虚空と君のあいだに

選民思想は経済学から進化論へ【20091217】

17th 12 月 2009

選民思想は経済学から進化論へ【20091217】

 
 
書き忘れてたことを。
 
ヒュームの懐疑的経験論は、「大衆は馬鹿であるか?」であり、そこから、あのダーウィンの進化論も生まれてきた。
 
 
 
結論から言うと、自分達の選民思想を確定させるためのツール、それが進化論である。

そこらへんの流れを説明する。
簡単に言うと「選民思想(ヒューム)→経済学→進化論」で、進化論と経済学が、それぞれ今この世の中にあるわけだ。しかし、ツールとしては同じ物だ。
出来上がるまでの過程でもいろいろ理解できるが、経済学も進化論も、彼らが作り彼らが実行する、イルミナティにとっての聖典なわけ。

 
 
では、まず進化論は経済学から生まれた。
 
その前に、まず進化論の勘違いから。
「キリンの首が長いのは、長い個体だけ生き残った」というのなら、シマウマは全滅しているはずである。
「じゃあ、なんでシマウマの首は伸びてないの?」
こんな、小学生にありがちな質問を答えられる大人は少ない。
 
この進化論が生まれるまでの流れと、「進化論=選民思想というネジを締めるための工具」という役割を理解してれば、誰でも簡単に答えられるのだ。
 
進化論、それは、東インド会社の経済学者、トマス・マルサスから生まれた。
それは、今現在、地球最大の問題、人口爆発を言い当てた経済学者である。
 
乗数的プロセスで人口は伸びていくが、食料などは加算式で改善していくしか方法はない。
掛け算で増える人口と、足し算の食料、酷い時は引き算だね。
 
そこから、競争は避けられず、自然界では、強い者が生き残り、弱い物は死滅する。という考え方である。
ま、このブログでも繰り返して来たように「強い、弱い」=環境に適合していたか?というのは、結果論でしかなく、「自分達が強いから弱者を食い物にしていい」という「進化論の勘違い」が選民思想として残っているわけである。
 
 
その元ネタが、トマス・マルサスの人口論(1798年)であり、ダーウィンはそれを、パクっただけである。

先ほど説明したように、「キリンの首が長い=環境に適合した」という法則は成立しないし、その首が長くなったのは「ウイルスなどの外因的要因」であろう。
ウイルスなんかに、かかってしまった個体は、「弱い者」になるわけだからね。
だから、キリンの首の途中過程、首が伸びてる最中の化石は発見されていないわけ。

さらに、進化論=ガラパコス諸島みたいな話になってるが、隔離された特別な環境だから通じるという話であり、だからこのキリンの首の話も進化論では、説明つかないのである。
 
 
さて、進化論と、マルサスの関係がわかったところで、ヒューム哲学から経済学、そして進化論ができるまとめを、簡単に。
 
ヒューム→Aスミス →マルサス → ダーウィン 「種の起源」進化論。
 
ヒュームとアダム・スミスは交遊があり、スミスこそが古典派経済学を確立する。
そしてマルサスは、その古典学派の中心人物なわけだ。
 
古典派は、資本主義継続における自由放任主義の主張が基本になっている。
ま、「大衆は馬鹿だから何でもあり。」というヒューム哲学の「大衆は馬鹿だ」という、懐疑的経験則から生まれた、「選ばれた民に都合の良い聖典」、それが経済学の基本なわけである。
 
そこから生まれたのが、マルサスの人口論(誰が生き残るか)であり、理系的に(大衆の価値観を壊すツール)として進化論が生まれたわけである。

進化論否定というと、キリスト教的な「猿の延長線の否定」と勘違いされそうだけど、進化論も経済学も、選民思想そのものであるということ。
「強い、弱い」そんな判断は誰にも出来ないんだよ。
結果論として、環境と偶然が過去に通り過ぎてから、判定するだけであって。
強い種になった=進化ではない、ただ生き残ったという事実だけだ。
ダーウィンの家系が、体が弱かった事は、あまり知られていない。
 
 
さて、経済学なんて役に立たないのに、なぜ後生大事に大衆に叫び続けているか、シマウマの首が伸びないのを説明できない進化論を、地球上の絶対的ルールと錯覚させているのか、あなたはわかって来たと思う。
 
全くそのとおりですよ。
合理主義という名の人類削減計画が行われようとしてる現在、それを追いかけると経済学が人口管理という概念を生み出したということ。
進化論から弱肉強食という理由付けをつくり、搾取行為を正当化してること。
全部、選民思想の「支配者のツール」である。

「支配者にとって都合の良い理論」を真実と洗脳させて、「大衆の頭の中に閉じ込めるためのネジ回し」それが、経済学であり、進化論である。
ここは、他の宗教も同じだけどね。
イルミナティが否定した王権神授説と、肯定した社会契約説とかの、日本の天皇や政治システムそのものの社会体制などもね。
 
その思想がどこから来てるかを理解してもらえたかな?
 
 
ま、自分は「馬鹿な大衆」そのもので、選民思想ではないわけです。
それでも「大衆は馬鹿だ」と「同じ哲学的部分」を判断してしまっていたりする。
一歩間違えたら、選民思想に落ちてしまうわけだね。
ま、だからこんなフラフラな生き方して踏ん張ってるのかもしれんけど。
 
とりあえず、進化論のようなインチキではなく言える事として、自然界では「殺していいのは食べるときだけ」という原則がある。
メスの奪い合いとかもあるので、「生きるのに直結した時のみ、殺す事に正当性がある」と言い換えればいいかな?
 
今の世の中の「経済学」「進化論=弱肉強食(弱い奴から搾取して良い※現在進行形)」に、この正当性があるのかな?
 
 
俺は、どんな人にでも「殺されないように生き残りなさい」と思ってるし、「殺してでも生き残りなさい。」とも思っている。
 
俺の「殺してでも生き残れ」という考えは、誰も強い種と弱い主が判断できないように、それでは「勘違いの弱肉強食」という、今の作られた搾取構造を半分認めていることと同義である。
 
だけど、せめて紙切れではなく、自分の牙と手で直接殺せよと。
今までの戦争や生存競争なんて、誰かに演出された物なんだよ。おまえだけの意思や決意での行動ではない。
つまり、自分の意思と自分の生存だけに直結してる場合のみ、実行してもらいたいと思うけどね。
 
選民思想で生き残れる側の立場に既にいると思ってるなら、他人を殺すなと。
満腹の時の肉食獣は、狩をしないだろと。
自然界で唯一、正当性を否定できない行為は、喰うという行為である。
 
殺す人間には、食べきる覚悟が必要だということだ。
 
 
 

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