虚空と君のあいだに

フェビアニズムと解体新書 その2 【20091024】

24th 10 月 2009

フェビアニズムと解体新書 その2 【20091024】

 
 
 
 
前回の続き。
 
 
アメリカを支配するパワーエリートの解体新書
中田安彦(ヒロシ) isbn978-4-569-77278-3
 
 
さて、シュタイナー思想の説明。
 
この「アメリカを支配するパワーエリートの解体新書」のP182から「コーポラティズム」というものの説明をしている。
 
これは、現在の鳩山が騒いでいる「友愛」そのままである。
それは「経済における友愛」というシュタイナー理論の中身である、社会有機体三分節論の問題点そのままである。
 
エンデ理論の根本とフリメである限界【20090728】
http://www.mkmogura.com/blog/2009/07/28/282

社会フリメ支配の三文節化【20090729】
http://www.mkmogura.com/blog/2009/07/29/283
 
 
これは、マネーサプライの否定とも言える放置主義のオーストリア学派、リバターリアニズム(ロン・ポールなど)と中央銀行廃止思想(政府機関にするだけじゃ何もかわらない)の問題点にも絡んだ話である。
よって、説明するから、↑ 読んでね。
 
 
まず、シュタイナー=フリーメーソン思想であり、世界中の中央銀行、ドルを主軸とした国際決済までもが、このコーポラティズムの形態で構築されている。
コーポラティズム=シュタイナー思想である。
減価紙幣のエンデとかも、この思想の一種だ。↑で説明したとおり、エンデは通貨発行権という支配者のツールの機能を無視している。
 
 
そして、労働組合=フリーメーソンで、共に発展した理由もシュタイナー思想からである。
 
フリメの構築マニュアルは、社会有機体三分節論より
 
 1 精神・文化による「自由」
 2 法による「平等」
 3 経済による「友愛」
 
これは、どれも「コントロールする者=特権階級」を生むシステムである。
ヒロシの作った挿絵がわかりやすい。

挿絵には、「パワーエリートと一般国民との壁」がある。
俺に言わせれば「あえて作るように設定されている」ということだ。それこそがシュターナー社会有機体三分節論の中核である。
 
 
まず、コーポラティズムとは「ブルジョア向け社会主義」ということらしい。
 
具体的な説明は、「民間が企業の所有権を持ち、民間独自の裁量で経営を行うけれども、社会主義のように、政府が物資の流れを管理する事を言う。」
 
さらに必要条件としては、「富裕層から貧困層へ所得の再分配を行う」(本中の文章よりひっぱってきた)と、俺個人の見解だが、付け加えさせてもらおう。
コーポラティズムは前向きな意味で本では使われていたので、上記の説明では足りないので。
 
再分配のところは経済手法ではなく、政治の問題であって、これができれば、どんなシステムでも何も問題ないはずだが・・・。そこにヒロシの説明はない。
 
コーポラティズムの説明は、本読んでもらわないと伝わらんかも。
乱暴に言うと、「ブルジョア向け社会主義、つまり官民合同的な役割が強い社会主義的パートナーシップ」ってこと。
政府が指導的(おもに富の再分配や労働環境の向上など)役割を果たし、民間が雇用を捻出し、民間らしく合理化する事業形態の経済システム。
 
事業で言うと、ニューディール政策とか。
中央銀行の日銀、FRB、日本の天下り団体さえもこれにあたるな。
 
 
コーポラティズムの問題点としては、以下がある。
ヒロシの本より。
「そして、コーポラティズムの最たる存在は、連邦準備制度理事会(FRB)である」「左派からも、この体制は『社会に損失だけを押しつけ、民間企業が利益を独占する』ではないかと指摘されている」この2つは本より、そのまま引用。
 
功罪として、ヒロシはニューディール政策における労働環境の整備や生活環境の改善をあげている。まあ、不況時のマネーサプライは、必要ですからね。ただ、戦争というマイナスも、もちろん指摘している。
 
自分のブログの読者なら、(日銀と大蔵省)が、預金準備率を盾に「政府がお金の循環(物資の流れ)を管理する」という窓口指導での日本経済の復興=そのまんまコーポラティズムである。再分配が機能してるからね。これで良い面を考えればいいと思う。
善良なる独裁者の社会主義=コーポラティズムである。
 
 
 
では、俺なりに問題点を説明する。
事例をあげるより、フリメの社会構築マニュアルそのものを解読しよう。
 
「精神・文化による自由」は、個人の自由がぶつかり、「仲裁する独裁者」を生み出す。「法による平等」も法を作り執行する独裁者を、「経済による友愛」こそが、コーポラティズムそのもので、これまた独裁者を生むのである。
 
これは中央銀行問題と同じだ。独裁者は、この境界線とグレーゾーンから出現する。
では、簡単に。
 
まず、経営者と労働者で分けた場合、そこに「絶対遵守の不平等な壁」ができる。
思い出して欲しい、結果的にコーポラティズムは、その壁を維持するのだ。
あたりまえだが、そんな会社を労働者は認めない。
 
そこで、フリメの作品「労働組合」が出てくるわけである。
労働者と経営者の橋渡しに。ここがフリメの独壇場である。
まず、経営者と労働者でピラミッドを書く。経営者と労働者には境目のラインができる。
このピラミッドの中で、両方にまたがるように、労組という円を書く。
 
さくっと軽く書いてみる。
コレは、俺の説明用ね。ヒロシの挿絵はもっとちゃんとしてる。
 
20091022koyou.bmp
 
 
さて問題です。
労働者が労働環境の改善をしたくても、できなかった場合、悪いのはどこですか?

「悪い労働環境を押し付ける経営者が悪いのか?」
「改善できない労働組合が悪いのか?」

さあどっち?
責任に責任をぶつけて、責任そのものが相殺されるのである。
 
 
中央銀行も同じである。政府と国民(民間企業)というピラミッドを書いて、境界線を引く。
そして、労組のポジションで、日銀の円を描く。両方の境界線の間に。

これも責任と責任をぶつけることで「あやふやにする」という簡単なトリックだ。
 「国債を発行しつづけた日本政府が悪いのか?」
 「お金を印刷しない独立した中央銀行が悪いのか?」
ほら、責任を2つ発生させる事で、わからなくなるわけです。
 
さらにいうなら、この労組のポジションをピラミッドのTOP経営者側に寄せると独裁的な経営性が高まる。
派遣業などでもわかる今、庶民が苦しめられている状況がそれであり、逆に労組が労働者よりであると、企業自体が身動きできなくなる。
 
つまり、このポジションを作ることで、経営者だけでなく、労働者、両者を操るパワーバランスが生まれるのである。
それがフリメが労働運動とともに育って来た理由だ。
労働組合は、あたりまえだが環境改善ではなく、そのコントロールのさじ加減のために存在し、別の面では経済活動自体を固着するためにも存在するという面もある。
 
さじ加減の調整者=独裁者を作ってしまったのだ。
 
 
これが労働組合の機能である。
ま、派遣社員の、労組自体が存在しなかったよりは、マシとも言えるけどね。、

中央銀行=独裁者も同じである。

日本が経済復興していたころは、日銀が「循環性の高い経済活動へ指導していた」というピラミットの国民よりに「独裁者の円」があった。コーポラティズムの良い面である。
 
逆に、ノーパンしゃぶしゃぶ、財務省以降の「規制緩和」「市場原理主義」の時代は、逆に政府よりに「独裁者の円」があったという悪い面である。
 
むしろ、中央銀行は政府よりのポジションにあったことを、まず理解しなきゃならない。
 
 
そういうわけで、中央銀行を廃止しても、逆に「政府が国民との不平等な壁をどこで作るか?」という、さじ加減の問題だけが残るのであって、何も問題は解決しないわけです。
これが政治の問題へと移行して、選挙によって解決できるというのは幻想だと自分は思うわけです。
 
 
フリーメーソンの構築マニュアルの本質は、あくまでも「良い独裁者」と「悪い独裁者」の立ち位置による問題でしかないということです。
 
ね、理想論を言うと、「善良の独裁者による社会主義」という幻想になるでしょ?
 
ま、自分は、マネーサプライを否定する人間ではないし、代案として、今の中央銀行でもいいから、人口にあわせた通貨発行によるマネーサプライ、善良な独裁者的な強制力をシステムに内包した(ピラミッドの底辺で循環しやすい紙幣)、ベーシックインカム=通貨発行で、国民に近づけた通貨発行権(独裁者の円を下に近づける)の社会にしなさいと、提言するのである。
 
 
 
さらに、国際決済とドルの話もするか。

ロン・ポールは、金本位制への回帰と、FRBの廃止を掲げている。
これは、ヒロシの本の言葉で言うとマネーサプライを否定した、究極の自由主義、オーストリア学派から来ている。ここらのアメリカでの思想の流れもヒロシの本に書いてある。
自分は、以前から説明したとおり、マネーサプライの否定は、搾取構造への助長であると考える。
 
糞ゲー検定3級【20090310】
http://www.mkmogura.com/blog/2009/03/10/180
 
しかも、黒字亡国そのままであるドル建て米国債というシステムでもわかるとおり、今現在の国際決済という「独裁者の円」は、アメリカよりに存在する。
この基軸通貨という優位性を無視して、維持ありきのロン・ポールなどの理論は、アメリカ人でも何でもない自分にとっては、暴君的な理論に聞こえる。

もうわかったと思うが、フリーメイスンがFRBを民間企業にした理由は、基軸通貨であるからだ。
BISを中心としたフリメネットワークとアメリカの間に、円を書いたのである。これも世界政府的な規模でのコーポラティズムだ。
基軸通貨の発行権が、アメリカ政府に丸投げだったら、911自作自演→イラク戦争以上の事態を起こしたであろう。
中間に置いて、さじ加減のコントロールをしようとしたのである。
 
FRBが、こいつら欧州ロスチャイルド錬金術師によって支配されてて、フリメのために利己的に機能してるのはわかるが、アメリカにも支配されてる日本から見ればどちらも大差がない。
 
ロン・ポールなどの理論が、この基軸通貨という優位性をなくしてのアメリカFRBの政府機関化なら賛成だが。
ただ、基軸通貨でなくなり、マネー流動性を否定したアメリカなんて、国が丸ごとヨハネスブルグだろう。
そういうところを、オーストリア学派は無視しているのである。
ここら、ロン・ポールなどは所詮、白人至上主義的な要素が見え隠れするのである。
 
ヒロシの本では、リバタリアニズムには2種類いるらしいが(買って読んでね、すまん、俺も勉強する)、そこに戦争反対であろうと、支配階級批判であろうと、なぜか「アメリカ例外主義」という特権階級思想が重なるのも、必然の話である。
それは、基軸通貨の優位性(暴走するというマイナス面もあるが)という特権性を無視しているのと、同じことなわけです。
 
これも特権者を生む「経済における友愛」の側面と、利己主義のヒューマニズムにおける別の奴らの特権主義との競合である。 
 
 
さて、「経済における友愛」の説明は、ここらへんにしておこう。
って、途中から本の説明になってないし。
 
本の中で、オバマ政権における「官民共同ファンド」なんてものが出てきてるが、これこそ経済における友愛の問題点そのものである。
これでピラミッドの底辺にお金がくるか?でもわかるし、政府と企業で、「責任を2つ発生してあやふやにする」という手法だけでも問題点は理解できるだろう。
 
 
 
今、労働組合を支持者に持つ日本の民主党、まあ、それ以前に首相自体が友愛&宇宙人で、ポジションは明確だが。
そして、米民主党のオバマも進歩主義、いやフェビアニストである。
日米がタイミングをあわせたかのように、これである。
 
ヒロシは、この進歩主義者たちを静観する、いや「見守る」という姿勢である。
このフェビアン協会からの流れ、進歩主義、いや以前の記事で、俺が使った言葉、「合理主義」、これこそがワンワールドで、新世界秩序の根源であると。
ヒロシもH・G・ウェルズが新世界秩序を打ち出したと、本の中で書いているけどね。
 
合理主義(進歩主義)の説明↓。
 
ロス茶が作るマトリックス その1【20090916】
http://www.mkmogura.com/blog/2009/09/16/404

ロス茶の作るマトリックスその2【20090917】
http://www.mkmogura.com/blog/2009/09/17/407

 
 
↑進化論に関係したとこを読んでね。
最初に引用した文を読み返して欲しい。もう一度貼る。
 
引用

これらの進歩主義派の知的エリートたちは、きわめて理想主義的であり、元々は19世紀末のフェビアン主義に源流がある。ただこれらの知的エリートのプランは、これまで何度も金融資本によって乗っ取られてきた。仮に「世界中央銀行」のような存在が出現するとしても、これが多国籍金融機関に悪用される可能性に十分注意すべきだろう。

 
 
乗っ取られたのでも、悪用されたのではない、フェビアン主義が源流のこの思想は善悪の価値観を超えた合理主義そのものであると。
この合理的なマトリックス的社会主義思想は、最初から、そのためだけに存在していたんだと、明確にわかるはずです。
 
そこに、ヒロシがシュタイナー思想の中にある特権思想的部分から脱しきれず、ここを批判できていない理由と思うわけです。
そこが、ひっかかったんだと思う。
 
自分としては、アメリカの思想や人脈などは、今回紹介できなかったが、有意義だし、これは名著だと思う。
しかし、シュタイナー思想、進歩主義、フェビアニスト達の根源的な間違いである、進化論の勘違いに気づかないまま「合理主義」を「見守らないで」欲しいと思ったりします。
 
 
男と女が「一人では種を残せない不完全な個体である」というように、進化とは不完全さの多様化から、「結果として生き残る種を作る」ことである。
 
進化論を、「強い種が生き残る」と勘違いしてるから、新世界秩序の中の人、進歩主義は戦争を起こそうとしているのです。
それを、ただ見守っちゃダメですよと。
 
 
 
 

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1st 10 月 2009

洗脳の中心で愛を叫ぶ【20091001】

 
 
ああ・・・中国史は難しいよ。
 
今まで中国国民党と共産党とを意識してなかったLVの俺が、華僑派閥のリンクを解析できるようになるのかな?
 
ただ、今後、これは説明するが、新疆のウイグル騒動も客家だし、東トリスタンもソ連と孫文の頃からの客家関係のネタである。
こないだのタイでのクーデターはモロに客家だし。
レイプオブ南京とかの話も客家財閥とクリントンなどとのアメリカの関係から出てくる話である。
 
 
情報とは現実とリンクしてないと何も意味はない。
だから、そこらへんが整理、解説できるようにがんばります。
 
 
 
じゃあ、今日は日本の大河ドラマ天地人の話でもしますか。

「まったく見てないんですけどね。」
 
もう歴史物というよりもファンタジーに近いと言われる天地人。
見てないのに言及するのもどうかと思って、ほっといたが。
 
兜に「愛」というのを掲げてる直江兼続を、「愛という名のもとに」でアホ洗脳をかましてるというので、簡単に説明しよう。
 
 
まず、江戸時代やそれ以前の「愛」というのは「欲」のことである。
つまり、全然いい言葉ではない。
これは、難しい話ではなく、広辞苑を開けばすぐに載っている。
 
愛・・・[仏] 愛欲。渇愛。強い欲望。十二因縁では第八支に位置づけられ、迷いの根源として否定的にみられる。
 
愛という言葉は、仏教的、というか、本来の意味はこういう意味である。
今の意味で使われるようになったのは、キリスト教が本格的に結婚式を乗っ取った明治以降の話と、3S政策の洗脳からである。本当にごく最近のことだ。
この大河ドラマのモデルとなった当時、戦国時代では「火薬のためにキリスト教が一世を風靡した」わけだが、当時のキリスト教では、神の福音=日本語訳で「愛」という言葉は出てこない。
 
なぜなら福音書の中で「愛」というのは、明治時代に「聖書→中国語→日本語」で入ってきたものであるからです。
そそ、中国語訳を経由して入ってきたものである。
 
戦国時代、当時のキリスト教では「愛」ではなく、「御大切」という言葉が当てられていたそうだ。
公教要理、ドチリナキリスタン(岩波文庫)という資料が参考になるらしい。
 
 
まあ、そういうわけで直江兼続の兜に愛と掲げてあるのは、全く関係ない仏教の愛染明王から取ったと考えるのが一般的である。
仏教の神からとってるんだから、本来の愛の意味である。
 
彼の主人、上杉謙信の兜が、毘沙門天の「毘」の一字だから、自分も別の仏、愛染明王から愛という字を取るという「マイナスイメージ=悪っぽくてカッコイイ」からの愛の一文字である。
 
 
なのに、あたりまえだが「大河ドラマという洗脳装置」は、キリスト教的な愛として無理やりストーリーを作って洗脳しているそうだ。
 
そもそも、直江兼続の姉とやらが出てくるらしい。
これは、歴史上にいない架空の人物、混じりっけなしのフィクションである。
女優は長沢まさみ。「世界の中心で愛を叫ぶ」といい、実に脚本に恵まれない女優である。この大河ドラマでは「くのいち」までやったそうだ。
さすがNHK。ファンタジーだ。
 
さらには、存在した弟までもが一回も出てこない。
ここまで書けば、どれほどのフィクションかわかるだろう。
 
そんなところを覚えておいてくださいな。
 
キリスト教的な洗脳がなければ「君を愛している」なんて言葉は、君は「俺の迷いの根源である」という意味になるわけですね。

 
次回は、同じドラマ繋がりで、ドルイド教と航海民族の話。
海外ドラマの話を。
 
 
 

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