すでに崩れたと言ってもいいだろう。
311以降のその議定書を出した議長国が、掌を返したという笑える行為と、アメリカというジャイアンの完全拒否の方針によってね。
その意味で、ユーロという風船の意義自体が失われ、割れやすい状況にはなっている。
 
そして、ドルとユーロを区分けして見てていいのかは疑問が残る。
 
これは、膨らませすぎたドルからなのか、割れやすくなったユーロなのか、それともロックフェラー系のアメリカの新聞WSJの予告どおり、貿易赤字に転落した日本の終焉からなのか。
誘爆したら同じだからだ。
きっかけ、発端は重要ではない。
そして今のままでは、全部連鎖すると自分は思っている。
 
一見、矛盾しているように聞こえるが、ドルという風船が割れること、ドル崩壊をアメリカという国は望んではない。しかし、もう、この膨らませすぎたたくさんの風船は「割る以外での解決の方法はない」ということでもある。資本主義と同じように。
 
割りたくないけど、割るしかない。
チャラにするしかない。
それ以上を理解する上で大事なのは、所詮は、「風船=信用であるということ」。

つまり、株式でいうなら風船の対価で、企業という実物をユダヤ様が買い占めるように、TPPなどのように実際の物質的な支配を強化していくという方針になるわけね。
その前か後になるかはわからないが、国どおしで、この風船を押し付けるゲーム、国と国とが債権回収をするという「戦争」という風船のお決まりのゲームがあるのは間違いないわけだけどね。
 
ただ、アメリカが、「欧州に何を望んでいるか?」を考えのは必要である。
ここは皆、あまり明確な答えを意識できずにいるところじゃないかな?
 
欧州がやれることは、なんなのか?ってのもある。
今のユーロ危機の演出という意味の理由を考えるなら、アメリカはドルを連鎖して割りたくない、でも割るしかない以上「生まれ変わったドルになっても基軸通貨でいさせてね」という、どこかの演歌にありそうなメッセージを欧州に送っているだけである。
 
 
さて、今年何が起きるかの話をしよう。
 
ドルの風船が割れる、アメリカ自ら「割りたい」というか、作り変えるのだろう。
つまり新通貨発行は今年の秋9月かもと、自分は思っている。
その根拠として、「基軸通貨を維持したい」というのは、アメロ発行の直前アナウンスとも言えそうな種類のものの行為でもあるからね。
 
そして、もちろん現物支配の強化は並列させるので、その意味からも石油支配を強化させるためにイランと戦争は回避できないんじゃないかな?
イランは、反CIAでやっていけた戦争させにくい部類の国なんだけど。
 
ただ、アメリカの新通貨発行には含みもあると自分は思っている。
「アメロをユーロ圏で強制させる」という、本当の意味での基軸通貨、ロスチャ欧州への完全反逆という行為、この可能性もあるからだ。
もし、これにつながるような事態へとなるのなら、今年ではなく数年後に新通貨発行、そして今年は予想以上の大規模な戦争に繋がる年になる。
 
中国で原発を作るGS、この発電所にはスマートグリットの延長、超長距離の時差発電という進歩主義の産物であり、「中国の原発と欧州を繋ぐという構想がある以上、原子力の大惨事はロス茶はしたくない」と以前、説明した。【20091031】
 
それなのに、311というものが起きて、世界中の原子力政策を転進させた。
 
311はそれほどの反逆であるわけね。
原子力利権のロスチャに対して、石油屋ロックフェラーの。だから、そのアメロで欧州支配、その可能性もなくはない。
 
このロスチャと原子力に対する考えは、自分は今も変わっていない。
放射性物質だだ漏れなんて、後遺症が残る不細工な手法は、ロックフェラーだからであって、昔のロスチャなら、こんな反逆も許さなかっただろう。
本当の支配者だったら、もっとさっぱりとした手法を使う。
力というものは、そういうものだ。
人類史より長い間残る放射性物質をばら撒くなんて、支配する側としても馬鹿のやることだ。
 
ロスチャも大戦から半世紀以上、後継ぎは血縁のボンボンばかりだから、こんな反原子力をさせても、反撃も出来ない。
逆に、石油と戦争屋のロックフェラーは、力と経済の本質さえ見えず、こんな不細工な手法をして、今現在も、日本で「欧州への脅し」を実演させて見せているわけ。
 
 
さて、ドルというアメリカは、他の基軸通貨を生み出さないようにしながら「自分の風船割っていく段階」に、ならなきゃならない。
その整理の中で「新通貨の発行」もありえるんじゃないか、というか、その手法しかないんじゃないかってこと。
そして、欧州は、今までのドル体制以上のアメリカ支配の強制を許すか?対立するか?で、大きく変わってくるのだということ。
 
その脅しの演出に利用させられている日本は、それによって「何が起きるか」が変わる。
過激であれば勝てると思ってるアメリカに「欧州がどうするか?」でね。
 
 
それが、今年の話。
 
 
日本は、たぶん脅しに使われるのは間違いなさそうなので、「同じ手法だとマンネリする」という意味もあわせて、「次の脅しがもしあるのなら、たぶん飛行機のからんだやつ」と、自分は予想するよ。
 
今年は飛行機に気をつけよう!!
 
 
日本の航空管制が米軍基準なのは、この本がお勧め。

松本清張
一九五二年日航機「撃墜」事件 
isbn4-04-872670-6
 
日航機「もく星号」が海上に不時着→全員救助という報道がされつつも、実は助けられたという事実はなく、墜落して全員死んでいたという、摩訶不思議な話。
米軍からの報告として、この誤報は発生した。
 
日銀のダイヤ、いわゆるゴールデンリリーと、それをさばいていた女性デザイナー、その人物像に松本清張はフォーカスして「墜落事件」としてるわけだけどね。
旧水交社、メソニックビルからタクシーに乗った副操縦士、被害者の中に八幡製鉄社長の三鬼隆。
他にも気になる部分が多数ある事件ではある。
 
というか、この本紹介しなかったっけ?
こんなゴールデンリリーで飛行機事故という重要そうな話なのに、俺も知ったのが最近という陰謀論の世界でもマイナーな事件。
 
 
この1952年というGHQ支配直後のその時代と、そのだいぶ後、1985年の日航123便での比較。そして、今現在の日本でも、無茶苦茶な「911のときに実際には飛行機は突っ込んではおらず、別のとこで飛んでいた」とかいうような「摩訶不思議な話」が通ってしまう統治体制であると俺は思っているから。
 
 
なんか、いろいろ詰めすぎたな。
まあいっか。
 
あ、今、日本で行われている増税というデフレ推進は、個人には「風船に触らせない」という意味もある。
デフレを推進すればハイパーインフレという、信用崩壊は後伸ばしが出来る。
そういう意味でもある。「・・・だから円を通貨発行して悪いことができる。」というオマケもつくけど。
 
信用崩壊の延命策。
しかしアメリカが実際にアクションを起こすとなると、それは「日本には」必ず誘爆する。
アメロなり、計画的にアメリカが貯まった風船を整理していくという手法を取るとしてもね。
 
つまり、以前からあげていた「2012年、今年度以内の日本経済の崩壊の露呈=あきらめ」は十二分にあると思う。
別に株価の暴落はなくても十分あるよ。
風船という「信用という空気」を壊さず、TPPと同じように「物質支配」の方式の強化、つまり日本をお買い上げするために、株価はむしろ一番最後に落とすかもよ?
 
それは、株価は維持されるけど、朝起きたら物価が数倍になってるとかね。
そういう状況はいつ生まれるのかも考えておくといいかもしれない。
 
 
日本経済の崩壊の露呈。
 
長年の野党から政権交代したら、政権交代前までのライバル政党についての責任を一切無視して、がんばる一番のことが「増税」である。
これを不思議に思わない人間のほうが多いらしいので(ぉぃ)、正直、「ゆでがえる」という比喩があるが、日本人をカエルに例えるのは、カエルに失礼だとさえ思い始めた今日この頃である。
 
いい加減、借金=積もった信用は崩すしかないというのは、誰もが気づきそうなもんだが。
いや、みな気づいてるのに何も「しない」、「させない」だけか。
ドルと連鎖して、誘爆「する」「させられる」、そして、そこらへんの話は、そういうサジ加減だけの話である。覚悟はしておけ。
 
露呈という行為についも「する」「させない」だけというお話。
どこまで行っても、サジ加減。
 
 
本気でそろそろ、毎日、貯金から1円玉にして、アルミで保管をしといたほうがいいかもね?
 
 
 
 
 

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22nd 9月 2010

教養と豆【20100922】

 
 
 
 
さて、前回の記事の続きである。
 
こういう事を書くと、「日本を侮辱してる」とか、「高句麗を持ち上げている=北朝鮮の回し者め!!」みたいな事を言う馬鹿が、絶対に出てくるわけである。
 
そもそも1500年近く前の高句麗(もとは中国の貴族)と、今の北朝鮮は同じではないし。北朝=東国=高句麗で、今の北朝鮮=高句麗だけどね。
 
俺は、南朝すり替えに対しての、北朝崇拝のルール「五箇条のご誓文」=朝鮮総連の在日特権も、その他の特権も許すつもりはない。
そもそも南朝天皇ではなく、すり替える前の北朝天皇(帝)が今も存在してるとしても、崇めるつもりもない。
 
今の北朝鮮は、この日本の北朝コネクションにぶら下がってるだけの国であって、アメリカの外交の道具に成り果ててる、「ウンコ」みたいなもんである。
在日朝鮮人の特権などにすがるだけで、送金装置にぶら下がってる金魚の糞だ。
 
 
あんまり良くない話で例えてみるか。
妊婦によくある話だが、出産の時に、りきんだら一緒にウンコが出る時がある。そのウンコも崇めるのかという話だ。
ヘソの緒と一緒に乾燥させたウンコを大事に保管してる奴はいないだろう。
 
文化だって同じだ。
高句麗が日本における骨格を作った。それは認める。
でも過去はどうであれ、それが今の政治や社会における義理にはならん。
 
文化や義理みたいなものには、継承すべきものと(評価すべき)、継承してはいけないものがある。
 
高句麗が文化を伝えたから、今現在も、それを崇めろという「選民思想ばりばりの在日特権=北朝崇拝者で将軍様を賛美」なんて奴がいたら、それは、日本を生むときに出てしまった、ウンコを乾燥させて拝んでるみたいな話だろう。
 
今の北朝鮮は、いろんな意味でウンコの部分が強すぎる。
日本という隣人として、今の北朝鮮は批判すべきだと思うぞ。
日本はアメリカ支配が強すぎて、ある意味、他人に言うほど余裕がないが・・・・。
 
 
人間が、血やウンコにまみれて産まれてくるように、最初から綺麗な姿で生まれてくる奴はいない。
国だって、人間と一緒だ。
いや、昔の高句麗をウンコという意味ではないが・・・。
 
大事なのは、産湯につかって、一杯母乳をひっかけた後に・・・
で、「何をやるか?」なんだよ。
 
 
反論してくる人に限って「こういう史実を消化してでも前に進む」という意識がなさ過ぎる人が多い。
 
南朝支配の報酬=在日特権にすがって、高句麗の史実を隠蔽した社会のままの日本に寄生する高句麗の民族意識の人がいるとしたのなら、間違いなく「評価すべきもの」に、本来の高句麗の文化や歴史にさえ、泥ではなくウンコを塗るだけの人間である。
 
 
ただ、日本人として、認めるべきとこは認めるという意識も必要という話ね。特に南朝(百済)崇拝な社会なわけで。
その中で、間違ってる事、本当の史実を自分で考え「前に進む」ということ。
 
日本人全体に置き換えて言いたくはないが、「文化とは外から入ってくるもの」っていう、日本人的な染み付いた意識が現状問題=全然足りない、とも思う。
 
だから、戦後50年たっても、アメリカによる間接支配というものから目を背けたがる。
むしろアメリカの属国意識が年々強くなるのはここからだ、なんて話を昔、どこかで読んだ事がある。正直あたってると思う。
前に進めないから、過去にすがりつく。
その結果、アメリカも北朝鮮も日本の中で野放しになっている。
 
天皇崇拝者もこの点では同じだな。
 
何で在日右翼かも説明できなけりゃ、右翼=在日米軍スルーや、天皇すり替えというのさえ、まともに反論できない。
南朝正統宗教の真言立川流に入信したら?といって、まともな反論が返って来た事がない。
 
さらにいうなら、右左は関係なく、アメリカに尻尾を振る事さえも自虐史であるという意識が足りないし、揉め事をスルーさせることが「正しい生き方」になって、右翼も南朝崇拝の社会も、左翼利権も朝鮮総連も温存されて来たわけだからね。
 
 
で、すべて、すがりついているだけ。
 
現在進行形でこれなわけで、こういう歴史の話をすると、同じように過去の事で、「自分の信じたい事を、ただ史実の中から探すだけ」の人が、出てきてしまうわけね。
 
すがりつくだけの人。
だから、何がどう間違ってるか?を「信じたくないから、信じない」だけになっている。
 
俺はどこまで言っても、過去なんてどうでもいいじゃん!!って話だ。
 
今の世の中に現在進行形で存在する「南朝崇拝と北朝」やら、「在日右翼」やらを、調べるなかで、こういう結論になった。
あくまでも、今現在の「なぜ?」である。向き合うべきことは。
 
そもそも、俺にとって6世紀や7世紀の天皇やら、高句麗との関係やらは、たいした話ではない。
今を知る上で必要だったから、調べて「一番納得するのがこれだった」だけである。
 
そもそも、日本という国自体がどうでもいい。
過去に説明したとおり、国なんて物は形而上的な表現であって、「国=何が国かわからない」わけであって、それを守る意識=愛国といわれても、そんなものどうでもいいわけ。
 
 
俺に言わせてもらえば、守りたい物は別の物だ。
遠回りだが、少し説明しよう。
 
 
昔のドラえもんの「スネオ」や、チビ丸子の「花輪君」のように、少し昔のアニメでは、「お金持ち=ちょっと嫌な奴で登場する」という、大衆意識だった。
 
お金稼ぎ=搾取行為という「見抜かれた本質」が、大衆意識のなかにあったわけである。
 
ところが、今やアニメの中でさえ、貴族思想ばかりである。
アニメに堂々と貴族が出てくるのは、いつからなんだろうね?
最近のアニメはあまり見てないが・・・
 
三丁目の夕日のような回顧的な奴隷賛美主義のようなアニメみたいな、逆の手法での洗脳もよくないが、選民思想や搾取肯定に繋がりそうな「お金持ち=主人公=特別な貴族」で、活劇させるような要素は良くないと思うわけである。
 
大衆娯楽としてのアニメの中に、教養=リベラル思想があること、みたいな要素は必要義務だと思うわけね。
 
アメリカの自由主義者と寄付みたいなものでもわかるとおり、現実社会には、仮面としての教養でさえ、その中にリベラル的な考え方が「必要」だと思うわけで。
 
肉体=魂の入れ物とかのスピリチュアル思想とかの洗脳アニメも多いわけだが。
アニメ=洗脳装置だとしても、その製作者=表現者としての教養が足りない=馬鹿で幼稚になってるから、こういうのが多くなってくる。
過去の作品の警笛さえ気がつかない。
 
 
俺が守りたい物、日本という国は、その「見抜かれた本質」や、「多くの人が持つ教養」の部分がアニメでさえ残っていた日本という国、厳密に言えば国というより集合体であって、天皇やら腐った中央政府やらではない。
 
 
昔の人が、銀行を信用せずにタンス貯金したのに対して、今や郵貯というものが貯金から、外債運用可の預金に変わっても誰も何もきづかなかったり、公共インフラ、水道事業を金儲けとして海外進出する省庁なんて構図が平気でニュースで流れる。
 
少しは、突っ込めと。この腐った倫理に。
 
 
今のほうが昔より馬鹿になってるのかもね。
ネットが進み、簡単にリンクし、単語には詳しくなったわけだけど・・・。
全体の中にある本質を見る目や教養の部分ではね。
 
 
 
こういう歴史を調べる前から最初から出ていた結論として、自分にとってあくまでも「過去はどうでもいい」わけ。
その姿勢が、史実は調べるうえでの最低条件だと思う=分析は感情を無くす=信じたい物を無くす。
 
今回の事は、そういう自分の教養というか本質を見る部分を使って、日本の昔を調べたうえでの話みたいな感じです。
ただ、納得したい物を探しただけ。
 
そう、在日右翼から朝鮮総連まで、こいつらの持ってる5次元ポケットという利権の構造が大問題なわけで。
そいつらの「今の意識」を調べたら、「こうなった」っていうだけね。
 
 
天皇という「血縁」という努力でも何でもないもの(しかもすり替え済み)なんかより、まだドラえもんの中のスネオのような、金持ち=ちょっと嫌な奴で演出されるような大衆娯楽の中にさえある教養、こっちのほうがまだ取り戻しがきく「守るべきもの」だと、自分は思ってるわけです。

俺の守るべきものは、こっち。
だから、右でも左でもないはず。
 
昔、教養を含んでたアニメさえ、今や選民思想のツールになっている。
全く同じで、天皇や歴史的な話も同じ選民思想のツールとしての役割があるわけ。
高句麗の事を書いたからって、他の奴らの文章と同じように同じツールとして見ないでよってことね。
 
むしろ、わかりやすく言うのなら、昔あって、今失われてる物のほうを守りたいというだよってこと。

アニメの中の教養、歴史や文化の中にも正しく「継承すべき」ものがあるはずなんだけどね。
今の北朝鮮に対しては批判し、むしろ存続を許してる日本の北朝路線の在日特権を是正することだと思ってますが。
そっちのほうが高句麗の文化を守る事に繋がると思いますぞ。
 
 
日本の昔話「3枚のお札」に出てくるような、何もしないで山姥を小さく変身させて、餅に挟んで食べてしまう和尚さんの話を過去記事で少ししたよね。
これも同じように日本人の知恵であり教養だと思ってる。
 
こういう西洋のキリスト教やら神智学なんかには絶対にでてこない、日本という国が培ってきたもの。
虚像の権威である天皇を崇めるなんかより、これを守ることのほうが、よっぽど愛国(嫌いな言葉だが)だと、俺は思っていますけど。
 
神も悪魔も、天皇もキリストも、害がある権威なら、自分は食べてしまうだけですよ。
海を割るモーゼも、太陽の化身のラーや天照大神の血筋である天皇も、大気を操るゼウスの顔をしたキリストも、3枚のお札と同じ、水、火、風である。
 
 
くだらん。
そんな「作られた権威」も「奇跡の力」さえも必要ない。
俺には餅があればそれでいい。
 
信じたい物を探すためだけに史実を追いかける、「好き嫌いがある人」には、絶対に身につかない教養です。
 
 
 
 
 
 

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17th 8月 2010

可能性を捨てたとき選民思想へと帰結する【20100817】

 
 
Zeitgeist Addendumを見た。
 

 
 
いや、昔、見た事があったんだけど、その時は英語だったし。
 
まあグラントリアン路線が作ったことに間違いないと思っていたので・・・。
 
その時、冒頭のおっさんが、神智学に担ぎ出されて、反宗教になった人であるとすぐ調べて、「弁神論から、キリスト教を否定するニューエイジが生まれた」と全く同じ構図だというのを、確認しただけで満足してしまった。
それ以外は、わからない英語でフリメのお眼目パッチリと、反石油、エコノミックヒットマンの話だろうというのを、何となく確認しただけ。
 
 
で、今回は日本語訳をちゃんと読んでみると、「これはわりと良い事言ってるな=完璧洗脳だけど」と、あらためて感じてしまった。
 
いや、心配すんな。
この程度でぶれることはないんだけど。
 
 
マネーの借金本位制の部分から、商売=悪意であることを説明して、労働もこの社会体制に加担する行為=悪、誰でもわかってるけど、そのとおりだし。
ロン・ポールをあげて、「政治家に票を入れても何も変わらない」というのも、また面白い。(ロン・ポールとはどっちかというと対立だから、わざわざ名前出したって部分もあるだろうね。)
その理由が、問題を解決するのは、政治家や人、法律などではなく、「技術であるから」という理由だ。
 
 
言うまでもなく、商売=お金稼ぎが悪意となること=無から作るお金が労働となり、さらに誰かの労働を強制させる。
借金本位制=準備金のとこは間違ってる部分もあるけど、この無から労働を生み、それが強制的な成長を義務付け、競争力のない途上国を食い物にしたり、最後には戦争へとなる。これも間違ってない。
そして、「技術のみが問題を解決できる」という話も、その部分には間違いはない。
 
この無意識の悪意(欲)によって世界は作られる=ヒュームの懐疑的経験論に通じる話であるし、「技術だけが問題を解決する」という考え方は進歩主義である。
 
ま、両者ともイルミナティ思想のど真ん中であるわけ。
でも「正しい物は正しい」わけで。
ま、その先は選民思想に帰結するんだけど。そっちが間違ってるわけね。

本当の進歩主義は、そうじゃないんだけど。
現実にある地球における人口爆発などの問題などで「現実的な技術の限界」を意識したとたんに、そうなっちゃうわけよ。
「食料の生産効率の限界」とか「ヴァン・アレン帯で地球外には避難できない」とかを考えちゃうと→「やっぱ、人口爆発は止められない=問題が解決できない」と帰結して、「生き残る人間を選ぶべきだ」となり、選民思想になっちゃうわけね。
 
その部分での俺の帰結は「その問題を解決できる人が誰もいないのなら、誰も特別な人間ではないということ」という、アンチ選民思想、ひねくれ者の帰結である。
 
 
「ならおまえは解決できるのか?」と言われると、まったく反論のしようがない。
いや、考えはあるけど・・・。
 
宇宙船風の乗り物とマントを用意してくれれば、「人類に食いつぶされる地球を憂うがため侵略してきた宇宙人」をいつでも演じてやろう。マテ。
結果的に、反面教師のように地球の危機を伝えるという設定で。
 
やはり、これも「人と人が争う=選民思想」に帰結しないように、侵略者=宇宙人である必要があるなぁ~。弁神論と同じように。
 
 
俺の心情をZeitgeist Addendum(続編)は代弁しそうなとこは多々ある。

でも、こいつらの裏側、脳みそがプリン化したような老人どもに、「問題解決の可能性を目算=選民論への帰結」なんてされたくないわな。
 
 
 
 

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1st 8月 2010

ひねくれ色の午後【20100801】

 
 
 
『MONOSEPIA』さんについて少し書きたいのだ。いつもいろんな記事をクリップしてくださる。で、その中のこと・・・・【序文】
 
 
http://www25.atwiki.jp/monosepia/
 
自分は、さぼり気味なときも含めて、1週間ぐらい「何も書けない時」が、たまにある。
そういう時や、忙しくて数日ぐらいはニュースも気にしてなかった時などに、まず頼りにしてしまうのがMONOSEPIAさんのとこである。
 
あくまでも、自分は情報の発信者側だと思っているので、それなのに特定の人に依存してしまう事はよくないことだとわかってる。

自分で構築したノウハウで自分なりに情報を出すべきだという事もね。
しかし、一人では情報を拾え切れないわけで。まあしょうがないかな?と。
 
 
で、最近、自分の記事が、MONOSEPIAさんに紹介されたこと、その補足というかお返事みたいなものを、まず書きたい。
 
 
短縮URLに隠された陰謀【20100730】
http://www.mkmogura.com/blog/2010/07/30/

 
この記事の、MONOSEPIAさんのコメント
 


Twitterがなぜ奇妙なURLなのか、知識のない私には意味が分からなかったが、なるほどそうだったのか?・・・って、まだ良く理解出来ていないのだけれどね。これから少し調べてみます。はい、少し調べました。
結論、長いURLだっていいじゃないか!

 
そういうことです。
調べて「おいしく」消化して頂けたようでなによりです。
で、その補足とも言えることを少し。
 
 
>長いURLだっていいじゃないか!
 
そうなんですが、Twitterには140文字だかの文字数制限がありまして、これは大丈夫と思いきや、wikiなどのURLでは足りなくなるほどの文字数制限なわけです。
 
そんなわけで短縮URLの利用は必然ということです。
で、今では(この夏から始まった&それまでなかった)Twitterの公式というか公認の短縮URLもあるわけですが、たとえ、それを使っても、引用のルールにそって考えてみると、
 
>短縮URLサービスと言うのは、セキュリティ的に見るとリンク先のURLを隠蔽するだけのサービスでしかありません。
「穂下の適当ブログα」より
 
MONOSEPIAさんが情報クリップしてくれたこの言葉、これと同じなわけです。
 
あくまでも、Twitterの公式短縮URLを使おうと、引用してるのは、TWITTERというサービスのURLであって、「サイト製作者のURLではない」ということです。ね、引用にはならないでしょ?
 
それがつまり、自分の記事の中の
『短縮URLは意図的に引用元を隠すような行為です。』
という表現になるわけです。
 
そもそも言論というのに140文字のという制限は、致命的なことだとも思えて、主張したい論述を「ぶつ切り」にせざるを得ないのがTwitterだとも思っていますが・・・。短縮URLというのも、引用もぶつ切りにする行為だし。
まあ、この問題点は置いておきます。
 
 
まあ、↑で、「穂下の適当ブログα」さんの記述を、俺もURLをつけないで引用するように「手繰れるならいいんでない?」と思っております。
 
本来なら、「穂下の適当ブログα」さん、MONOSEPIAさん、両者のURLを記載すべきなんでしょうけど。
 
 
一般人的な視点としては、ツイッターを使う人は、ブログ名なりサイト名なりを記載してれば、別に短縮URLでも別にいいと、思っておりますけどね。
そのサイト名などの記述の有無によって、天と地の差ができますが。
 
しかし、この引用のルールの妥協点とは別に、セキュリティー的な問題と、リンク切れやドメイン売買による変更などの問題は残りますが。
 
自分自身もめんどくさいと思ってること、そこらへんも含めて「どういうルールであるべきか」というのを提議したかったわけで。
 
 
ま、だから一般人や自分よりも、特異な立場の人、「本を書くような人~」、こういう人は「どう考えるの?」として書いたわけですけど。
 
書籍などで引用は厳しいけど、ツイッターとかで短縮URLを使いまくりというのでは、将来的に自分の首を締めることになりますよ、ってことですからね。
 
短縮URLを使わなきゃならないとこや、セキュリティやドメイン売買などの「考えられる問題、全て」を、一気に解決したければ、自分自身で短縮URLサービスを作れますので、やってみてはいかがでしょう?

年間で2千円程度と少しの知恵と無料のプログラム(英語圏で独自ドメイン取得でき、無料ホスティングを探せればタダでも可能)で、できますので。小規模だけで使うだけとかなら、負荷は少ないから格安でもいいはずです。
 
『半永久的に、いつも、いつまでもリンク切れの無い「信頼できる」短縮URLサービスを使いたい』というのなら、自身で作るしかないわけで。
 
やってみれば、「こんなの半永久的にやってられるか」とか、「サーバーメンテナンスや負荷で鯖が止まった=リンク切れになった」とか、「こんなの自腹or無償奉仕でやってられるか」とかとか、問題点に気づいたり、感じるはずです。
 
それが短縮URLサービスの根本的な問題点そのものなんですけどね。
むしろ、ほんの一部だけど。
 
 
ま、本を書くような人=厳格に引用のルールを守るべき人などは、ツイッターで紹介した短縮URLをどこか自分のサイトなどで、書籍の最後にやるような参考文献のように正規表現になおして箇条書きをするなりしてもいいかと思います。
 
まあ、そいういう「落としどころ」は自分で決めてください。
 
 
MONOSEPIAさん。
本来は、「長くてもいいじゃないか!」ですが、ツイッターなどの場合は、そうはいかないわけで。
自分も、あまり他人の事をいえないですが、こんな感じです。
 
俺はツイッターはやらないので、野次馬感覚で眺めとく事にします。
 
 
追伸:MONOSEPIAさんの(2010.7.25) Sun.にクリップしてくれた情報のコメント

95%の国債を日本国民が保有している日本 、と書いているが、日本の銀行を支配しているのは日本の銀行ではないのではないか?だとしたら国債のほとんどを日本国民が保持しているとは言い難いのではないかと思うのだが・・・。

 
笑いました。言葉の裏の意味にすぐ気づく。
さくっと核心を突く。
いわゆる企業の外資比率とかもあわせて、簡単だけど案外気づかないこと。
こういうのに気づくのには、三井住友=ロスチャとか、三菱UFJとロックフェラーとか、さらにはゴールドマンサックスとかモルガンスタンレーとかとか・・・個々の情報を繋ぎ合わせておく必要はなく、自分のような「ひねくれ者」的な思考回路になってれば、簡単な事なわけね。
「日本の銀行」という「普通」の単語に、すぐ気づいて噛み付く・・・みたいな。
 
以前、日本法人と外資の話をしたことがあったから、覚えていてくれたのかな?信用崩壊に、国債を国内だけ保有とか国外とかは、関係ない事は事実です。
 
MONOSEPIAさん。
少しだけ、俺みたいに、ひねくれてきたかもね・・・。嬉しいような悲しいような。
 
 
今回の、短縮URLというシステムが必要になるツイッターのこと。
これもそうだし。
社会には警察官というシステムが必要になる。これもそう。
 
こういう「システムの必要性(利便性)と依存」、「それが組織としての意義と腐敗などの変質」
 
そういうシステムの内包する問題点を考えるうえでは、「ひねくれ者の視点」は、どうしても必要になってしまうんですけどね。
 
 
というか、ツイッターもタグが使えるようにしたり、タイトルにリンク→中間ページ表示してリンクURL記載→飛ぶ、こんなシステムならすぐ作れると思うんだけどな~。なんでしないんだろ?
 
 
 
 
 
 

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28th 7月 2010

その日暮らしのロスジェネッティ【20100728】

 
 
 
その日暮らしのロスジェネッティ!!
 
 
古いコメになってしまって、しかも、これは感情論みたいな話にもなるが、このコメントは、ちゃんと解説すべきだろう。
新鮮なうちにやりたかったが。
 
って事で紹介する。
 
 
http://www.mkmogura.com/blog/
2010/07/15/859/#comment-1878

 
 
これは、estaさんのコメントである。
 
失われた世代、「その日暮らしのロスジェネッティ!!」の・・・・。
あ、その日暮らしではないか。
 
「この世代より上は、生きてる事さえも罪である」という話である。
とくに団塊の世代についてね。
 
 
 
昔の自分なら、100%賛同してたと思うけど。
今は違うぞ。
 
団塊の世代の人などに対しても、その論調では、自分達のやった事を「自覚して=苦しんでる」、その苦しんでる人達だけを追い詰めることになりかねないよ。
 
そして、その人達とは違う「無自覚で人を殺してる老人(想像力が現実に追いつかない人=老人)」という大多数についても、この人たちと誰もが無縁で生きていける社会ではない。
親とか兄弟とか、親戚とかも考えれば解かるよね。

絶望=状況把握であることも、年長者に食って掛かれと言ったことも【20100712】、昔の「この社会の責任を誰が取るべきか?」をずっと考えてた名残りだろうね。
 
俺も、「年寄りの目を覚まし、責任を自覚させること」ばかり考えてたよ。昔はね。
 
今なら笑い話だとわかる。
大多数が、現実に想像力が追いつかない人達なのに、何を望むのかと。
それに、今の自分は、10代や二十歳そこそこのガキではないし、俺自身もその老人=現実に想像力が追いつかない側に来てると思うのにね。
 
 
それに、責任を望む=大多数が自覚させる事、それは無謀と言うか、無理であっても少数の人は、ちゃんと感じていてくれる。
 
それがわかってきたし。
俺も笑ってごまかしてる「その日暮らしのロスジェネッティ」なんて言葉の裏側の「現実の残酷さ」を。
 
その気づいてくれる人だけを苦しめてどうすんだと。
だから世代対立みたいなのに、なっちゃいけない。

「人は信じたい物を信じる」わけで、「絶望という現状把握」も、今までのツケの「財政破綻」も、「残酷な現実を伝えやすくなる」という利点でしかない。俺も歓迎だよ。
 
この現実を伝えることが、「残酷」というのなら、自分は残酷な人間である。だって現実が残酷なんだもの。
 
その代わり、「冷酷」にはならないようにしたいと思う。
 
労働基準法が存在してると思い込んだり、戦争に賛同してることから目を背けたり、それ以前に、「若者に一番多い死因には適応できる生命保険はない」という、この社会のように。
冷酷、無慈悲には、なっちゃだめ。
 
自分だって、何が起こるかがちゃんと見えてるわけではない。
だから必死に考える。
その結果を「こうだよ=だから現実は残酷なんだよ」と温かく伝えれるようにしたいと思う。
 
別に捕って喰おうとかじゃないんだからさ、ただ伝えるだけでいい。
だから「暖かく残酷になろうよ」
 
 
この状況で責任問題で議論してもしかたないわけだし。それで何かが変わるわけではない。それはその後でいい。世代間対立みたいな物なんて、そういうことだよ。

人は信じたい物を信じる、これは自分自身もそう。だから自分自身を誰よりも疑う。
 
財政破綻も、大きな意味では終末論みたいなものも「俺自身が願っていた」みたいなとこはあるよね。
だから疑って考える。大昔からね。
 
今なら、この状況で消費税をあげたらどうなるか?でも解かると思うが。
プライマリーバランス=多重債務という話。
ドーマーの定理と、ごまかし工作員。
国に資産があろうが(いや、ないし※1=流された残りだから【20090205】)、内債務だろうが、払いきれない有利子負債=国が責任を負うなら、信用崩壊=破綻するしかないと言う事。
 
まあ、遅いか早いかで、間違いないと思うぞ。
 
 
おっと、財政破綻とか戦争とか、そんな事があっても人間がいなくなるわけじゃない。
今の状態で、何の進展も生まない責任問題だけで終始するなんて、この社会を作った奴らの賛同者になることだよ。

それは、今の自分を認めたくないから、他人や社会のせいにする。
俺らより上の代の奴らが背負うべき責任の存在も、これと同じくらい明確な存在だけどね。俺も認めたくないとこはある。
 
でも認めたくは無いけど、これを選んだのは自分だと思う。
認めたくないけど納得してる部分もあるでしょ。
この社会が腐ってるのも事実だけど、良い事だっていっぱいあるわけだし。
それと同じで、無力ででも自分を否定できないし、何も考えずに生きてる人たちだからって、否定して責任だけを押し付けるような事はしたくない。
この社会の貢献者でもあるんだから。
 
 
・・・。
 
うーん、感情的な話は苦手だな。
まあ何が言いたいかというと、estaさんの言い分もわかる。
 
たぶん、俺の方が年下だと思うけど、自分のとこも「同窓会は開かれない」んだもん。
 

>何がつらいって、小中高の同窓会がここ15年開催されない。
>何かこう・・・普通に多数派がきつい人生送っているの歴然
>としているから公に開くに開けないのだ。

 
 
これは年上の世代にはわかって欲しい話ではあるなぁ。
それでも、恨みたくないんだよ。

まあ、俺のように「まわりを気にしない無職様」が幹事なら開けそうだけど。
 
でも、この生き方を選んだ事に満足はしてるよ、俺。
「こんなもんか」って認めたくない部分はあるけど。
 
属国の特別会計やら輸出企業、ドル建て米国債やらも含めて、アメリカ様のために働くしか権利の無い社会。
財政の破綻もわかってたし、親の貯蓄を食いつぶしてても、それまでは持つと思ってたし。たぶんそうなるだろうね。あと数年。
本当は金があれば、違う事へ準備ができそうだし、生き残りたければ、どっかに属してる方が楽なんだけどね。黒いとこから復興してくけど。
 
でも「現行のお金の否定」も俺の中のテーマだからね。
 
そして誰よりも自分のことを疑うように言い聞かせて、何に洗脳されてるか紐解いて来た・・・と思う。
まあ、俺も結婚とかはできるわけないわな。自分さえ信じない人間が誰かを信じれるわけがない。

自分のブログに到達するまでに、estaさんにもそういうとこがあるのなら、そこは自業自得かもよ?ちょい、ひねくれてるとこがあるし。と、俺が言う。
ただ、他人を信じることはない、そんなドライな信頼関係でも意味の無い物ではないでしょ?以前のことといい、俺は誠意は誰にでも込めてるつもりです。
 
あ、昔、俺は後醍醐天皇が好きだったんだよ。それはなぜか?を考えた時、そこから南朝天皇について気づいた。自分自身を疑ってね。
 
 
そこまでわかってきて、仕事だけをしていく気はなかったし、十分満足である。
右も左も整理できないメディアとか、そんな中で何ができるか?ってのも含めてね。気づいてくれた人も多いし。
 
 
そういえば、この間、お手伝いに行った初対面の船長に「どうしようもない奴だ」と言われたよ。
そして「夢はあるのか?」とも言われた。心配してくれたらしい。
 
無から「お金=労働」を作り、最終的に戦争を作る=「今のお金」を作り変えることです。とは言え無かったよ。
家族持ちには、あまり説明できないなぁ・・・。今は、まだ。
それは、借金しまくって船をなおした、この船長にも残酷な話だ。
今年は儲からない年だしね。
 
お金の部分だけなら、説明してどういう意味かは理解させられそうだが、それだけじゃすまない話だしね。
 
そこを短絡して「世界征服」と言おうかと思ったけど、勘違いされたら、海に投げ込まれてしまう。こっちとしては、ふざけてないから困るのだ。
いや、ある意味では世界征服ということで間違いではないわけで。
 
で、がんばって働いて「おかず」を、ぶら下げて帰ってきたよ。
ま、自分の目的は「経験値」なわけなんだがね。
 
 
今、同窓会を開く事さえ残酷である。
 
同じように、何も考えてない人たちに話すには、俺の話は残酷かもしれない。正直、このブログを夫婦で読んでくれてるという人には、ビビった&返答がしどろもどろになったけど。
 
認識とは、その人の考えた事の延長線上にしか生まれない。
だから絶望さえも糧にできる。
 
 
例えば、財政破綻があったら同窓会が開けるね。
今よりも失業者だらけで、海辺で焚き火を囲むだけの同窓会なんかも、おつなもんだろう。
ある意味、みんなが開き直れるから。

まあ、財政破綻なんて、どす黒い企業から復活してくし、旧友同士を詐欺してでも家族を養おうみたいな奴も出てくるし、いつだって残酷には変わりないわけだが。
でも、今よりも、人にやさしくなれるよね。
 

それは、「人間味のある温かい残酷」という意味では近くなるよね。
遠くない未来だ。
 
そんな、誰もが「今のお金」の問題点を考えてくれる時代がくるのなら、もう俺は少し伝えることができるかもしれない。
だから、どんな残酷なら許されるのか、ブログでしか言わないような言葉を現実社会で飲み込むたびに考えてしまうんだよ。
 
 
ちなみに、うちの母親は「団塊(だんかい)の世代」のことを、「だんこんの世代」と読み間違えています。
面白いので、ほっときました。
 
 
 

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27th 6月 2010

お金の循環性という信用創造のものさし【20100627】

 
 
さくさくっと、質問に答える。
 
http://www.mkmogura.com/blog/
2010/06/21/811/comment-page-1#comment-1781

 
 
estabさん。
 
大蔵省とか、財務省という「名前」が、仕事をするわけではないですよ。
「戻せばいい」とだけでは何も意味がありません。
 
「窓口指導が、あったかどうか?」
 
これだけが大蔵省と財務省の決定的な違いだったわけです。
で、これが「所得の再分配という機能」だったわけです。【20080322】
ノーパンしゃぶしゃぶ以外では。
 
 
だってこれ、法律にも、のせないで、やっていたことですから。
このことは、円の支配者(ヴェルナー本)にも、書いてあるよ。
法律になってなかったってこと。
 
だから「昔に戻すって何を?」って話になります。
「ルールも、仕組みも無ければ、どうやって戻すの?」ってことだよね。
 
 
じゃあ、新しく「ルール(法)を作って窓口指導をやらせればいい」わけですが。
しかし、窓口指導なんて、簡単に言えば「お金を何に使わせるか指導する。」という、銀行ファシズムそのもの。「独裁者の手法」です。
 
循環しやすいお金に指導する行為(循環性=貧乏人のほうが高い)。
 
銀行には不良債権化しやすくなる「貧乏人のほうに金を貸せ」とかの行為なわけで。
で、個人には「コンビニを使うな」「大型スーパーでなく八百屋で買い物をしろ」とかの話になる。
 
これを法律で整備できるか?といったら、不可能でしょう?
  
 
だって、「お金を何に使わせるか」なんですから。
 
市中銀行と不良債権の関係を、個人に置き換えれば、「循環しなくなってしまう有価証券にお金を使え」ということで、「テレフォンカードを使え」みたいな指導と同じようなもんですから。
 
窓口指導は、非利己的=儲からなく、めんどくさい行為なわけです。
 
 
昔の「株の持ち合い」だってそうです。
 
単なる株の持合=インサイダーとかの上場詐欺みたいな部分があるわけです。株式→資金を募るという構図ではないってことだからね。
しかし、その「持ち合い」というシステムが、「投資」という「循環しないお金の行為」が加速する事を抑制していたし、株を持ち合うことで、企業の防衛コストを押し下げてきたわけで。
 
 
そして、ここでも「めんどくさい」という理由が、「窓口指導=循環しやすいお金へ」という形を生んでいたのでした。
今のようにネットで株をやらないことが、これまた投資を抑制してきたわけね。証券会社の窓口に出向いて株を買って、忘れて、株券がでてきて遺産とかで慌てて名義書換をするみたいなのが。
 
昔は、株の売買がめんどくさかったから、出来た話なの、これも。
 
 
ねえ、今の人間って、「便利さ」「低コスト」、こういう効率の「ものさし」でしか、物事を測定できないんだよ。
だから、「循環しやすいお金にコスト高でお金を使う」なんて窓口指導の行為をやったら、逆に叩かれるだけでしょう。
 
まあ、預金準備率=紙幣にあわせたコントロールなわけで、そこだけでも電子マネー化(これまた非循環マネーのものさし)の現代では、「時代遅れの手法」なわけです。
 
「社会のものさし」が、「単純な効率」だけで進んでいってしまうのは必然なわけです。
 
だから、「お金の循環性というものさし」で、大衆が判断するようにならないかぎり、いつまでもロスチャイルドによる経済復興=窓口指導による所得再分配は、時代遅れの手法なわけです。
 
 
中国では現在進行形で預金準備率でのコントロール=窓口指導が行なわれていますけどね。
 
それでも、昔のような日本人の総中流化=所得の再配分と比べて、今の中国は効果が薄いと思っています。
 
なぜなら、ネットで株が買える「効率性の向上」とか、そもそも「ネット自体さえも」、「循環性の悪いお金を産むアバター」なわけで。
 
 
現代社会というか、国際貿易の土台は「キリスト教の奴隷商売」からです。そもそも、奴隷というシステムも「人間ひとり分以上の、生産性を人間が持つ事によって、奴隷が生まれたから」なわけです。
 
テクノロジーというものが何か?とか、社会構築も要素=理性は欲ではないか?とかとかって説明が必要にもなることですが。
まあ、簡単に言うなら、「便利になればなるほど搾取社会は構築しやすい」という言葉あたりの説明で、ここではよしとしてくださいな。
 
 
社会は、この「効率」という「ものさし」だけで進んでる。
だから、単純な「お金を何に使わせるか?」という窓口指導の手法は、時代遅れの手法へと、ずんずん変わってしまっている。
 
もちろん、自分も「旧大蔵省へ戻す」でYES、NOなら、もちろんYESです。所得再分配の是非ってことですからね。
 
でも、昔のように簡単に、この所得再分配は機能できるか?と言ったら、自分は「できない」=時代遅れと考えています。
それは今の時代に、投資の抑制=ネットで株式の売買をできなくさせるのと同義だからです。この部分だけでもわかるでしょ?
 
循環を生まない種銭だけのマネーゲームの味を覚えてしまったわけですから。
 
 
その部分があわさって、「俺に窓口指導をやらせてくれるなら、10年で日本経済を復活させてみせるよ」という表現になったわけね。

必然的にロスチャイルドのように通貨発行権を独占し、独裁者になれるのなら、コントロールできるよ、と。
 
まあ、「独裁者が良い事をすればうまくいくシステムは、独裁者が悪い事をすれば、悪くなるだけの欠陥システムである」ということ。
 
法や経済システムの改正で(自分が投資通貨とかの構想はここらへんの話)、この循環しやすいお金を生む社会を作る事が出来ないなら、昔のような「独裁者が必要になる」って事ですね。

そして、この「ものさしで作られた社会」では、善良な独裁者を生み出す事が出来るか?ってことにもなる。
その答えも「できるわけねーだろ」って意味で、「俺に窓口指導させてみな」みたく言ったわけね。
 
 
さて、社会の「効率」という言葉に隠された「搾取」と「評価=ものさし」を説明した。
 
これが旧大蔵省、昔の金儲け=悪という美徳(とも限らないが)を持っていた頃の日本の再分配システム=窓口指導であると。
 
だから、これを、今の時代で、法などで整備できるか?といったら、「独裁者でも作らない限り(理想論的な空想に頼らなければ成らない限り)難しい」=「銀行ファシズムである」というのが、自分の答えです。
 
よって、名前だけ大蔵省に戻しても何の意味があるの?ってことになるわけね。
だって、窓口指導のことは法には書かれてなかった事なんだから。

そういうわけです。突っかかるような冒頭の表現をしてごめんね。
 
 
ロスチャイルド(旧大蔵省)による戦後復興=高度成長時代。
 
この「善良なる独裁者の仮面」も、戦後の逆コース=反共という冷戦構造化の中で、「敗戦国の日本の地位を向上させ、マーシャルプラン=世界ドル本位制を定着させる役者として機能を持たせるために戦後復興をした」という流れで、生まれただけのことだからです。
 
当時の舞台装置=冷戦構造を願う「戦争屋」の視点になることも。
「窓口指導をさせろ」みたいな、ロスチャイルドの再来のような独裁者の視点になることも、間違っているでしょう。(別にロスチャは消えたわけではないが)
 
それに、ここでは余談ですが、護送船団方式を作った人も、近年の日本の新自由主義のシンボルともいえる郵政民営化をやった人も、「同じ人」なんですけど。
 
おっと、ここらへんは次回の記事にしよう。忘れてくれ。
 
 
よし、今回のまとめ。
 
時代遅れかどうか?
 
この表現の裏には、今の社会進行=時代の進み方は、大衆に「お金の循環性をはかる『ものさし』が不足している」という、現状理解が隠されています。
 
それが過去の所得再分配=窓口指導の評価システム(独裁者が循環性を決めていた)ということの検証にも必要であること。
 
大衆が、この『ものさし』=「お金の循環性という理解と評価」を持たない限り、新システムの構築なんてものは不可能であるという話に繋がるわけです。
 
お金なんて作られた瞬間に循環性を失いやすいという話=マネーサプライの必要性とか、そうなると必然的に必要になる通貨発行権の理解などの話も含めてね。
 
 
大衆に、この「ものさし」を配るにはどうしたらいいでしょう?ってことですね。
 
 
もし、この「ものさし装備」の義務化。
 
それができるなら、俺の考えてる事も、もう少し大衆化されるかな?とも思うわけよ。
 
循環性を失わせるマネーゲームというものを抑制させるための、投資通貨(別通貨で区分ける)とかの意味。
「ベーシックインカムという目的のためだけに通貨発行権を行使できるシステム(通貨発行権という権力を、独裁者ではなく大衆に帰す)の地域通貨とマネーサプライ」とか。
普通のベーシックツインカムでは100円貰って200円税金で取られるだけだから意味が無い。
 
通貨発行権を民主主義=ベーシックインカム化し、循環性の低い分野は、別マネーで区分けして、それ(循環性)を測定し、それにあわせた累進課税なりなんなりで、所得再分配をするシステム。
 
ベーシックインカム以外の通貨発行権を一切認めないマネーの意味とか、そのマネーを地域通貨とし、それで納税=消費に回らなかったら、公務員やら銀行家やら、高額所得者やらが枷を背負うシステム。
 
 
おっと、今日はこの話ではなかったね。
 
循環性の理解。これをどうやって広げるか?ということなんだけど。
 
それには、よい部分以外の問題点もある。
その過程の中で、日本では創価学会や生長の家、世界では細分化されたキリスト教みたいな「宗教を核とした利権屋」が力をつけてしまうわけ。
 
大衆に「お金の循環性の重要性」を普及すればするほど、これらを助長させてしまう。
過去の窓口指導=高度経済成長時に、大きくなった創価学会のように。
 
お金の循環性のコミニティ化ってやつだね。
そういう問題点。
 
それでも、お金の循環性という、このものさしは必要だと思うよ、って話。

今の増税世論という洗脳行為にも、「お金の循環性を無視してる」という問題があるわけだから。
お金に税金をかける「累進課税」でなく、「物に課税=消費税」という増税ならお金は、極端に循環性を失いやすくなるわけで。
 
そして増税した使い道→循環性についても一切無視しておりますな。
「無駄を省く」というのは事業仕分けで散々出て来た言葉ですが。
 
 
ま、それ以前に、コンビニや大型チェーン店化した町並み。
こんな世の中ですから、「お金の循環性をはかるものさし」、その重要性を知ってもらいたいわけです。
 
この町並みを作った、「効率」とか「欲」の話でもあるわけね。
そういう経過を進んでいる事、そして時代遅れの意味っていうのが、わかっていただけたでしょうか?
 
こんな返答でよろしいかいな?
 
 
おっと、護送船団方式を作った人の話で微妙に続く。
 
 
 
 
 

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21st 6月 2010

バケツの穴と亀井、経済学者とバケツ【20100621】

 
 
へろう。
 
 
よし、久しぶりに記事を書くか。
相当、さぼっておりました。
 
俺が、「増税洗脳が来るよ」と言ったのは、いつだっけ?
それにしても、今、すごい事になってるね。
あの時は、ここまでなるとは言ってなかったけど。
 
菅により、民主が自民化すると、財務省の意向=増税洗脳が加速する。
それが指標になると。
既に破綻=死んでる日本経済に、「苦しい苦しい詐欺」。
効きもしない高価な薬を財務省という詐欺医者が、無理やり買わせるのである。
 
まあ、巷では「急に消費税の増税論が沸き起こった」みたいに、扱われてるね。
例えば、池田信夫とかは「目を覚ましたら・・・」なんて言ってるが、あほかと。

これは、予想通りの話なわけよ。
「経済学」という分野での、所詮はオママゴトというものでは、絶対に分析、予想の出来なかった類の話ではあるが。
 
中央銀行という人為的なスイッチで、「雨を降らす事が出来る」空なのに、天気図だけで明日の天気がわかるわけなかろうと。
 
「経済学」のやつらは、その「人為的スイッチ」を無視して解説してる馬鹿どもに過ぎない。
その違いだけだ。
 
 
この事だって簡単な事である。
 
大蔵省→財務省のノーパンしゃぶしゃぶというロックフェラー系のエコノミックヒットマン。
旧大蔵省勢力の衰退ともいえる、少し前の藤井の辞任。
そして小沢の役職からの追放。それが在日米軍という、最も自民党らしい手法での民主党のボス猿の交代。
 
前原、野田、その他モロモロ。で、以前から噂があった菅。
 
 
経済なんて、数学的などではない。
人為的行為と、感情、思想によって、支配されてるんだよ。
マネーサプライの量なんて、その最たるものである。
じゃぶじゃぶ、である。
 
 
バケツで水をかけても、それを天気のせいと勘違いする馬鹿どもばかりである。経済学の人達は。
 
 
あと消費者金融のシステムが変わるのも同じ要素をもつ。
これも裏に財務省ね。
 
これは本来は、旧大蔵省の窓口指導のようなものとセットのはずの法であるはずだった。
つまり「借りれなくなる人に貸すよう指導する」=旧窓口指導そのものが、あるはずべきだった。
しかし、すでに財務省化した民主党の中では、「個人情報=所得情報」の管理の手法という、単なるマイナスの部分だけになっただけである。
 
ここらへんはTASPOと同じことだ。
 
本来やるべきだった窓口指導=それは亀井が以前、言っていたこと。
「そういう金融機関とは、私が直に話す」みたいな脅し。
 
無理やり金を貸すように指導するよということ。
 
これが、財務省=ロックフェラー化の意思だけの政権になって、どう変わるか、まあ、これも亀井と手打ちがあるだろうね。
 
金融&郵政民営化も国民新党が後釜になったんでしょ?
亀井の子分が。
 
前回の記事を書いた後、ジャパンハンドラーズのヒロシのとこなどを見て、ああ、「自民化する現政権の中心は亀井になる」という持論に確信を持ったよ。
 
 
俺の読者の中に、国民新党を応援してる人がいるのは、俺も知ってる。
 
でもさ、郵貯をマネーロンダリングして、既に「買えないはずの」米国債を買ってるのに、それを「年次改革要望書に沿った行動ではない」って思う馬鹿は、さすがにいないと思う。
 
 
それを無視して、「巨悪=自民党を倒すために、国民新党を応援する」という姿勢では、「中国が攻めてくる~~アメリカ様~助けて~」の自民党工作員の理屈と一緒だよ。
自民はすでに野党です。そして亀井の経歴ぐらい調べろと。

と、最近、気分が悪くなるのでニュースも見てない俺が言う。
すんません。
 
 
ここまで、菅が財務省の言うとおり動く駒になってると、亀井とは「手打ち」ではなく、いらないとして「切り捨てるかもしれない」とも考えられる。

郵政・金融担当相の後釜が国民新党の奴ということで、今はまだ「手打ち」だけどね。
たいして方向としては意味の無いものだが郵政民営化法案の行方次第で、また変わるだろう。
これは「誰にどう貢ぐか?」という焦点だが。
 
 
まあ、この政権の自民化するとこの中枢は=亀井で間違いないと思うよ。
手打ちも、切り捨てでも、その中枢だから起きるであろう事。

亀井が日本郵政の社長に斎藤次郎という元大蔵事務次官(昔は小沢を支えていたが)、すでに財務省系ロックフェラー系への寝返り組(副島系のとこで詳しくかかれている) を頭に置いたこと。
 
そして郵貯で米国債を買ったこと。
ここまでの流れ。
 
そう考えると、「手打ち」の可能性のほうが非常に高いという事である。
 
 
 
はぁ~、それにしても財務省の増税政策。
これは失われた20年が30年になるという事だ。
 

インフレを抑制するには内需を殺せ?庶民を苦しめることで成り立つ

非生産的信用創造と失われた10年【20080404】
http://www.mkmogura.com/blog/
2008/04/04/60

 

国債でなくお金で考えれば、この理由はすぐわかる。
お金を発行してもインフレを抑制する、あるいはデフレにする手法がある。
大金持ちに使わないお金を発行しても、インフレにはならない。
同時に、大衆を苦しめれば、資金が市場から引き上げられるのと同じで=逆にデフレになるわけ。つまり、お金をすっても、インフレにならない。
 
だから、循環しないお金=国債を発行しつづけて、格差を「意図的に」作ってきたわけ。特に財務省がな。
同じことで、財務省が「財政が苦しい=増税」=デフレ誘導は機能としては同じなわけね。
これも既に破綻してるのに「苦しい」では本質を見失った単なる搾取の手法です。

 
 
過去記事より。
 
 
 
はぁ~、つらいだけの話になってしまった。
 
在日米軍のことで民主党=与党のTOPが勝手に替えられてしまうようなシステム。
それで、財務省の手先、菅がやってきたと。
 
これじゃあ現在の選挙権なんていらないよ。
政党なんぞを書く投票ではなく、「国民投票で在日米軍基地をどこに投票するか」を選挙させればいいだろう。
 
そっちの投票権をくれや。
それなら、俺は「在日米軍を無くすために東京に米軍基地を誘致しましょう」って活動をやるから。
本当は東京在住者が、そう言うのが理論の整合性的に一番いいんだけどね。
 
 
まあ、でも悪い事だけではない。
 
リハビリしようと思ってサボっていた、どうしようもない俺だけど。
MONOSEPIAさんが、自分が見るべき風な記事を、ちゃんとまとめてくれているし。
いや~大助かり。今回の記事も、そこだけ見て書いた。
菅=財務省を意識した記事をまとめてたり、他にもテンプル大学のこととかとか。
他の人もいうなら、「とりにく」さん、たぶん、これから亀井に裏切られるだろう、「だいだいこん」さん。
 
だんだん本質をつく人が増えては来てると思う。
自分で考えて、調べて、書いてくれる人。
その人たちに、「これから何が起きるか?」を提議することで、それぞれが本質に迫れるかもね?と思っている。
 
もちろん、俺が正しいとは限らないし、結構、間違っている。
今回の在日米軍の話だって、読者のKGさんに指摘してくれた事「在日米軍は何のためにあるのか?」を理解できてないから、ここまで日本の全メディアが再びロックフェラー系になったことも俺は予想できなかったわけです。
世界的には、戦争が必要になってる部分はあるけど、基本的にDロック衰退なのにね。
 
たぶん、まだ俺の知らないこととか、勘違い、ちゃんとした目的が在日米軍にはあるんだろう。
 
菅=財務省は、もう間違いない。
とりあえず、亀井のことだけでも「これから起こる事」として意識していただければと思っている。
 
そういう人には「たいして調べて記事を書いてるわけではない」と、バレちゃってもいそうだが。

もし、それでも俺の書いたことが、「本質を突いてる」と思わす事ができれば、そこには間違いなく本質が含まれてるんだということになるもんね。
 
答えは、この先にある。だから目を背けちゃいけない。
 
 
 
 

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6th 5月 2010

空しき逸材(改)【20100506】

 
 
業務連絡風なこと。
 
 
最近のブログの感想やら、補足やらみたいなことだが。

わざわざ言いに行くことのほどでもないと勝手に判断し、それにIPが残ってしまうので。最近、良い串がなくなった・・・。
 
書きたいことが貯まったんだけど、「読んでもらっても、もらわなくてもいいや」的なことを、適当に書く。
 
 
 
>悲しき秀才
http://sassasa1234.seesaa.net
 
アバターがパクりだからじゃなくって、「反ロックフェラー的な攻殻」とか、「カバラ思想のもののけ」とか、スピリチュアル=生まれ変わり=化身=アバターにも、思想的な繋がりに共通点が見えるという話ね。
秀才は、相変わらず、ごまかすような書き方をしたかっただけかもしれんが。
ペッペ!!
 
 
ちなみに、人智学と神智学の比較は、このサイト、秀才から教わった事で、スピリチュアルすぎるニューエイジと、ある程度は現実的な新左翼みたいな分類の肝になりそうな話です。
神智学→ニューエイジ それを批判したシュタイナー(メソ理論=社会フリメ支配の三分節化=メソはもともと科学サロン)【20090728】【20090203】
 
例えば、船井幸雄やら中丸薫みたいな「スピリチュアル全開な人達」と、副島隆彦とかの「ある程度は現実的な論者」の区分けの肝になるわけね。
同じ左翼系というけど混同しちゃってるでしょ?
 
シュタイナーが人智学を作って、神智学からのベクトル(スピリチュアルなど)が行き過ぎたのを、メソ=科学という本来のほう=現実的路線へ引き戻すために批判したという構図だから。
アルルの男ヒロシに言わせると「5次元業界」になるほうが、神智学よりの方で、ある程度、現実なほう=人智学、つまりヒロシなどは人智学よりなポジションなわけ。
もとのルドルフ・シュタイナーの思想は、優生学と選民統治バリバリだけどね。
 
シュタイナーはニューエイジみたいなのを明確に継承してるけど、少し引き戻したという難しい話なんだけどね。ここは、まとまったら、また書きます。

社会フリメ支配の三文節化【20090729】
http://www.mkmogura.com/blog/2009/07/29/283
 
おっと、とりあえず交霊会が映画という娯楽に変えて再登場したから、そこらへんを抑えておきましょうということ。
パクリだから批判と言う話ではないですぞ。
こういう映画が流れるのとリンクして、スピリチュアルに騙される輩が増えますし、今は、ロック系が巻き返してるわけで、メディアの中で叩きあいみたいなものに発展すればいいかな?と思って書いてるわけです。
 
つぎつぎ!!!
 
 
 
>煩悩くん フルスロットル
http://aioi.blog6.fc2.com/blog-entry-1512.html
 
俺のトラックバックが暴走してる。
どうやらFCブログがピングの受信の折り返しが、うまくいってないようです。
で、調べたらMT、wordpress含めて、トラックバックにエラーがでるFCブログの仕様らしいです。相性が悪いようだ。
「送ったけど、お返事がきてないよ~!!」という状態で、何度も、こっちが送っちゃってるわけで、とりあえず、もうトラックバックのPINGを送らないようにしときました。
これで大丈夫です。
 
ご迷惑かけてすいません。
でもFCブログが悪いんだもん。たぶん・・・。こういう問題が起きた場合、双方向の関係は、どっちが悪いのか難しいですな。
FCブログユーザーに送るときは、これから注意しときます。
 
 
追伸:猛獣王Sさんという方が、「煩悩くん フルスロットル」からの引用として、自分のガイドラインを「るいネット」に紹介してました。
俺の感想・・・
「その部分は、俺のガイドラインなのに・・・。ま、細かい事は気にしない!!」
どうぞ!!どうぞ!!!
煩悩くんとこのURLがガイドラインではなく、ブログTOPページだったから、勘違いしたんだな。
よし、これで、おあいこ、おあいこ。
でも、昔、「猛獣王Sさん」を過去記事で俺も紹介したことがある。
 
グルジア問題と今後のアメリカの方針【20080809】
http://www.mkmogura.com/blog/2008/08/09/124
 
自分は過去記事で紹介した、ロス茶、ロックの話を集めてる人・・・、俺は名前を覚えている人。
 
でも、こういう人に読んでもらったことなかったのか、俺のブログ・・・。
そこだけは悲しくなりました。
 
 
 
 
>建築とかあれこれ
http://kinokokumi.blog13.fc2.com/blog-entry-75.html
 
>お前ら日本人の払った税金で、
>イラクの子供たちが空爆でとんでもない目にあってんだよ。
>金縛り&幽霊くらいで、がたがた抜かしてんじゃねーよ。
>幻覚みたけりゃシンナーでも吸ってろ!!
 
 
腹抱えて笑わせて頂きました。ケラケラ。
使わせてもらいます。
 
 
 
 
 
あと、面白い話が一つ。
 
いまや「読む価値の無いスレ」になってしまった(まあ、過去ログは一応取っといてるけど)メソイルミナティスレの住人、「ソーゾー君」と「百式」が喧嘩をしたようです。
 
http://hya94ki.blog34.fc2.com/blog-entry-66.html
 
「百式」と「ソーゾー君」がいると議論にならない&そこに俺がいると収拾がつかなくなるので、遠慮して書かなかったんだけど・・・。
 
ソーゾー君は裏切ったと、百式という人は(たぶん両方とも子供)、ブログで書いてました。
両方とも、市中銀行を国有化すれば、全ての問題が解決するという、アホな政府紙幣論者で、昔は2人仲良く一緒に騒いでたのに・・・。

→こいつらのせいでスレから人が離れたのは間違いない事実だけど。
 
 
タルムードはハウプトが作った(ぉぃぉい!イルミを作る1000年前にできてるぞ!)とかの基本的知識のないのソーゾー君を、百式は「裏切った」と騒ぐわけである。
 
そして、その百式も、「佐々淳行氏という人が、ユダヤが悪いと言ってる、そのとおりだ!!」と、ブログに書いているわけである。
 
 
・・・・。
 
どうやら、彼の頭の中は、「ユダヤ(なんのユダヤを指すかわからないが)=銀行家」で、それを批判するのは「正義の味方」らしい・・・。
 

佐々淳行氏って、内閣官房内閣安全保障室の初代室長で、記者クラブ(内閣府担当)やら内閣情報調査室(内閣府の諜報機関)やらを仕切ってた人なんだけど・・・。
 
野中の暴露した内閣官房機密費←ここ重要!!を御用聞き評論家に配ってたことでもわかるとおり。
 
 
 
「世界中は銀行家の手先しかいない!!でも、記者クラブを仕切ってた人は銀行家の手先ではない、」

・・・これって、どんな理論だよ。
 
佐々淳行は、過去記事で書いたとおり石原慎太郎三選の都知事選挙で選挙対策本部長を務め、日本リスクコントロールにも名を連ねる日本版CFRの重鎮、ロックフェラー系の番頭なんですけど・・・。
 
銀行家が自分達に都合の悪いことを隠蔽する=記者クラブを統治する。
 
記者クラブが正義の味方によってコントロールされてたなら(ありえないけど)、銀行家による支配というものも存在してなかったないことになる。
 
どうやったら、この二律背反を説明できるのかな?
 
まあ、子供を虐める趣味は無いです。はい。
2ちゃんのイルミスレなどの過去ログを読む時は、そこらへんを注意してください。
大量な「百式テンプレ」なるものがありますので、読んで無駄な時間を過ごさぬよう。
 
 
いつでも、質問やらなにやらは受け付けております。
 
まあ、2ちゃんのこのイルミすれでもいいし(統一系が運営してるけど)、ここに上げた人とかブログ持ちは、「まっこうモグラ」「mkmogura.com」みたいな単語を入れて、自分のブログなどで意見を言うなりしてくれれば、遅かれ早かれ、グーグルあたりで気づくわけで。
 
今後は、ガイドラインあたりで質問ある人が出てくるかもね?
気づいたら、そのうち答えます。
自分を信用してくれるorコメントぐらいなら大丈夫と思ってる方は、ブログのコメでどうぞ。
 
 
コメ=自分のブログにもIP残したくないなら、そんな感じで、意見や質問してくださいな。俺も同じ事で、あまりコメしには行きませんのであしからず。
 
こっそりと俺のブログを転載して、自分の書いた記事風にしてる人にも気づいているけど(会員制にすな!どうどうとやれ)、別に怒らんし。

気づいてほしいような人には、自分が書いた記事って気づきそうなもんだし。
評価なんてもんとは関係ない方針で、このブログはやってますんで。
 
 
 
 

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